第21話

「あ、着替えたんだ……」


 そう言った俺は、音星の部屋から、鼻をくすぐる香水かなにかの良い匂いに顔を赤くしていた。


「早く来いよ。じゃ」


 きっと、疲れてるんだな。

 俺は音星をそっとしてやって、一階へと降りていった。


 再び花柄のテーブルへ着こうとしている途中で、廊下で知らない男とすれ違った。


「やあ、おはよう。君が確か火端くんだね」


 知らない男は、理知的な目鼻立ちの中年で、背が俺より高く背広こそ着てないが、大きな会社に通っていそうだし、そこで部長とか社長とか。とにかく偉い人のようだった。


 俺は頭を即座に下げ、


「あ、おはようございます。谷柿さんですか? それとも、古葉さんですか? 俺、まだ居候してから一日しか経っていないので」

「あ、そうだったな。ふむ。私は谷柿だ。これからよろしくな」


 俺は何ていうか、気恥ずかしさを覚えた。


「あ、あの。朝食はもう?」

「いや、その前に用足しだ。失礼」

「そうですか」


 俺はその時、ジャージ姿の眠そうな顔の音星が、一階へゆっくりと降りてくるのを見つけた。

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