1-3
「和室で和服を着たやつがお茶を出すってんだから日本茶が出てくると思ったんだが、まさかハーブティーとはな」
「茶葉を切らしていましてね。これは駒見さんのハーブティーですよ。風邪予防の効果があるとかで、お正月にどっさりくれたんです」
「ああ、そういや俺にもくれたな。お年賀代わりとかって」
「じきにお誕生日だから、お礼がてら何かプレゼントを用意せねばなりません」
駒見というのは、中学時代からの友人である。
知り合った当時から薬草を趣味としている娘だったが、大学では薬草術研究会というサークルを立ち上げるに至った。ちなみに会員は駒見一人であり、非公認サークルである。オリジナルブレンドのハーブティーを作って学内学外で販売していて、これが味が良く効能が高いとかなり好評である。薬機法に抵触するので、本人は決して「○○に効く」「××が治る」というような謳い文句はつけず、あくまで「安くて美味しいハーブティー」という看板で商売をしているのだが、学内では「ちょっとした不調は薬草術研究会に相談すれば治る」と評判である。
不眠気味だとか肩が重いだとかの不調を「何かの霊障じゃないだろうか」と占術クラブに相談を持ち込む向きがあるが、新川はそういう相談者を一切躊躇なく薬草術研究会の方に回している。だから駒見からすると、占術クラブは新規顧客を紹介してくれるナイスなビジネスパートナーなんだそうだ。
湯飲みに口をつける。成程、駒見印だけあって美味い。俺が貰った物とは種類が違うようだ。知識がないからなんのハーブなのか分からないが、ほのかに林檎みたいな香りがする。
「さて、それじゃあ仕事の話を始めましょうか。何が目撃されてるんです?」
「なんか、随分いろいろと目撃されてるぞ」
「ふむ」
「まず、謎の発光体」
「なんですかそれは」
「なんなのか分かったらもう謎じゃないだろ」
「適切めいた事をおっしゃる」
「なんか握りこぶしくらいの大きさの、緑色っぽい人魂的な発光体らしいぞ」
「人魂じゃないんですか?」
「触っても熱くないし、他の物には燃え移らないらしいぞ」
「ああ、陰火ってやつですね。触った強者がいるんですか?」
「向こうからまとわりついてくるんだそうだ。雨とか雪が降ってる夜の目撃情報が多いらしい」
「ふむ、蓑火の類ですか」
「まとわりつかれたのが三人いるが、みんな今は体調を崩して寝ている」
「おやおや」
「次は、頭が牛な人間」
「誰かが悪ふざけして牛の被り物被ってただけでは?」
占い師のくせにオバケに懐疑的だ。
「身長は推定二メートル超」
「でかいですね」
「目撃者は五人。全員体調を崩して今は寝ている」
「おやおや」
「後は……変な小動物。バレーボールくらいの大きさで、やけに丸くて、すばしっこく動いて、ものすごい弾むんだそうだ」
「バレ―ボールなのでは?」
バレーボールが自律的に躍動してたまるものか。
「目撃者は五人。その内二人はこいつとぶつかっていて、二人とも体調を崩して寝ている」
「おやおや」
「こんな感じで、規則性も統一感もない変なモノの目撃情報が学生委員会に寄せられているらしい。目撃日時と場所はこの資料を読め」
「で、目撃者はだいたい体調崩して寝てる、と」
「剣呑だな」
「なんでしょうねぇ、これ」
新川が長い溜息をついていると、玄関から一人の小柄な女子大生が一陣の風のように舞い込んできた。
「新川くんこんにちは~。鵜坂くん来てる?」
「ええ、おいでですよ」
「よう、駒見も来たのか」
これが先ほど紹介した、薬草術師の駒見である。
駒見は常にニコニコしている。
新川も常に微笑しているが、肚の底が知れない感じは拭えない。それに対し駒見はいかにも無邪気にニコニコしているので、実に癒される。
顔は整った方であり、気立てはよく、人当たりも良く、頭も悪くない。こう並べればモテる要素満載の女子なのだが、どうも薬草術師という属性がそれらを台無しにしている気がする。
諸君は越中富山の薬売りを知っているだろうか? 駒見の普段の格好は、だいたい売薬さんのそれである。
「鵜坂くんに御用ですか?」
「占術クラブに御相談~」
「ふむ」
「さっき鵜坂くんち行ったらお留守だったからね、それじゃあ新川くんちかなって」
「よい読みです」
「鵜坂くん、大学か新川くんちかスーパーかコンビニくらいにしか出掛けないからね~」
「割と出無精ですからねこの人」
