小袖の花づくし判じ物
スーパーちょぼ:インフィニタス♾
そよや花
時は徳川。季節外れの風鈴がゆららさららと鳴り響く江戸の町にその人はいた。
「いいお天気ね」
客人が藍色の暖簾をそよとくぐると、呉服屋の店主の鈴のような声が土間に響いた。
「ご存知ですか小袖さん、あの噂」
「まあ、どの噂?」
よく見れば文机の上には雅な和紙――桜の紋様をあしらった
何か書き物でもしていたのだろうかと思いながらも、客人は構わず続けた。
「決まってるじゃないですか。あの百姓上がりの」
「あら増田様?」
「ええ、なんでも双子の兄弟がいるんじゃないかって」
客人が
「初耳ね」
「もっぱらの噂ですよ」
「そうなの?」
「小袖さんほんとにそういうの疎いんだから」
「ごめんなさいね、わたしったらあんまり友だちいないみたい」
「またはぐらかす」
「あら、ほんとうよ」
ふふっと小さく笑うと、彼女は桜木の板の木目をついと指の腹で撫でていたが――和紙の裏表を確かめるように指の腹でぴーっとやるのは彼女の癖であった――ふと我に返った。
「あらやだ、確かめなくたってわかるのに」
「何がですか」
「この桜、あまりに綺麗じゃなくて?」
桜の木に見とれる彼女の眼差しは、まるで昼間から夢でも見ている人のそれだと客人は思った。
「ほんとうに。ただ在るだけで美しいわね」
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