第2話 始動、ハニカム計画⑮
俺が、下宿生の女子四人と恋人になる。
そうすることで、お互いの抱える悩みを解決するための関係……先輩の言葉を借りれば、共生関係が生まれる。
先輩が言い出したのは、そんなバカげた提案だった。
「いや、全っ然意味がわからないっす。俺と恋人になるって……しかも、“私たち”ってなんですか。“たち”って」
予想外の回答に思わず素っ頓狂な声が出る。
「複数形だね」
「聞きたいのはそっちじゃないんだよなぁ‼」
「そうだよ優希、いくら仲良くなるって……こ、恋人! とか、いきなり過ぎるよ!」
「みずほちゃんは、古賀くんの彼女になるのは嫌?」
「いやっ⁉ 嫌──とかじゃなくて……っ! でも! そういう問題じゃないでしょ……⁉」
「お姉ちゃん……本気? 四人同時に付き合うとか、正気の沙汰じゃないでしょ」
「もちろん。本気だよ」
「私、そんなことしてお姉ちゃんがまた何か色々言われるの、嫌なんだけど」
「それはもう大丈夫。付き合うって言っても『ごっこ』だから」
「『ごっこ』って……どういう意味ですか?」
「そう、これは『恋人ごっこ』。モラルを逸脱しないためのルールを設けた上での、内輪の疑似的な恋愛関係だから、トラブルになるリスクは限りなく少ない」
「モラルなら同時交際っていう時点で破綻してない?」
「それな」
「そこの末っ子コンビ! 話の腰を折らない!」
先輩はヒソヒソと話す俺と潤花をキッと睨んで、口を尖らせた。
どうやら何かのスイッチが入っていたようで、先輩は「おっほん」と気を取り直すように咳払いをしてから、人差し指をぴんと伸ばして続きを話し始めた。
「今から言うルールはテストに出るくらいとても大事です。みんな覚えておくように」
何のテストだよ、と茶々を入れたらまた怒られそうなのでぐっと言葉を飲み込む。
「ルールその一。この関係は私たち下宿生以外には秘密にすること」
先輩は人差し指に続き、中指も伸ばした。
「ルールその二。『恋人ごっこ』である以上、それぞれと定期的に恋人らしいデートやスキンシップをすること。なるべく形だけの関係にはならないように、健全な節度の範囲ですることやローテーションを決めてね」
続いて薬指。
「ルールその三。恋人関係でいる期間は私たちの誰かが卒業する日まで。もしくは、私たちの誰かに本気で好きな人ができるまで。この二つの条件をどちらかが当てはまる事態になったら、それぞれの疑似恋人関係は解消すること」
合計三本の指を立ててから、先輩は「あ」と思い出したように言う。
「ちなみにみんな、今好きな人とかいる? いないよね?」
俺は無言で三人の様子を見る。
首を振って反応を示したのは小早川だけで、他二人は眉をひそめて口を真一文字にしたまま、否定も肯定もしない。淡々と説明される信じられない提案の詳細に思考の整理が追いついていないのか、ただ唖然としているかのどちらかだろう。いずれにせよ絶望的に恋愛に向いてないこのメンバーでは妥当な反応だ。
一方の先輩はそれを勝手に肯定と解釈したのか、納得したようにうんうんと頷いていた。
「このルールに従って付き合えば、私たちはこれからより身近な存在としてお互いの日常を守ることができるし、健全な共生関係を築くことができるはずだよ。あとはお金や時間とか、みんなに負担がかからないような決まりを詰めれば完璧かな」
それでも俺の負担、子泣きジジイ並に重くないか。
眉をひそめていると、それを見越していたかのように先輩が微笑む。
「でも、これって単純に楽しそうだと思わない? みんな何のリスクも背負わずに恋愛経験できるし、今日みたいに誰かが言い寄ってきても、お互いが彼氏・彼女の立場で堂々と相手を危険から守ることができるし……どう? この計画。これが私の考えた最強の下宿生活。名付けて、『アリとアブラムシ計画』!」
「かわいくない」
「ご……語呂悪いね」
「二人ともごめんね。うちのお姉ちゃん、ネーミングセンスがちょっとアレで」
「えぇ⁉ 何で⁉ よくない⁉」
計画名の是非はひとまず脇に置いておくとして、俺は改めて先輩の提案を吟味する。
期間限定の複数交際。
メリットは今先輩の言った通り。
デメリットは、最悪の世間体と下宿内の人間関係がこじれるリスクか。
