第34話
再び民宿を目指して、俺たちは猫屋を出た。音星はアイスをまだ食べていないので、少し早めに歩いた。
民宿へ着くと、何やら玄関先で、おじさんがしかめっ面をして立っていた。
「よお、ぼうず! 帰ってきたばかりですまないが、これを谷柿さんの旦那のところまで持って行ってくれ。場所は八天街駅の隣のビルだ。八天ビル。そこにいるぞ」
「え? ……いいけれど」
「火端さん。それでは行きましょうか」
「いや、音星は民宿で待っていてくれよ。俺だけでいいよ。簡単なガキの使いだし」
「あら? そうですか」
俺は音星を民宿へ残して、おじさんから花柄の弁当を預かった。弁当はまるで女の人の弁当のように小さかった。軽く手片手で持てるので、そこまで走って行くことにした。
勢いよく二度目の猫屋の前を通り過ぎると、一匹の白猫が俺を追い掛けてきた。
交差点を過ぎ、八天街駅の前を通ると、おじさんから聞いた。八天ビルを見つけた。
回転式ドアのお洒落なビルで、中へ入ると、受付の女の人が本を読んでいた。こちらを見ずに、上を指差したので。俺は正面にある階段を上って、二階へ行くと、そこで谷柿さんを探す。廊下ですれ違ったOLさんたちから、谷柿さんは、この階の上の社長室にいると聞いた。
うん??
なんだか、ここ……。
女の人しかいないんじゃ?
廊下の突き当りの階段へまた戻る。行き交う人々はOLしかいない。首を傾げて、三階へ上り。また同じような廊下へ出ると、今度は社長室を探した。廊下の中央にある社長室はガラス張りの一室で、外から中の様子がよく見える。谷柿さんは、社長室の正面の大きな机にいた。割り箸でおでこを叩きながら唸っている。
谷柿さんは、ここの社長さんなのかな?
おっと、弁当か?!
「あのー、谷柿さん? 俺、弁当持ってきました」
「……ふっ……弁当を忘れた……よ。うん? おお、君は火端くんだね。私のために弁当をはるばる民宿から持ってきてくれたのか!」
「はい!」
「ありがとう。せっかくだし、お茶でもどうだい?」
「はい! ありがと。丁度喉が乾いていたんだよ」
俺は谷柿さんへ弁当を渡すと、社長室でお茶を頂いた。丁度いい渋味のお茶だった。後は、民宿へ帰るだけだな。
おや?
白い猫が俺の後ろにいる?
どこから来たんだ?
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