◆5-3

 さて、日曜日。

 皆を連れて一緒に行きたいけど、あんまり大勢で押しかけても子猫がびっくりする。

 車は嫌いだと皆に言われたせいもある。極力乗りたくないって。


 そんなわけで、僕は皆に留守番を頼み、一応キャリーケースだけ車に積んで出かけた。

 待ち合わせの公園はそんなに遠くない。車で十分から十五分ってところかな。

 子猫に会うのももちろん楽しみだけど、早瀬さんと待ち合わせも嬉しい。


 ……トラさん辺りに、目的を忘れるなと怒られそうだ。

 駄目だ駄目だ。

 僕は立派な猫カフェ店長になるんだから、浮ついていたんじゃいけない。これから皆を養っていかなくちゃいけないんだから。


 そんなことを考えながら近くのパーキングに停め、僕は手ぶらで出てきた。キャリーケースは積んであるけど、いきなりそれを持っていくと子猫も警戒するだろうから。



 公園は、結構広かった。でも、待ち合わせ場所に指定するくらいだから、ひと際立派な時計が設置されていてすぐにわかった。文字盤もデザインチックだけど見やすくて綺麗だな。

 僕は時計の下に立ち、早瀬さんを待った。時間は待ち合わせの五分前。いい頃合だろう。


 すると、僕が来てから一分と経たないところで早瀬さんが来た。白い清楚なワンピースに艶やかな髪はハーフアップ。これでピアノでも弾いてるとすごく似合いそうだ。

 こうしていると、デートの待ち合わせに見えるかなとか考えて照れていたのは僕の方だけかもしれない。


「おはようございます。今日はわざわざすみません。じゃあ、行きましょうか」


 あ、事務的……。

 いや、現実なんてそんなもんだよね。


「おはようございます。こちらこそありがとうございます」


 自分の休日を使ってわざわざ案内してくれる彼女に、僕はペコペコと頭を下げた。

 今の早瀬さんはヒールを履いていて、僕よりも十センチほど低い程度だった。並んで歩くと、早瀬さんはチラリと僕を見た。


「猫カフェはいつ頃にオープンされる予定なんですか?」

「来月末には始めたいなと思っていますけど」


 改装はもうすぐ終わるし、設備ももう選んであって後は運び入れるだけなんだ。人間のスタッフは僕一人だから、慣れてくるまでメニューは簡略化するつもりでいる。


「オープンしたら私もお邪魔させて頂きますね」


 なんて、笑顔で言ってくれた。ちょっと嬉しい。


「ありがとうございます。じゃあ、頑張らないとですね」


 ここにトラさんがいたら鼻で笑われそうだ。



 待ち合わせ場所をこの公園にしただけあって、早瀬さんのお姉さんの家はここからとても近かった。コンビニを通り過ぎ、角を曲がってすぐ。

 だから、早瀬さんとの会話がこれ以上弾むことはなかった。


 グレーの外壁、手前の駐車スペースに赤い軽自動車が一台停まっている。表札には『佐田さた』とあった。

 早瀬さんがインターフォンを押すと、すぐに扉が開いた。今から行くと事前に連絡してあったんだろう。


「初めまして、こんにちは!」


 早瀬さんのお姉さんの佐田さんは、落ち着いた早瀬さんよりも朗らかだった。五歳くらい年上かな。茶色の髪をまとめ上げ、オリーブグリーンのカットソーにエプロンっていうラフな格好。でも、透明感があって美人姉妹だ。


「初めまして。犬丸と申します」


 僕は挨拶をして頭を下げた。


「あらあら好青年ねぇ」


 なんて言われた。あの、僕とそんなに年変わらないんじゃないですかね?


「お姉ちゃんってば……」


 早瀬さんがなんとなく恥ずかしそうだ。凛とした表情が多い中、ちょっと新鮮だな。


「ありがとうございます」


 僕は一応笑顔で礼を言った。これでも接客業をしていたから、人当たりは悪くないはず。

 で、肝心の子猫は――。


「そうね、犬丸さんなら大丈夫かも。この子なんだけど」


 って、佐田さんはエプロンのポケットから子猫を取り出した。

 そんなところにいたのか……。


 キャリコ――三毛の子猫は、佐田さんの手の中でハッと身構えた。僕という見知らぬ人間に遭遇したせいだ。


 にゃぎゃあ!

 何よこいつ! 誰よぅ! また新しいのが来たのね!


 なんて騒ぎ出して佐田さんの手の中で暴れ出した。


「ほらほら、暴れないの。ごめんなさいねぇ、この子、ものすごい人見知りで。他の子猫はそんなことなくてすぐに貰い手が見つかったんだけど、この子だけこの調子で」


 それで最後まで残ったと、そういうことかぁ。

 階段の上で同じような三毛猫がハラハラしている。あれが母猫かも。

 三毛の子猫はそれでも力いっぱい叫んで暴れた。


 嫌よぅ! あたし、どこへも行かないんだからね! 皆みたいによそにやらないでよ!


 ……ああ、まあそうだよね。

 まだまだお母さんが恋しい頃だ。不安が爆発している。


 このまま貰い手がなかったら、佐田さんはこの子のことも飼ってくれるんだろうか。それならこのまま僕は手ぶらで帰った方がいいのかな。

 そうも思ったけど、こうやって出会ったのも何かの縁だと思い直した。


「ちょっといいですか?」


 僕は佐田さんから子猫を受け取る。そうしたら、やっぱりさらに暴れた。


 しゃーっ、って精一杯の威嚇。迫力はないにしても。


 なにすんのよ、触んないでよっ! って怒ってる。なかなかのじゃじゃ馬だな。

 僕はそんな子猫に言った。


「大丈夫だよ、怖くないから。それに、うちには他にも猫たちがいるからね、寂しくないよ」


 すると、強張っていた子猫の体から徐々に力が抜けた。


 にゃ……?

 あんたの言うこと、すごくわかりやすい。なんで? って不思議そう。


「そうだねぇ、まあ、とりあえずうちにおいでよ」


 ここでベラベラ喋りかけると、僕はこの美人姉妹から危ない人認定されてしまうんだ。だから家に帰ってから話したい。

 子猫が急に大人しくなったので、佐田さんはびっくりしていた。


「犬丸さんすごい! 猫の扱いに慣れてるわねぇ」


 あはは、と僕は笑ってみせた。


「えっと、よければ一週間ほど様子を見させてもらえませんか? 大丈夫そうならそのまま引き取らせてもらいます。多分、大丈夫かなと思いますけど。一週間後、またこの子を連れて顔を出します」

「ええ、犬丸さんが今まで来た人の中で一番大人しくなったし、今回は大丈夫かもって気がするわ」

「じゃあ、念のために連絡先を――」


 と僕は言いかけたけど、早瀬さんと目が合った。


「私がお聞きしているから、連絡は取れますし」

「そうでしたね。じゃあ、とりあえずお試し期間ということで」

「お願いします」


 佐田さんはそう言ってから、自分の足元にやってきた三毛猫(母)を抱き上げた。三毛猫(母)はにゃあと鳴く。

 ――うちの子をよろしくお願いしますって。

 僕はそんな三毛猫(母)の頭を撫でた。


「また連れてくるからね」


 そうして僕は、佐田さんみたいに羽織っていたカーディガンのポケットに子猫を入れた。


 にゃあ!

 ちょっとやめなさいよ、この扱い! って怒られたけど、ちょっとだけ我慢してほしい。車とか通るとびっくりするだろうし。


 これで、後は皆とご対面だ。皆仲良くしてくれるだろうから、心配はしてないんだけど。

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