その点についてはどうだろう。このメンツがガチ恋や嫉妬などとは縁遠い存在である以上、こじれるにしてもこの計画が原因となって問題が起こることはないようにも思える。全員が全員、本気じゃないからだ。
となると、実質デメリットらしいデメリットがない……? いや、そんなはずはない。何か見落としがあるはずだ。
他の三人も何やら思うところがあるようだったが、神妙な面持ちで先輩の話に耳を傾けているばかりで何も反論しない。
ここはやはり、俺が先輩を諭(さと)すしかないのか。
「……それ、『友達』じゃダメなんですか? 別に良いじゃないですか、恋人じゃなくたって」
「友達のままだったら、相手のことを異性として見れないでしょ? それに古賀くん、さっき『近しい存在だから言えないこともある』って言ってたよね? これは『仮の彼女』、近過ぎず遠過ぎずの一番ラフな関係、だからセーフ!」
「いや後半の解釈! 強引過ぎじゃないですか⁉」
「みーちゃん!」
「な、何⁉」
俺の訴えをガン無視して、先輩が唐突にみずほ姉ちゃんに呼びかけた。
何故か複雑そうな表情をしていたみずほ姉ちゃんは、急に呼ばれるなり肩をビクッと跳ねさせ、目を大きく見開いた。
「古賀くんのこと、助けてあげたいよね⁉」
「っ! もちろん……!」
「このままじゃまた悪い女に騙されないか心配だよね⁉」
「すっごい心配!」
「じゃあ賛成ってことでいい⁉」
「うん!」
「は⁉ みずほ姉ちゃん⁉」
まさかの即答に、声が引っくり返った。
身内でもっとも常識のある人間だと思っていたみずほ姉ちゃんが、まさかこんなぶっ飛んだ話に乗るなんて。実はこの人の正体は背中にチャックの付いた偽物で、中に限りなく人類に近い造形の宇宙人でも潜んでいるんじゃないかと思いたくなる。むしろそうであってくれ。
「だって、私だって衣彦のこと守りたいもん!」
「いや、だからってこんな突拍子もない話に乗る⁉ 嫁入り前にこんな不埒(ふらち)な遊びしてたら天国の秋子おばさん悲しむよ⁉ 泣いちゃうよ⁉」
「そんなことない! お母さんならもっと適当だよ! 『面白そうなら良いんじゃない?』とか言いながら、お酒飲んでるよ‼」
「酒飲んで……そうだけどさぁ! だけどさぁ‼ ねぇ⁉ あるでしょ色々! 問題がさぁ‼」
「真由ちゃんはどう思う?」
しまった。俺とみずほ姉ちゃんが不毛な言い争いをしている間に先輩が小早川という外堀を埋め始めた。
「私も、良いと思う」
「うおぉい! ちょぉ! お前もか‼」
「衣彦くんに助けられてばっかりなのは、嫌だから」
「あのな小早川。その気持ちは嬉しいけど、昼間自分で言ってただろ? 付き合うっていうのは普通、好きな人同士でするものなんだ。それが好きじゃない人同士でそんなことしたら……」
「えー、何が問題なの? さっきのルールさえ守れば、ただのままごとだよ?」
「確かに……これはあくまで恋愛の予行演習……付き合うための、練習……なんだし」
「そこの先輩方! 黙って!」
雲行きが怪しくなってきた。
優希先輩の口車によって、小早川もみずほ姉ちゃんも洗脳されつつある。マルチ商法にハマる人を間近で見ているような気分だ。一刻も早く二人のマインドコントロールを解かねば、取り返しのつかないことになる。
「でも、私も、衣彦くんの力になりたいの……うまく言えないけど、ここで何もできなかったらきっと、後悔するから」
「そういう前向きな心がけはすごく立派だし、小早川の良いところだよ。でもな、それにもう一つ『冷静に考える』って選択肢を増やそう。俺のことなんかより、先にもっと自分の大きな問題があるだろ?」
「あー! また言った! 『俺なんか』とか言うそれ! 衣彦のそういうとこが心配なの!」
「さっきからさぁお姉さん⁉ その野次! やめて欲しいんだよなぁ!」
「そんなこと言ったって、衣彦もみんなと同じ下宿生なんだよ⁉ 何で自分だけは違うみたいに言うの⁉ 一人でみんなの問題を抱え込もうとして、自分を犠牲にしようとしてるのは衣彦でしょ⁉ そんなの嫌だよ!」
「それ持ち出したら話が堂々巡りだろ! 今俺が言ってるのは、先輩が言うような突飛な方法じゃなくて、もっと一人一人に常識的な解決策を考えようってことで──」