「いやそんなことはないぞ」
少なくとも新川にだけは、出無精とか言われたくない。
「新川くんにも話すつもりだったから丁度よかったよ~」
「何がありました?」
俺のささやかな抗議は軽やかにスル―された。
「お客さんがね~、変なモノ見たんだって」
「また変なモノか」
「ん?」
「いやこっちの話だ。続けてくれ」
「どんな変なモノだったんです?」
「なんかね~、赤ちゃん抱っこした女の人」
「御近所のお母さんが散歩してるだけでは?」
「雪の晩に傘もささずに、人文学部棟の裏辺りに立ってたんだって」
「ふむ」
「それでね、目が合うとスーって近付いてきて、つらそうな顔で『すみません、この子を抱っこしていてくれませんか?』って言ってくるんだって~』
不気味だ。
「それで、その目撃者の方は抱っこしてあげたんですか?」
「怖すぎて間髪を容れずに逃げたって」
「賢明としか言いようがないな」
それが生きた人間であっても何かそういう妖怪であっても、どう転んでも怖い。赤ん坊受け取ったら何が起きるか知れたものじゃない。
「このお客さんね、今は体調崩して寝てるの」
「おやおや」
受け取らなくてもアウトかよ。
「おくす……ハーブティー調合してあげようと思ったんだけどね~、イマイチ不調の原因が掴めないから、占術クラブの管轄かなって」
我がクラブが健康相談を駒見に流すように、駒見はオカルティックなものをウチに持ち込む。現在の占術クラブと薬草術研究会は、そういう関係である。
「どうだろう、なんかのオバケかな?」
「ふ~む……ウブメですかねぇ」
「ウブメ?」
「漢字で書くと、出産の産に女で産女。あるいは姑、捕獲の獲、鳥で姑獲鳥」
「鳥なの?」
「鳥の場合もあります。鳥の場合は特にウブメ鳥と呼ぶことが多いですかね。夜中に赤ん坊の泣き声みたいな声で鳴きながら飛んできて、子供に害を成すそうです」
「ふ~ん」
「鳥じゃない場合はどうなんだ?」
「赤ん坊を抱いて夜道に立っていて、通行人に赤ん坊を抱っこさせようとします」
「あ~、それだね~」
「受け取るとどうなるんだ?」
「赤ん坊がだんだん重くなっていって、捨てようとしても離れなくて圧死するとか、赤ん坊に血を吸われて殺されるとか、いろいろバリエーションがありますね」
「どう転んでも死ぬのか」
「赤ん坊抱っこしたまま自宅まで帰りつけば、赤ん坊が小判の詰まった壺に変わるなんて話もあったような」
「すごいねぇ。なんで?」
「分かりませんねぇ。小判じゃなくて松脂に変わるパターンもありますよ」
「怖い思いした挙句松脂でベットベトとか、踏んだり蹴ったりだろ」
「妖怪に魅入られたら大抵は踏んだり蹴ったりですよ」
「このオバケは何が目的なの?」
「さて。なんでも産褥で亡くなった産婦の霊が化けて出てるモノなんだそうですが」
「出産中に死んだ挙句妖怪になるのはつらいな……」
「お産は大変だよね。ボクが生まれた時も難産で、お母さん大変だったって言ってた」
「そうなのか」
「うん、『難産になりそう』ってお医者さんに言われてたから、無事にお産が済むように事前に神頼みまでしたって」
「そう言えば、駒見さんのお母さんはこの辺りのご出身でしたね」
「うん、そうだよ。里帰り出産だから、ボクが生まれたのもこの辺なんだよ~」
「それで進学でこっち来てるんだから、縁が深いんだな」
「お母さんが願掛けしたお社、大学の裏山にあるんだって! なんかね、お母さんの実家にあった古い櫛を奉納したって言ってた」
「駒見さんも参拝してみました?」
「それがね~、見つけられなかったの」
「おやおや」
「春になったらもう一回探してみようかな。鵜坂くん、手伝ってくれる?」
「ああ、いいよ」
「新川くんは?」
「私に山登りする体力はないです」
「うん、そう言うと思った」
「山登りったっておまえ、あの山標高二〇〇メートルもないぞ」
「一〇〇メートル超えてる時点で高山病になる可能性すら出て来ます」
「高山の定義が揺らぐね~」
「さておき、ウブメですかねぇ」
「お客さんどうしよう?」
「赤ちゃん受け取ってないなら、放っておけば数日以内に回復しますよ」
「ほんと? よかった」
「どうしてこう、変なモノが多いんだろうな最近の我が大学は」
「多いって、他にも何か出てるの?」
俺が事情を掻い摘んで話すと、駒見はふと思い出したように「そう言えば」と口を切った。
「そう言えばもう一個、変なのを見たって話があるよ」
