第2話 始動、ハニカム計画⑬
外は群青色に染まりつつあった。
グラデーションを描くように夕方の空を浸食していく夜の天蓋には、薄ぼんやりと月が浮かんでいる。
その下で、人もまばらな商店街にはスーツを着た仕事帰りのサラリーマンや、買い物中の主婦らしき人々がそこかしこに歩いていた。
夜の帳(とばり)がおりる頃。
日常と非日常が入り混じるこの時間帯、人々は皆思い思いの帰路について、それぞれの帰るべき場所へと歩んでいくのだろう。
そんな街中の往来を──俺たちは無我夢中で走り抜けた。
「おい! いつまで走るんだよ!」
「下宿まで! 競争しよ!」
「腕引っ張られながら走って競争もクソもあるか! 離せ!」
「あっははははは! やだー!」
タッタッタッと、軽快な足音と笑い声が商店街に響く。
目立つ。とにかく目立つ。
道行く人の周囲の視線は次々と俺たちに向けられていた。
それもそのはず、閑静な商店街のど真ん中で、でかい声を出しながら慌ただしく走っているのは俺たちだけ。とりわけ濡れ羽のように美しい髪をなびかせながら駆け抜ける潤花の姿は、人々の目には余計に非日常的な光景に見えているだろう。間近で見ている俺だって、そう見える。
「あー!」
「今度は何⁉」
突如、潤花が叫び出した。
「お姉ちゃんたち! ねぇ衣彦! お姉ちゃんたちいるよ⁉」
「はぁ⁉」
潤花が指さす方に視線を向けると、商店街の一角から確かに優希先輩たちがいた。
そういえばみんなで外食に行くとかなんとか言っていたが、まさかこのタイミングで出くわすとは。
「おーーい‼ みんなーー‼」
「あーーー! 潤花と古賀くんだーーーー!」
声でっか! 姉妹揃って、声でっっっか‼
恥も外聞もない姉妹のコール&レスポンスに仰天して、意図せず心の五・七・五が出来上がってしまった。
「みんなーー! 下宿まで競争しよーー‼」
「えーー⁉ 何でーーっ⁉」
みずほ姉ちゃんが叫ぶ。
そりゃそうだ。
当然の疑問過ぎる。
「走った方が楽しいからーーーー!」
「どんな理屈⁉」「どんな理屈だよ‼」
俺と姉ちゃんが同時に突っ込むと、小早川が困惑したようにこちらへと声を張る。
「私たち、ご飯、食べ終わったばっかりだから……!」
ナイスだ小早川。ノーと言える女、素敵過ぎる。
俺もさっき食べた直後に強制連行&強制ランニングを強いられ苦しくてたまらないのだ。
俺たちと優希先輩たちの距離はあと数メートル。
このあたりで減速すれば、ちょうどよく合流できる。
さすがの潤花だって小早川の切実な訴えは無視できないだろう。
俺はそろそろかと思い歩幅を緩める。
ところが、
「二人とも行こ! 潤花と古賀くんより先に着かなきゃ!」
そう叫んだ優希先輩は、小早川とみずほ姉ちゃんはそれぞれの両脇にがっしりと自分の腕を組みついた。
すっげー嫌な予感。
「えっ! 優希ちゃん……⁉」
「ま、待っ──」
そして、先輩は駆け出した。
悲鳴を上げる二人を両脇に引きずるように、全速力で。
「きゃーー! 優希待って! ねぇ! 待ってってばーー!」
「ゆ、優希ちゃ、速っ……!」
「潤花! 古賀くん! 私たちをつかまえてごらーん‼」
「余計なことすんなーーーー‼」
断末魔に近い嘆きの叫びが、商店街に響く。
「きゃはははは! 見てみんな! 古賀くんの顔、真っ赤!」
「優希! お腹痛いんだから笑わせないで!」
「ふっ、ふふふ……! あははっ……!」
「衣彦! 私たちも負けてらんないよ! 罰ゲームかかってるんだから!」
「今まさに! この状況が! 最悪の、罰ゲームだっつうんだよぉ‼」
甲高い笑い声が、薄暗闇の空に響いた。
端から見て、さぞやかましい集団だろう。
常識も、近所迷惑も省みない、クソガキたちのバカ騒ぎ。
「もう! 何なのよ今日はーーーーーー‼」
けれど……懐かしい。
そう思ってしまった。
あれはいつだったか。
幼馴染みのみんなとの放課後。人気のなくなりつつあった学校の廊下。
危なっかしくて、不道徳で、悪いことをしているのに、ワクワクが止まらなかった。
なんだか、ガキの頃に戻った気分だった。
空を見上げると、月が俺たちのことを見ていた。
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