「ふ、二人とも、ケンカはやめて……!」
切実に訴えてくる小早川の声にはっとして、俺たちはそれ以上の言い争いをやめた。
胸元に抱かれた彼女の拳は固く握られており、わずかに震えている。それを見て俺も強く反論できなくなってしまった。
「潤花は?」
俺たちが静まるや否や、先輩はすかさず潤花に意見を求めた。
「私は反対。いくら『ごっこ遊び』だからって、嫌々で付き合いを強制するなんて、誰も幸せにならないじゃん」
ぴしゃりと異を唱える潤花。
そうだ、よくぞ言ってくれた。
先輩に感化されてしまった二人とは違い、まだ常識的な反応を示す潤花が俺にとっては最後の砦だ。砦の中に大量の爆薬があるのは心配だが、こうなったらもう潤花に期待するしかない。
「でもさ、このままじゃ古賀くん、同じ学校になった元カノさんとずるずるした関係続いちゃって、ヨリ戻しちゃうかもしれないよ?」
「……それは絶対嫌」
「いや、あいつとヨリ戻すことなんてないから」
「ウソだぁ。衣彦女の子にワガママ言われたら絶対押し切られるでしょ」
「バカ野郎! 俺がそんな簡単に、そんな──そんなのわかんねーだろ!」
「……なんか、ますます心配」
「潤花の気が進まないなら私も無理にとは言わないよ。ただ……一度くらい、潤花と一緒に青春っぽい高校生活送りたかったな」
表情を曇らせる妹を横目に、先輩は目を伏せ、しゅんと肩を落とした。
「みんな参加しようとしてるのに潤花だけ参加しないの、寂しい」
「お姉ちゃん……」
「あ! なんすかその声色! 妹の情に付け込んで引き込もうなんて卑怯ですよ!」
「みんなが古賀くんとどこで遊んだとか、こんな楽しいことがあったとか話してるのに……潤花だけ共有できないなんて……お姉ちゃん、可愛い妹がみんなと青春できないなんて辛いよ……」
「騙されるなウル! お前の姉ちゃんは詐欺師だ! そんな病み営業のホストみたいな手口に騙されるな!」
「……わかったよ。私もやるから、それ。そんな顔するのやめてよ」
「んなぁーーーー! 何でどいつもこいつも簡単に口車に乗っちゃうかなぁ! 特殊詐欺が減らないわけだよ‼」
「古賀くん、観念して。あとは古賀くん次第だよ」
「……本気で言ってるんですか?」
「マジで本気だよ」
全員の期待と不安、申し訳なさの入り混じった視線が俺に向かってくる。
今日はもう何度この問いかけに悩まされたのだろう。
何を考えているかわからない女に都合良く言いくるめられ、利用されそうになったり、そうでなかったり。
何を信じたら良いのかわかったもんじゃない。
わかったものではないが……。
「……ルールの追加、良いですか」
信じているものなら、あった。
「何?」
「全員、笑って卒業すること」
この場所に、あった。
「守ることが目的じゃないんだ。俺が目指したいのは、天下無敵のハッピーエンドなんだ」
俺は一人一人に目を合わせて言った。
他の三人は怪訝そうな顔をしていたが、言葉の意図に気付いたみずほ姉ちゃんだけが、唇をぎゅっと噛みしめ、瞳を潤ませていた。
「この下宿は、子どもの頃から俺にとって特別な場所だったんだ。ここをずっと守ってきた秋子おばさん……それに、この場所を笑顔で卒業していったすべての人たちのためにも、伊藤下宿が受け継いできたものを、これからも残して行きたい。そして、みんなの思い出が詰まったこの場所で……俺も、そういう未来が待ってるような三年間を、ここで過ごしたいと思ってる」
蓋をしていた思いが溢れた。
絶対に行くつもりじゃなかった方向に向かって、背中を押されている自分がいる。
バカげたことだと言い捨てて、ここを去ることもできた。
だが、それをしなかったのは、俺を衝き動かしているものがあったからだ。
ぐすっ……とみずほ姉ちゃんが鼻を鳴らす音が聞こえた。
「おばさんはもういない。けど、おばさんの意思を受け継いだ俺たちはここにいる。だから俺は、この下宿に関わるすべての人が、天下無敵のハッピーエンドを迎えられるためなら、何だってしようと思う。たとえ──」
ここがそういう場所だから。
伊藤下宿だから。
俺がこんな風になったのは、きっとこの居場所のせいだ。
「たとえその手段が、世間一般の常識とはるかにかけ離れた『五人同時の恋人ごっこ』だったとしてもだ」
