10
「砂川課長、私そろそろ・・・。」
しばらく経った時、羽鳥さんが腕時計を見下ろしながら言った。
「もう23時前ですね・・・。
遅くまで本当に申し訳ありません。
送りますので。」
砂川さんから出てきたその言葉に私の動きは思わず止まった。
砂川さんは羽鳥さんのことを送り届けることまでするらしいから。
私とはいつもその場で別れていたのに。
砂川さんは家の玄関まで来てくれたこともなかったのに。
自分の家の廊下をたった数歩歩くだけなのに、それすらもしてくれたことはなかった。
でも、あの頃はそれを気にしたこともなかった。
砂川さんはそういう人だからとソレを求めたこともなかった。
求めようと思ったこともなかった。
驚きすぎて身動きが取れなくなってしまっている私の存在を気にすることもなく、砂川さんは羽鳥さんのことだけを見て立ち上がった。
「大丈夫ですから!
ちゃんと1人で帰れますよ!!」
「お酒も結構飲んでいましたし、こんなに遅くまで付き合わせてしまったので。」
「いえ・・・!本当に大丈夫ですから!」
砂川さんは私のことを一切見ることはないのに羽鳥さんが私の方をチラッと見てきた。
そしたら羽鳥さんの視線を追うように砂川さんが私のことを見下ろしてきて、初めて見る怖いくらい真剣な顔で口を開いた。
「純ちゃん、俺がお会計をするから少し待ってて。
羽鳥さんをタクシーに乗せたらすぐに戻ってくるから。」
「え・・・?いや、私ももう出ます。」
「凄く酔っ払ってるうえに夜も遅いし、純ちゃんのことは駅まで送るから。」
そんなことを砂川さんが私に言った・・・。
私はタクシーではなく電車の駅までだけど・・・。
でも、そんな言葉を掛けて貰えた。
“最後の最後”に、そんなことを言ってくれた。
羽鳥さんと並んで店を出て行く砂川さんの後ろ姿を見て、私は我慢なんて出来ずに泣いてしまった。
もう、分かってしまったから・・・。
“あの頃”の私も砂川さんにこんな風に言って欲しかったのだと。
“あの頃”の私も砂川さんにこんな風にして欲しかったのだと。
砂川さんが“何か”を私に求めることはない“純愛”だと思っていたけれど、私だって砂川さんに“何か”を求めたことはなかった。
“エッチがしたい”
それだけは求めてしまっていたけれど、ソレ以外のことはきっと何1つ求めたことなんてない。
砂川さんは“そういう人”だから、私なりに砂川さんの幸せをちゃんと考えていた。
だから何も求めず、何も言わず、何も考えなかった。
“考えないようにしていた”。
“あの頃”は考えないようにしていたということが、今日分かってしまった。
私も砂川さんに“女の子”のように送って欲しかった。
そして私も砂川さんに“女の子”のようにバレンタインのお返しが欲しかった。
私は、砂川さんからバレンタインのお返しをホワイトデーに欲しかった。
誕生日プレゼントまで欲しかったとは思わないから、バレンタインのお返しくらいは欲しかった。
ホワイトデーなんて気にしていない砂川さんを私からこの店に誘い、いつもは割り勘にしていたお会計を私からの“今日はホワイトデー”という言葉でご馳走して貰えただけではなく・・・。
“羽鳥さんのように”、私もバレンタインのお返しが欲しかった。
「飴玉1つでもガムでもグミでも何でも良いから、砂川さんからのお返しが欲しかった・・・。」
田代の前で初めて泣いてしまった直前の光景、砂川さんが可愛くラッピングされている小さな箱を羽鳥さんに渡している姿を思い浮かべ・・・
今日初めて分かってしまった自分の思いを口にした。
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