第2話 始動、ハニカム計画⑨


 ──少し、昔のことを思い出した。


 最寄りの駅から歩くこと五分。いつも通り三、四組は並んでいる半地下の階段を下りてから案内された店内の空間は、大勢の客でにぎわいながらも、それを窮屈に感じさせない解放感があった。単純に広いというだけではない。テーブル同士の隙間が広く、人の行き来する動線も計算したレイアウトの工夫がなされているように見える。軽快なハウスミュージックをBGMに、店内にはハニカム模様のクロスやミツバチをモチーフにした証明など数多くの装飾が施されており、このカフェ全体を蜂の巣に模したようなユニークなデザインだった。

 メーヘク。

 二回目の来店にも関わらず前回と少し違った印象があったのは、きっと楓がいたからだろう。

 瞳を輝かせながら店内を見回す楓を見て、本当に連れてきてよかったと当時は思った。

 

「手、大きくて良いね」


 案内された席についてからしばらく他愛のない話をしていた俺たちは、やがてなんの気はなしにお互いの手を重ねた。温かい。じんわりと伝わる楓のぬくもりに、俺は言いようのない幸せを感じた。


「昔、同期の男の子と一緒に指先の動き矯正してたんだけど、やっぱり大きい手の方が綺麗に見えるんだよね」


「そうか? 別にありがたいと思ったことないな」


「それは持たざるものへの冒涜だよ。不便を感じたことがないってことは、恵まれてる証拠なんだよ?」


「恵まれてるかって言われたらそんなこともないけどな……俺は手の大きさよりも、楓みたいに何かをがんばれる才能に恵まれたかったよ」


「私にそんな才能があったら今頃シューズ脱いでないでしょ。それに、衣彦だって空手がんばってたじゃない」


「俺はがんばったって言えるほどの結果を残せてない。楓は周りから評価されてたし、賞だってもらってただろ」


「でも、いくら努力しても、身長だけは伸ばせなかった」


 世の中には努力だけじゃどうにもならないことがたくさんある。

 それは楓も俺も、たびたび話題にしていた共通認識だった。

 けれど──


「恵まれてるっていうのは、始めから持ってる人のことだよ」

 

 楓は眉を下げ、寂しそうに笑った。

 その顔を見ると、胸がずきんと痛む。

 最愛の彼女にそんな顔をされて、辛いわけがない。


「俺は……」


 そんな顔をしないで欲しい。

 俺はその一心で、楓を励ます言葉を探した。そして自分の乏しい語彙の中から、たどたどしい口調で偽りのない本音を紡ぎ出した。


「それでも楓ががんばってたから、好きになったんだけどな」


「っ! 今はそんな話してない……!」


「痛って! 爪立てんなよ!」


「衣彦が悪い」


「俺かよ……」


 人がせっかく心配しているというのに何で怒るんだ。理不尽に思ったが、顔を背けた楓の口元がわずかに緩んでいるように見えるので、もしかしたら怒っているわけではないのかもしれない。


「衣彦はさぁ、何事に対しても理想が高過ぎなんだよ」


「そんなに高いか?」


「高いよ、すっごく。お姉さんや周りの友達がすごい人ばっかりだからって、自分も同じくらいすごくなきゃいけないって思ってない?」


「そんなこと思って──」


「どっちでもいいけどさ。理想なんて全部は叶わないんだから、どれかは諦めなよ」


「…………」


「その代わり、どれか一つ……これだってものを見つけたら、そのためだけにがんばりなよ。アレもコレもって目移りしてたら、全部中途半端になっちゃうよ」


「まぁ、そうかもな」


 淀みのない口調で俺を諭す楓に、感心しながら同意する。

 楓は頭が良かった。

 負けず嫌いで融通が利かないのは玉に瑕(きず)だが、真面目で努力家で、芯が強い。


「もし、それが見つからなかったらさ──」

 

 俺はそんな彼女のことを、

 