俺はため息を吐いて、全員の前に小指を一本差し出す。
俺のちっぽけな意地も、ここまでだった。
「最後に、覚悟があるやつだけここで約束してくれ。それさえできれば俺も腹をくくってもいい。ハッピーエンドを目指す過程で何があっても、最後にはみんな笑って──」
ぼきっ。
言い終わる前に、俺の小指が百二十度ほど反対側に折れた。
四人全員が、一斉に掴んだせいだ。
「痛ってぇええぇ!」
「ちょっとお姉ちゃん、勢い強過ぎ」
「えー? 私じゃないよー?」
「わ、私も違うよ⁉」
「ごめん、私が緊張して、力入っちゃったからだと思う……!」
俺は慌てて四人の手から小指を引っこ抜き、三人をきっと睨みつける。
この緊張感のなさ。
こいつらは本当に今やることの重大性をわかっているのか。
今後三年間の未来がかかっているんだぞ。
「お前らな……本当にわかってるのか? ごっこ遊びとはいえ、俺と付き合うんだぞ? そんな簡単に決めていいのか? 言っておくけどな、付き合うなんて想像の百倍面倒臭いぞ」
握られた小指を慌てて引っ込めて、俺は座り直す。
改めて下宿生たちと目を合わせると、誰一人として表情に陰りはいなかった。
「楽しそうで良いじゃん。衣彦もラッキーでしょ? 毎日こんな可愛い子たちとイチャイチャできるんだから、衣宝くじ一等当たった人より幸せ者だよ」
「いや、宝くじ一等の方が絶対幸せだしハッピーエンド」
「衣彦、これでもう逃げられないからね。二度と変な女の子に騙されないように、私たちがちゃんと監視するから」
「いや、こうなったらもはやみずほ姉ちゃんも変な女の仲間だから。ダメな昇格しちゃダメだろ」
「あ、念のため言うけど古賀くん、えっちなのはダメだよ? 今やらしい想像してたでしょ」
「するわけねーっすわ! 俺がちょっとでもあんたらに欲情したらふんどし一丁で滝に打たれてやるよ!」
「すごい……衣彦くん、みんなと一斉に会話して……聖徳太子みたい」
「呑気に感心してるけど小早川も当事者だからな⁉ 小指まだ痛いんだけど⁉」
「ご、ごめんね……!」
「ねぇ、それよりお姉ちゃん。さっきの名前なんとかならないの? 私たちアブラムシに例えられるの嫌なんだけど」
「えー? ピッタリだしよくない?」
「で、できればもうちょっとかわいいのが良い……かな」
「優希、他に何か良い名前ないの?」
「他に? うーん、他の相利共生(そうりきょうせい)関係なら、カメムシと細菌、花とミツバチとかあるけど……」
「花とミツバチいいじゃん! アリとアブラムシより全然かわいい!」
「アリとアブラムシだってかわいいからね⁉」
「そう思ってるのはこの場でお姉ちゃん一人だよ」
「ウソだ! 少数派になりたくないからって、本当は気に入ってるの隠してる子いるよ! そうに決まってる! みんなもっと自分の感性大事にして!」
「私、カメムシの色、綺麗だと思う……!」
「真由ちゃん! カメムシの種類って日本だけで千種類以上いるんだけど、どれ⁉」
……俺、こいつらの彼氏になるのか。
唐突にできた彼女たち(仮)の騒がしいやりとりをぼーっと見守りながら、俺は一人割れたグラスの後片付けを始めた。
いつもの様子に戻ったことに少し安堵しつつも、今後の身を案じて早くも胃に違和感を覚え始めた。近い将来、ストレスで死ぬかもしれない。
「衣彦もなんかないの⁉ 名前!」
「へ? あ、えっと……」
いきなりみずほ姉ちゃんに話題を振られ、間抜けな声が出た。
他人事でいるなということだろう。
見透かされていたようで焦ってしまう。
「んなこと言われてもな……」
適当に流すこともできたが、そんなことをしてみずほ姉ちゃんの機嫌を損ねれば夕飯の味に支障が出てしまう。
頭をかきながら渋々考えようとすると、ふいにテーブルの上にあったグラスの底が目に入った。
俺はほとんど思い付きで言った。
「……『ハニカム計画』」
みんなの目が丸くなった。
「ハチっぽいし……なんか」
俺の発言でみんなが黙り込んだので、言い訳がましく付け足す。
すると三人は、満足げに顔を綻ばせた。
「それいい! いいよ衣彦!」
「私も異議なし」
「私も、良いと思う……!」
「え~? アリとアブラムシはぁ?」
