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「砂川課長って本当に素敵な男性で、妊娠中の女の人のフォローは他の社員じゃなくて砂川さんがフォローしてくれてるの!」
羽鳥さんがさっきからまた必死に砂川さんの自慢話をしていて、その微笑ましい姿には優しく笑いながら砂川さんの方を見た。
「そんなことを砂川さんがしていたら他の社員が気を遣うじゃないですか。
それよりも社員を増やせないんですか?」
「派遣さんには入って貰ったよ。
でも毎日いるわけでもないし時間も限られているからね。
妊娠中の女性は突然お休みになったりなかなか出社して来られなかったりするから。」
「他の社員にもフォローをお願いした方が良いんじゃないですか?
そんなことまで砂川さんがしていたら確かに残業ばっかりになりますし、砂川さんが結婚したら奥さんは寂しい思いをしますよ?」
「そっか・・・!!
それは考えたことがなかった!!
砂川課長、明日から私もフォローします!!」
「大丈夫ですよ。
定時後はプライベートの時間もしっかり過ごして貰いたいと思いますし。」
「うちの部長も課長も課長補佐も優しすぎる男性ですよね~・・・。
経理部は女性社員も多いですしその優しさにみんな甘えちゃっていますよね、ごめんなさい。」
「女の人は特にそれで良いと思いますよ。
仕事とプライベートの両方を大切にして欲しいと部長もよく言っていますし。
結婚をしたら家庭のことをする時間が女性の方がどうしても多くなるのが一般的なので。
俺は譲社長とは違って、羽鳥さんには特に無理をせず働いて欲しいなと思いますし。」
増田譲社長。
増田財閥の本家の長男であり、父親とのダブル代表の1人として就任をしている男の人。
たまに増田生命にも顔を出すけれど物凄く怖い男の人で、私が経理部に配属になったこともすぐに気付かれあまり良い顔はされなかった。
「譲社長は私のことを過大評価してくださっていて・・・。」
「俺の羽鳥さんに対する評価も勿論物凄く高いですけど、羽鳥さんもご自身で気にされているように31歳になりましたしね。
そのくらいの年齢になると女性はプライベートでも色々とあると思いますから、無理なく働ける環境が整ってから羽鳥さんに役職をという意見が部長と一致しています。」
「そうだったんですか・・・。
それは・・・ありがとうございます・・・。」
「あの2人の女の子達が羽鳥さんのフォローを問題なく出来るようになるのがまずは目標ですね。
3人が同時期に妊娠・出産・子育てとなると経理部には大打撃ですが・・・。
まあ、その時は部長と俺がどうにかしますので。」
「ありがとうございます。」
羽鳥さんが可愛く微笑みながら砂川さんにお礼の言葉を口にした。
私がいるから直接的な言葉は出さないだろうけど、これからの2人のことを話しているのだとは分かる。
仕事のことだけではなくプライベートのことまで。
これからの2人の未来のことを私の前で話している。
それも砂川さんがこんなにも羽鳥さんのことを考え理解し、寄り添おうとしている内容を。
“変わったな”とまた思ってしまう。
砂川さんは世間一般的な女の人のことを知らないような人だった。
知ろうともしないような人だった。
それなのに一般的な女の人のことも知り、そのうえで羽鳥さんの未来を真剣に考えている。
やっぱり・・・
やっぱり、“良いな”と思ってしまう。
“羨ましいな”と思ってしまう。
“私にもそんな風に言って欲しかったな”と。
“私にもそんな風に思って欲しかったな”と。
“私にもこんな風になって欲しかったな”と。
あの頃でも思ったことがなったことを今思ってしまう。
勇気を振り絞ってしまった為に“恋”を仕舞えず、こんな思いを抱いてしまうのかもしれない。
ちゃんとした最後を迎えられずにいたからこんなにも引きずってしまっていると思っていたけれど、今日という最後を迎えた先には一体何があるのだろう。
こんな私にはどんな未来があるのだろう。
そう思うと凄く疲れてしまうのに・・・
早くこの場から逃げ出したくなるのに・・・
それでも久しぶりに会えた砂川さんが目の前にいるのは嬉しくて。
こんなにも疲れてしまうのにそれ以上に嬉しいとも思ってしまって。
これが本当に“最後”なのだと分かるから、私なりに精一杯“最後の時”を過ごした。
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