◆5-4

 子猫を気にしながら来た道を戻る中、早瀬さんは爽やかな笑顔と共に言った。


「病院でも思ったんですけど、犬丸さんは本当に猫の扱いに慣れていますね」

「まあ、動物が好きなんで」


 言葉がわかるからとは言いにくい。

 それでも、早瀬さんの笑顔は行きよりも柔らかになっていたような気がする。もしかして、動物に好かれる人間に悪い人はいないとか思ってる? 僕って好印象?


 とか考えてちょっと浮かれたけど、ポケットの中の子猫がそんな僕の横腹を蹴ったので我に返った。

 そこでふと、早瀬さんにお願いしてみようかと思い立つ。


「早瀬さん、この子猫の名前、何かいいのありませんかね? 僕はネーミングセンスが壊滅的なんです」


 僕が名づけたのはハチさんくらいなんだけど、正直、あんまり気に入られなかったし。


「できれば二、三文字の短くて呼びやすいのがいいんですけど」


 あんまり長い名前だとチキが呼べない気がする。

 僕の急な無茶振りに、早瀬さんはちょっと戸惑っていた。


「な、名前ですか……」


 困らせてしまったかな。

 無理なら無理でいいんだって僕が伝えようとした時、早瀬さんはポツリと言った。


「……モカ、とかどうでしょう?」


 ああ、それなら呼びやすいし、助かる。


「モカちゃんですね。うん、いい名前だと思います。ありがとうございます」


 僕はポケットを摩りながら、君は今日から『モカ』だって心で語りかける。

 ……また横腹を蹴られたけど。

 ほっとした様子の早瀬さんに僕は訊ねる。


「ちなみに名前の由来は?」


 僕が猫カフェを開くから、カフェモカから取ったのかなって思ったんだけど。

 エスプレッソ、チョコ、ミルク――三種類を三毛に見立ててさ。


 でも、早瀬さんはちょっと言葉に詰まった。それから、チラリと僕を見上げる。


「また来週にでもお教えしますね」


 あ、来週も来てくれるんだ!

 それを聞いて僕も嬉しかったりする。


「わかりました。じゃあ、来週を楽しみにしています」


 顔がにやける。

 すると、絶妙のタイミングで脇腹を蹴られた。あの、モカちゃん? 足癖悪くない?


「僕の車はパーキングに停めてあるんですけど、早瀬さんはどうやってここまで来たんですか?」

「私も車で来ました」


 それじゃあ、車で送っていきますってわけにはいかないな。


「そうですか、この近くに停めてあるんですね?」

「あ、はい」


 僕たちは待ち合わせ場所にした時計の下に辿り着いた。名残惜しい気もするけど、三匹の猫たちに留守番をしてもらっているし、モカを連れているから早く帰らないと。


「じゃあ、また来週」

「はい、お気をつけて」


 早瀬さんは綺麗にお辞儀をして僕を見送ってくれた。

 まあ、あんな美人だし、彼氏いるのかもしれない。だから、落ち着け自分、と僕は若干冷静になった。


 そうしてパーキングに停めてある車のところまで来る。モカをキャリーケースに入れるか、このままポケットに入れておくか一瞬考えたけど、次の瞬間には迷わずキャリーケースを選択した。運転中に脇腹を蹴られそうだから。


「なあ、話を聞いていただろ? 君の名前はこれから『モカ』だよ」


 僕はポケットからモカを出して両手で包み込むとそう語りかけた。


 にゃあ!

 あんたたちの都合でしょ。好きにすればいいじゃない! って怒られた。


 どうにもご機嫌斜めだ。


「それで、今からちょっとだけ狭いところで我慢してくれるかな。家に着くまでの辛抱だから」


 にゃあ!

 小さな牙を見せてやっぱり怒った。

 あたしが嫌って言っても入れるくせにって。


「うう、ごめん。だって、運転中は危ないんだ」


 それに、モカくらい小さかったら車内のどこかにはまって出せなくなりそうだし。


「本当にちょっとだけだから。ごめんよ」


 僕はそう断ってモカをキャリーケースに入れた。その途端、にゃあとまた怒られたけど。

 モカは短気だなぁ。


 僕はそれでも安全運転を心がけてハンドルを握った。

 さて、皆モカのことをどう思うかなぁ……。

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