「却下」
「それも異議なし」
「無慈悲――――!」
その場でばたんと倒れ込んで地団太を踏み出した先輩を見て、三人はどっと笑い出した。俺もつられて少し笑った。
気が付いたら、昼間から尾を引いていた重い空気は消えてなくなっていた。
泣いたり、笑ったり、怒ったり。
今日は感情の振り幅がジェットコースターみたいに激しい一日だった。
ときめきも色気もあったもんじゃない。
まるで、ガキの戯れだ。
こんな連中を相手に、俺はちゃんと彼氏としてやっていけるのだろうか。
前途多難な未来しか見えないが……決めた以上は、やるしかない。
約束したんだ。
天下無敵のハッピーエンドを。
「え~、それでは改めまして、アリとアブラムシ計画改め『ハニカム計画』、近いうちに詳細をまとめますので、皆様これからよろしくお願いします……」
その後、部屋の片づけを一通り終え、食堂のテーブルで一息ついた俺たちは、優希先輩の音頭のもと温かいココアの入ったマグカップで乾杯をした。
「露骨に不服そうだね」
「優希、ハニカムだからね、ハニカム。名前大事だよ」
「えっと……それで、いつから始めるの? ハニカム計画」
「とりあえずもう始めちゃおっか。細かい決まりはあとで決めればいいし」
「えぇ~、そんないきなり、よーいドンみたいな感じで付き合っちゃうの?」
「そこを適当にされるのは嫌だよねー」
「ねっ、そうだよね。潤花もそう思うよねっ」
どうせごっこ遊びなのでそこまでこだわらなくていいはずなのだが、どうも俺のガールフレンド(仮)たちはそうは思っていないようだ。何やら盛り上がっている女子四人のガールズトークを横目に、俺は早くも前途多難な予感がした。今からでもやっぱり辞めますデヘヘみたいなノリで断れないだろうか。無理だろうな。
「わかった。それじゃあ、古賀くんが私たちに告白してからスタートすることにしよう」
「いや待って⁉ 俺こんな事務的な流れで告白しなきゃならないんですか⁉ もっと水面が反射する夜景の綺麗な海岸とか、青空の下の学校の屋上とか、ムードってもんがあるでしょうよ! ムードってもんが!」
「こ、こだわりすごいね……」
「やけに具体的なところに古賀くんの癖(へき)を感じる」
「きっとイヤイヤ言いながら内心そういう高校生活を期待してたんだよ。むっつりだね」
「私は悪くないと思うけどな、うん。衣彦がいいなら……」
「全部マンガやアニメの受け売りだよ! 悪かったな!」
「じゃあ、今そういうシチュエーションだと仮定して、練習で告白しよ。練習で」
「いや、そんなコントの導入みたいな……」
「はーい、みんなちゅーもーく。今から古賀くんが私たちに愛の告白しまーす」
「わー、ぱちぱちー」
「すごいね……四人一斉に告白なんて、ドラマでも見ないのに」
「れ、練習なんだし、そんなに緊張しなくていいからね……⁉」
パチパチとまばらな拍手とともに、再び四人から視線の集中砲火を浴びる。
もう逃げられないところまで来てしまった。
子供の頃、ヒーローショーを見に行った時に着ぐるみの怪人に手を引かれいきなり舞台の上に立たされたときの緊張感を思い出した。
思えばアレと転校したときの挨拶くらいしか注目を浴びた思い出がない気がするが、何の因果か今再びリアル怪人たちの策略によってそのときと似たような窮地に立たされている。
好きでもない女四人に対して、同時に告白。
一体どういう感情でこの茶番に臨めばいいんだ。
「あ~……っと……」
これはただのごっこ遊び。
そんなもので誰かを幸せにするなんて傲慢(ごうまん)も甚(はなは)だしい。
「みずほ姉ちゃん」
だが、そんなままごとに救われる存在があるのなら、俺はいくらでもピエロになろう。
「優希先輩」
偽りだらけの世界で、偽りのないこの気持ちで。
「小早川」
三年後、しがらみや重い荷物を捨てたこいつらと過ごす、天下無敵のハッピーエンドのために。
「ウル」
そんな誓いを伝えようとした。
「俺は、お前らに──」
そのとき、
バンッ、バンッ。
『っ⁉』
居間にあるベランダのガラスを叩く、大きな音が響いた。
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