や 梅の花よな
「小袖さんが? なんでまた僕に」
江戸のはずれの裏町で、少年は黄色い蕾がいきなり枝についたような不思議な花を片手にすっとんきょうな声を上げた。もう片方の手にはなぜか
「なんでもさとるくんに確かめて欲しいことがあるそうですよ」
増田の義理の弟である さとる なら、日常的に接する機会も多いし、万が一遭遇することもあるだろうとの小袖の助言で、客人は呉服屋を後にしたその足で、町のはずれの長屋に向かったのだった。
「そういわれてもなぁ」
さとるは黄色い蕾を眺めては手持ち無沙汰に枝をくるくるとしていたが、ふと思い立って客人に尋ねた。
「そうだ兄ちゃん、この花なんだかわかるかい?」
なんでもほんとうは山桜を探していたそうだが、この時期に花が咲いているわけもない。
他の木と見分けがつかずにさとるが途方に暮れているところへ、偶然どこかの商人らしき人物が通りかかって、
『どうにも菅笠が重荷になって仕方ないから貰ってくれないか、異論がなければ』
というので、しぶしぶ受け取ったところ、峠の近くで手折ったという枝も一緒にくれたのだという。
「えっとその、よく貰ったね」
「だって忙しそうだったから」
「ああもう年の暮れだっけ」
クレジットカードもない時代。分割払いも出来ぬ世の中とあれば、大晦日に商人が江戸の町を歩いて回って借金の取り立てにくるのは冬の風物詩であったという。
しかして長屋はどこも火の車、あの手この手で追い返すやり取りは時を経てなお『
「でもあの人に双子の兄弟なんていないよ」
「やっぱりそうだよね」
「そりゃあ増田の兄ちゃん喧嘩っ早いし、無鉄砲だし、面倒なことはいつも人に丸投げしておいてあとで知らねぇっていうし、おやつもろくに分けてくれないけどさ。そこまでわるい奴じゃないんだ」
「そう、かな」
「貧乏がそうさせてるんだ。ほんとはそんなことする人じゃない。そりゃあ、正直なんでこいつが僕より年上なんだろうって思うことはあるよ」
「あるんだね」
「この前もせっかく頭痛押さえ眼鏡ってやつを貰ったから持ってったのに『そんな年寄りくさいのかけられるか、売っちまえ!』って」
「災難だったね」
「そりゃあ口が悪すぎて何言ってるのかわからないときも時々あるけどさ。いや、もうしょっちゅうだけど。居やしないのに双子がいるなんて、そんなしょうもない嘘つくような人じゃないよ」
心優しいさとるの将来が明るいものであることを祈りながら、客人は一旦帰路についた。
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