第61話

 霧木さんは凄くカッコイイ人だった。


「あ、なあ。霧木さん。猫好きか?」

「え? ええ。好きだけど……なんで?」

「い、いや……ああ、猫好きかあ」


 隣に座っている古葉さんが真っ赤な顔で、頭から湯気をだしているかのような口調で、霧木さんの顔をずっと見つめていた。


 谷柿さんは、至っていつもと変わらない。


「ふむ。うちの会社には美人が多いが……こんな美人がいるなんてな。世界は広いな」


「おはようございます」


 寝ぼけまなこの音星が廊下からキッチンに顔を出した。

 

「あ、新しいお客さんですね。私、音星と申します。少しの間よろしくお願いします」

「ふーん。あんた巫女さんなの? 霧木 陽子よ。よろしくね。それにしても、綺麗な人だねえ」


 音星も早めに朝食を摂った。


 俺は食べ終わると、急いでおじさんとおばさんと、朝食の後片付けをした。皿洗いをしていると、おじさんが俺のおでこをピンと人差し指で弾いてから、二カッと笑った。


「ぼうず。後は俺がやる。何やら急いでいるようだからな。さあ、巫女さんのところへ。行った。行った」


 蛇口を捻って、後ろを向くと音星が廊下で身支度をすまして待ってくれていた。


「おじさん! ありがと!」


 俺は大急ぎで、二階へ上がってクーラーバッグを持ち出すと、そのまま一階の廊下で待っている音星のところまで走った。


 だが、途中で霧木さんにぶつかってしまった。


「おっと! もう、廊下は走らない。いいわね」

「はい。すいませんでした!」


 何故か気だるげな印象の霧木さんが、一瞬だけ学校の先生のように思えた。


 音星と一緒に玄関まで行くと、音星は肩に背負っている布袋から手鏡を取り出した。


「火端さん。急ぎましょう。もうすでに地獄ではかなりの時間が経っています」

「あ、ああ。でも、塩分とジュースやアイスとかは?」

「大丈夫ですよ。私がおばさんに頼んで買ってもらったんです」

「ありがとな!」

「弥生さんもですが、シロも心配です。急いで叫喚地獄へ行きますよ」


 音星は手鏡を俺の方へ向けた。

 

 ジュ―ーー!!


 ジュ―ーー!!


 しばらく、音星の持った手鏡を覗いていると、凄まじい水の蒸発する音が周囲からして、それから大勢の大きな悲鳴が耳をつんざいた。


 叫喚地獄へと来た俺たちは、辺りに立ち昇る水蒸気に圧倒された。火のついていない釜土の傍だから良かったものの。地獄の光景が前よりもかなり酷くなっていた。


「一体? 俺たちが現世に行った後から、ここではどれくらいの時間が経ったんだ?!」

「火端さん! あれ?!」


 音星の指差す方を見ると、前に見た大叫喚地獄の入り口の井戸の傍でシロが突っ立ていた。


 シロは俺たちに気が付くと、ニャーっと力なく鳴いて、その場でぐったりと倒れた。


「シ! シロ! 大丈夫か!!」

「きっと、シロは……。弥生さんが大叫喚地獄へ行ったことを知らせたかったんだと思います。火端さん。弥生さんが心配です。シロは私が現世に連れ戻しますので、急いで大叫喚地獄へ行ってください」

「お、おう!」

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