「私を衣彦のがんばる理由にしてよ」


 好きだった。

 尊敬できる、かけがえのない恋人。

 心からそう思っていた。

 楓が言っていた通り、楓のためにがんばろうと。

 自分にできることなら何でもしたつもりだった。

 だが、あいつの本性は違った。

 俺は無知だった。

 自分の人を見る目を、過信していた。

 楓が、あの思い出すのも忌々しいほど、最低の行為を平気で行う女だということを。

 あの一件で唯一良かったことは、それ以来、すべての他人に期待せずに済むようになったことだ。

 期待なんかするから裏切られた気持ちになる。

 だったら、最初から信じなければ惨めな気持ちになることもない。

 今となっては……もうあのクソ女のことはどうでもいい。


 どうせ、取るにたらない、昔話だ。


「──っ」


 コツン、と爪先に何かが当たった。

 ぼーっと歩いているうちに目の前にいる人の踵(かかと)を蹴ってしまったようだ。店内にいる他の客かと思い慌てて謝ると、人影の正体は小早川だった。

 

「私の方こそごめん。ぼーっとしてた」


 小早川は申し訳なさそうに眉を八の字にした。

 その手には、黒字で大きく『 藻(も) 』とプリントされた白Tシャツがあった。

 ここは、先ほどの行列が並ぶキッチンカーから少し離れた場所にある雑貨屋だった。雑貨屋といっても、売っているものの半分以上がシュールな文字やイラストが描かれたTシャツばかりだった。この店の前を通りがかったときに小早川が店先に飾られた数々のネタTシャツに興味津々な視線を向けていたので、みんなで入ることにしたのだ。

 

「それ、買うのか?」


「……迷ってるの」


「まぁ、Tシャツ一枚でもそこそこ痛い出費だもんな」


「ううん……そうじゃないんだけど、他に欲しいのもあるから」


 小早川は少し目を伏せ、手に持ったTシャツを羨やむような視線で見つめ、元にあった棚に戻す。


「あれもこれも欲しがるのは、欲張りかなって」


「…………」


 店内に入るまではあんなに期待に満ちていた小早川の瞳から、その輝きが失われていた。

 まるで、欲しいものを手にすることに罪悪感を抱いているようだった。


「それ、迷ってるなら俺が買うぞ」


「? 衣彦くん、これ欲しいの?」


「いや、小早川にプレゼント」


「えっ……! そんなの、もらえないよ……!」


「でも、気になってるんだろ? どっちかを選んでどっちかを諦めなきゃいけないなんて決まりはないんだから、小早川が両方欲しいなら、両方選んでも良いんだよ」


 極論だとは思う。ただ同時に、今の小早川には必要な話だとも思った。


「どうせ選ぶんなら、いつか振り返ったとき楽しい思い出になる方だろ」


「いつか、振り返ったとき……」


「わかった。じゃあ自分で買うのと俺に買ってもらうの、どっちか十秒で選ぶことな。十秒前。九~、七~、五~……」


「わ、わ、待って、買う……! どっちも、自分で買うから……!」


 俺が意地の悪いカウントを始めるや否や、小早川は慌てて棚に戻したTシャツを自分の手元に戻した。

 その慌てっぷりがおかしくて思わず笑いそうになるが、小早川自身もどこかそれを楽しんいたようで、小早川は俺と再び視線を合わせると恨めしそうに「ずるい」と言いながら目を細めた。マスク越しでも伝わるほど、その表情は柔らかい。


「真由! 見て見て! 優希がすごいTシャツ見つけたよ!」


「あっ……衣彦くん、ちょっと行ってくるね」


 パタパタとみずほ姉ちゃんたちのいる場所へ向かう小早川。

 どこか、ほっとしたような表情だった。


「……世話の焼ける」

 

 俺はため息を吐きながら、三人に見つからないようにこっそりと店を出た。

 店を出てすぐ、路地裏の通りからメインストリートの周辺をぐるりと見回してみる。不審な人物はいない。代わりに、前回ここに来たときにはなかった見覚えのない店の看板が増えたことに気付く。

 このあたりの景色もすっかり変わってしまった。

 いつか、あの女と行った雑貨屋は韓国コスメの専門店やドラッグストアに変わっている。

 それだけ、流動性が激しいのだろう。

 人も変われば、街並みも変わる。

 変わらずにいられない。


「ん?」

 