「ほう」
「やっぱりお客さんから聞いた話なんだけどね、なんか、でっかいクモを見たって」
「ジョロウグモとかアシダカグモとかか?」
「ん~ん、もっと大きいんだって」
「タランチュラサイズか」
「牛ぐらいだって」
「でっか!」
想像の数百倍でかい。
「牛ぐらいのクモ、ですか?」
「そのお客さんどうなったんだ?」
「一目散に逃げたって~」
「他の選択肢はないよなぁ」
「今は体調崩して寝てるよ」
「またそのパターンか……」
「本人は、『さすがにあのサイズはありえないから、何かを見間違えたのかもしれない』って言ってたんだけど、変なモノがいっぱい出てるんじゃ、本当に牛サイズのクモが出たのかもしれないね」
「何食って生きてるんだ……いやそもそも、外骨格生物でそのサイズは無理があるんじゃないか?」
外殻の強度が足りずに、体が崩壊する気がする。
「オバケに物理法則適用するのは無理じゃないかな~?」
「物理学徒がそんなこと言いだしちゃおしまいな気がするが……」
まあ、物理法則が適用できる存在ならそれはオバケ妖怪の類ではなく、実際にこの世に存在している生物か。
「なあ新川はどう思う?」
さっきからずっと黙ってるな、と思って新川の方を振り返ると、新川は筮竹を捌いていた。諸君は筮竹を知っているだろうか? 易者が手に持っている、竹ひごの束みたいなあれである。細かい説明は省くが、要するに易占いに使う道具だ。
丁度占い終わったところであるらしく、新川は一つ息をつき、筮竹をまとめて筒にしまった。
邪魔するのも悪いから黙っていたら、新川はあらぬ方に目をやり、ブツブツと何かを呟きだした。
「応期は明日……いやもう日付が変わって明後日ですね。方位……場所は学内……池ですかね。はて、どの池です……?」
指でトントンと炬燵の天板を叩きながら、そんなことを言っている。
「おーい、新川ー?」
声を掛けたら、俺達がいるのを思い出したという風情で顔を上げた。
「ん? ああ、失礼失礼。駒見さんの話聞いてちょっと思いつくところがありまして」
「ボクの話役に立った?」
「ええ、おおいに。学内に出てる諸々、同じモノのようですねどうやら」
「あんなバラバラなのにか」
「ええ。いや、もしかしたら別のモノなのかもしれませんが、少なくとも名前は同じモノです」
「よく分からんな」
「なんて名前?」
「ん? ん~……まだ内緒です」
「え~」
「外れてたら易者の沽券に関わりますからね。先に確かめてからです。それで確かめに行くわけですが、鵜坂くん明日の晩は暇ですか?」
「うん? うん、特に用事はないが」
「よかった。じゃあちょっと、明日の晩は散歩がてら調査に出ることにしましょう」
「ボクも行く~」
「駒見さんはダメです」
「え~? なんで?」
「危ないからです」
「危ないの?」
「ええ、最悪喰い殺される危険があります。いくら男女平等の時代とは言え、女の子を危地に連れ込むわけには参りません」
「おいちょっと待て、俺なら危地に連れ込んでいいと思ってるのか?」
「鵜坂くんは中高六年間剣道やってたんだから、自分の身くらい守れるでしょう?」
「最悪人を喰い殺すような妖怪に剣道が通用するのかよ」
竹刀で対処出来るとは思えんぞ。
「私の占いが外れていなければ、多分大丈夫です」
「ほんとかよ……」
俺の得意技の小手抜き面でなんとかなるのだろうか。人食い妖怪が小手を狙ってくるとは思えないが。
「ただ、どうも納得いかない卦が立ったんですよね」
「なんの話だ?」
「鴻干に漸む。小子厲し。もの言うことあれども咎なし……一番近い道が一番の近道とはならない感じです」
「ふぅん?」
「よくわかんないや」
「まあとにかく、鵜坂くん明日の晩、またこの部屋に来てください。日付が変わって、明後日の明け方ごろまで調査が長引く可能性がありますから、出来れば昼寝しておいてくださいね」
「あ、二人とも覚えてる? 明後日はボクの誕生日なんだよ!」
「そりゃ覚えてるよ」
毎年「誕生日なんだよ!」と主張され続けてもう7年目だ。さすがに覚えている。
「かねて期したるところなれば、明後日はケーキを御馳走しましょう」
「やった~!」
食い殺されたらケーキもご馳走できないと思うけれど、大丈夫なんだろうか。
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