 不意に、視界の隅に映る金髪の若い夫婦に違和感を覚えた。

 最初は派手な髪の色が目についたが、それよりも気になるのは、父親らしき人に抱っこされている子供の靴だ。片方だけ踵が脱げている状態で、ぶらぶらと揺れているのだ。

 あれ……落ちるぞ。

 二人は子供の靴に気付いていない。

 気になってその家族を目で追っていると、俺たちのいる店の前を通り過ぎようとしたタイミングで案の定、子供の靴がポロッと落ちた。


「あー、ほら……」

 

 俺は小走りで落ちた靴に駆け寄り、それを拾う。

 同時に、それを拾おうとした若い女の人たちと目が合って少し気まずかったか、微笑んで会釈してくれたので俺も同じようにそれを返し、夫婦の元へ駆け寄った。


「あの、落としましたよ」

 

「え……あ! すいません!」


「ごめんなさい、ありがとうございます!」


「いえ」


 俺は軽く笑って赤ん坊の両親に会釈をした。

 靴を落とした当事者はまるで他人事のようにきょとんとした表情で俺を凝視していた。なんて無垢な瞳だ。自然と口角が上がる。その子に向けて手を振ってその場を去ると、去り際に俺に応えるように小さな手を伸ばしてくれた。こういう純真な存在を見ていると、クソガキだらけの俺たちの面倒を見ながら楽しそうに笑う秋子おばさんの気持ちも少しわかった気がした。


「まぁ……この先一生縁のない話だけどな」


「……うっ……ぐずっ……」


「っ……⁉」


 ぼんやりと独り言を口にした直後、すぐ近くですすり泣く声が聞こえた。

 振り返ると、垢抜けていない恰好をした中学生くらいの女子がいた。

 一瞬、今の独り言を聞かれてしまったのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 彼女は手で溢れ出る涙をぬぐいながら、すがるような目で俺のことを見ていた。

 ……すっげぇ嫌な予感がする。


「あっ、あっ、あの……!」


「何?」


「ほっ……ほんとにっ……ごめんなさい……あのっ、さ、財布落としちゃって……ぐずっ……もう、帰る時間なのに……! お金っ……なくて……!」


 嫌な予感、的中。

 背筋にぞっと悪感が走った。

 人通りの多い商店街で、人目憚(はばか)らず泣いている女子と対峙したこの状況。悪目立ちが過ぎる。

 俺は一度深呼吸して平静を取り繕(つくろ)う。

 周りから変な目で見られないよう細心の注意を払い、極力穏やかに話さねばならない。


「いつ、どこで落としたの?」


「き、気付いたのが、さっきで……どこで落としたのかは……!」


「最後に見たのは?」


「昨日の……夜、ホテル……?」


「じゃあまずホテルに連絡しないと。それでもなかったら、交番に──」


「け、警察は、ちょっと……!」


「……もしかしたら誰かが交番に届けてるかもしれないし、そういう可能性から潰していかないと、見つかるものも見つからなくなると思うけどな」


「それは、そうなんですけど、でも……」


 歯切れの悪い返事ばかりで、こめかみに青筋が浮かぶのを自覚する。

 せっかく合理的に問題を解決するよう促しているのに、『でも』ってなんだよ。

自分の尻拭いを他人にさせようとしながら人の助言は聞こうとしない。しかも金の問題だ。もっと事の重大性を考えるべきだろう。これだから女は……。


「おっ……お母さんにと……おと、お父さんに……ひっく……心配、かけたくなくて……っ!」


「…………」


「みんなに……迷惑……かけちゃう……!」


 振り絞るような声とともに、少女の目から大粒の涙がこぼれた。

 込み上がってくる感情に堪えきれなくなったのか、先ほどよりも勢いを増して嗚咽が激しくなった。

 ……泣けば説明しなくて済むと思ってるのかよ。

 はっきり言って、言っていることもめちゃくちゃだし、自業自得以外の何ものでもない。

 視界の隅で、通行人が怪訝な顔をして通り過ぎる。周囲が俺たちの様子に気付き始めたようだった。人通りの多い道で非難めいた視線が俺に突き刺さる。

だが、今の俺にはそんな光景は些末なことだった。

 俺はただ、思い出していた。

 いつかどこかで、似たような失敗をして泣いていたクソガキがいたことを。

 

「……家どこ?」


「え……」


「場所がわからなかったら、いくら必要かわかんないだろ」


「あ……会津若松……」

 

「東北……⁉」


 何でそんなところからわざわざ……いや、来る理由なんて東京ならいくらでもあるか。前向きに考えれば海を隔てたところじゃなかっただけ運が良かったかもしれない。が……

 

「ご、ごめんなさい……あのっ……ほんとに……っ!」


「あー、ちょっと待って」

 

 どうせ必ず返すとか、そういうことを言いたいんだろう。

 たとえそうじゃなかったとしても、相手が信用に値(あたい)するかどうかなんて、言葉だけでわかるわけがない。

 だから、この子が何を言ったところで、俺の決断は変わらない。

 俺は鞄から財布を取り出してなけなしの一万円札を一枚取り出し、それを泣いている少女に差し出した。

 これで、しばらくソシャゲの課金はお預けだ。


「片道ならこれで足りるよな、多分」


「あ……! えっと……!」


「……何だよ」


 その、神様を見たみたいな目を向けて来るのをやめろ。

 こんなのは優しさじゃない。


『もう大丈夫だ、衣彦』


 俺がしているのはただの、真似事だ。


「あ、ありが──」


「ストーーーーーップ!」


 すぐそばで耳をつんざくような叫びが響いた。

 俺も、名も知らぬ女子も、そこら中にいる人々が一斉に声の主に顔を向けた。

 公衆の面前で恥ずかし気もなく大声で叫んでいたのは、ついさっきまで店の中ではしゃいでいた優希先輩だった。


「古賀くん、どういう状況⁉」


「衣彦! 何やってるの⁉ その子は⁉」


 優希先輩の横から割り込む形で、みずほ姉ちゃんも現れた。すごい剣幕だ。往来を行く人々がただならぬ雰囲気の俺たちの方を振り向く傍ら、視界の隅では先ほどの雑貨屋の入り口からは小早川がただ一人心配そうな表情で佇んでいた。


「いや……この子、帰らなきゃいけない時間なのに財布落としたって言うから、金貸そうと……」


「警察は⁉」


「誰か知り合いに連絡できないの?」


「その、急いでて、ひとりだし、帰りの電車も……」


「とにかく急いでて、もう警察行く時間も探す時間もないんだってさ。ついでに、誰にも知られたくない事情があるとか」


 みずほ姉ちゃんと先輩の二人から詰め寄られ、たじたじになった少女の代わりに俺が答える。

 お世辞にも機転が利くとはいえない彼女に何か喋らせようものなら、火に油を注ぎかねない。

 小早川を一人にしたこの状況は望ましいものではないので、さっさと話を終わらせたいのが本音だった。


「だからって衣彦、そんな簡単に、知らない子にお金貸そうとしたの……?」


 心配故だろうか、みずほ姉ちゃんの声色にはわずかに怒りの感情も混じっていた。 困った。感情的になったみずほ姉ちゃんには弱い。話がややこしくなる前に俺が全部説明してやらないと、事態がどんどん泥沼化しそうだ。


「連絡先は交換するところだったよ。さすがに返ってくる保証のない金貸しなんてするつもりないって」


 嘘だ。

 そんな保証、どこにもない。


「それに、みずほ姉ちゃんだって、同じこと言われたら助けてるだろ」


「私はそんな、衣彦みたいにお人好しじゃないもん」


「いや、別に俺だって自分から助けようとしたわけじゃないし」


「とにかく、こういう、お金に関わることは、ちゃんとしなくちゃ。いくら困ってるからって、いきなりこんなのは……」


「じゃあどうする? みんなで警察に行くのはいいけど、落とした財布がもう届いてるって望みは薄いだろ? しかもこの子、福島から来たらしいんだよ。時間もない上に帰りの電車賃がない。だったら手っ取り早く俺が貸した方が早いと思ったんだけど」


「それは……」


 さっきまでの勢いはどこへやら、みずほ姉ちゃんは火が消えたように肩を落とした。

 言い方がきつかっただろうか。代案があるか聞こうとしただけのつもりが、みずほ姉ちゃんは俺に責められているように感じてしまったかもしれない。


「──それじゃあ、もう少し個人情報を担保してもらおっかな」


 どうやってみずほ姉ちゃんに納得してもらえるか逡巡していると、重たい空気をものともしない軽快な口調で先輩がそう言った。

 先輩はスマホを片手に持ちながら、鞄の中からタブレットと電子ペンを取り出して少女の顔を覗き込む。少女も、穏やかながらに感情の色が見えない先輩に対して警戒しているようだった。


「あなた、名前と住所と生年月日、通ってる学校とかがわかる身分証はある? 連絡先はSNSのアカウントがいいかな。それと、顔写真も撮らせて欲しい」


「しゃ、写真……?」


 まくしたてるように先輩に対してみずほ姉ちゃんが「そこまでしなくても」という表情で優希先輩を見つめる。表には出さないが、俺も同じ心境だった。


「今から教えてもらう個人情報はもちろん守るし、お金が返ってきたらちゃんと全部消す。嫌かもしれないけど、見ず知らずの人にお金を借りるってことは、それくらいしないと信用されないことだっていうのはわかってくれると嬉しいな。いい?」


「身分証とか、持ってきてない……」


「じゃあ通ってる学校とクラスと学籍番号、口頭で教えて? それと、スマホに登録されてる親御さんの連絡先も確認したいな。これも、信用の担保ってことで」


「あ、えっと…………はい」


「うん、ありがとう」


 聞き取りをしながら黙々と筆を走らせる先輩。

 そうしている間にみずほ姉ちゃんが財布を出そうとしたが、先輩はスラスラとメモを走らせたままみずほ姉ちゃんの方を見た。


「待ってみーちゃん。私もお金出すから貸すなら分散しよ。福島までの片道なら一人三千出せば足りると思うから。古賀くんは今の内その子の写真撮って。ツーショットでもいいよ」


「俺が映る意味」


 そう突っ込みながらスマホのカメラ機能の準備をすると、先輩はぺろっと舌を出しておどけた。それを見た少女はぎこちないながらも少し表情を緩めた。良いタイミングで顔を上げてくれたので、見やすい写真が撮れた。


 少女の個人情報を一通り聴取し終えた先輩は図書を閉じるようにパタンとタブレット端末をケースにしまった。初対面の相手にいきなり奇虫愛好を共有してくる変な人だと思っていたが、一連の仕種だけ見るとやたら頭の良い女に見えてしまう。


「最後にもうひとつお願いしていい?」


「あ、はい……」

 

 まだ何かあるのかと警戒したようだ。少女の顔が一瞬強張る。


「私たちの目の前で親御さんに帰りの連絡して」


「親に……⁉」


「知られたくない事情があるなら、そのことは話さなくていいから。ただ、私たちの前で帰りの予定の電話を報告して欲しいだけ」


「…………」


「口うるさくてごめんね。でも、私がこんなに言うのはあなたを疑ってるからじゃなくて、助けてあげたいからなの。私だけじゃなくて、このお兄さんもお姉さんも、あなたのことを心配してるんだよ?」


 少女は俺とみずほ姉ちゃんを交互に見た。すでに俺もみずほ姉ちゃんも鞄から財布を取り出している。それが結果的に決断を後押しする形となったのかわからないが、意を決したように頷いた。

 

「……わかりました」


「ありがとう」


 か細い声で了承する少女に、優希先輩が優しく微笑みかけた。

 

「ちなみにこの会話、録音してるから嘘はつかないようにね」


 俺たちはぎょっとして先輩の顔を見た。

 先輩は再びにこっと目を細める。

 ──いつの間に。

 その笑顔は、心から浮かべたものか、それとも作り物なのか。まるでわからない。

 要領が良いとか、そういう次元じゃない。

 俺たちは、美珠優希という少女に得体の知れない異質さを感じた。




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