第40話 アンドロイド
アンドロイド。
それは人類が発明した新たな擬似生命体の総称である。
ロボット、アンドロイド。どちらもAIによって、身体パーツの制御をしているという点では同じだと言える。だが、違う点と言えば【月庵】と【S.S】が共同で開発した、簡易人格と感情を発生させる『メンタルモデルOS』が搭載されているかどうかの違いだろう。
基本的に、中層や下層でアンドロイドが売られることはない。というのも、軍事用含めるアンドロイドは都市の防衛用にほとんどが供給されていくため、俺たち低ランクの傭兵に回ってくるのは、低性能の玩具用アンドロイドか、感情の持たな無知性ロボットだけなのだ。
無知性ロボットは、決められた動きしかできない代わりにエネルギーの消費が少ない。逆に、アンドロイドは状況に応じて柔軟な動きができる代わりに、エネルギー消耗が激しいためコストパフォーマンスが悪い。
そしていまや、人間よりもアンドロイドの方が値段が高い時代になってしまった。アンドロイドを一体作るのにも莫大な金がかかる。であれば、勝手にぽこぽこと生まれてくる下層の人間を傭兵にした方が安上がりだと、都市政府や企業勤めの役員どもは本気で思っているのだろう。
それ以外にもアンドロイドの方が、圧倒的に武器や弾薬、義体用強化服、そのエネルギーパックなど出費がかさむため、ある程度稼げる傭兵でなければ買うことはおろか維持することすら不可能だろう。もっとも、そういう高級品は上層の三ツ橋の本店にしか売っていない。無論、俺のような低ランクのハンターが手にできるものでもない。
だが、稀にアンドロイドの試作品、欠陥品や中古品が闇市で売られていることがある。原因としては、最下層にのみ「Q粒子崩壊炉」を処理できる「特殊処理場」があること、この都市すべてのゴミが落ちてくる「ゴミ集積場」があるからだ。
もうすこし詳しく言うと、アンドロイドの心臓として使われる「Q粒子崩壊炉」は、「Q粒子」という未知の汚染物質を使用した動力源である性質上、処理するのに様々な条件とかなりの時間を要する。そのため、アンドロイドを廃棄するためにはここで処分する必要があるのだ。
つまりは、スラムに蔓延る「廃品回収業者(スカベンジャー)」と呼ばれる者たちが、その施設の関係者に賄賂を渡して潜り込み、比較的損耗の少ない四肢のパーツや、頭部のコンピュータだけを取り出したりして、闇市を潤わせているらしい。
上層に住む者たちにとってはゴミ同然のものであっても、スラムからすれば宝の山なのだろう。
闇市には闇市の利点があるのだ。これは、その数少ない利点の一つである。
義体者とアンドロイドの違いは、IFA[*1]と呼ばれるシステムによって隔てられている。
彼らとの間に外見や構造上の違いはないのだが、見た目で判別できない以上、すべてはIFAと呼ばれるデジタル人権が付与されているかどうかで扱いが変わってくるのだ。
***
俺はこの都市ではじめて借りた中層のマンションの一室を眺めると、付属されてあったソファーへと体を投げるようにして腰かけた。テレビが完全にホログラムなことや、まだ、ほとんど家具の置かれていないことを除けば、三百年という月日が経ったとは思えないほど親近感のある部屋だった。
木材はこの時代では貴重なため、床やはフローリングではなくタイルのようなもので、インテリアは極端なまでに木製のものが存在しない。それでも、合成皮革のソファーは角ばった部屋のスタイルに合っている気がした。
そして何より、わずかだが日光が入ってくる環境に俺は心が落ち着くのを感じていた。
窓の外には、中心部の高層ビル群のすきまからわずかにだが、地平線へと沈もうとしている夕日の赤い光が見えている。スタンピードや砂嵐、台風がない日に限り、日光をできるだけ取り入れようと、中層部分の装甲壁の一部が解放されているのだ。
ほんの少しの日光の温もりにありがたみを感じながら、俺は再度部屋の間取りを知るために視界の端にあるものを表示させた。それは、この部屋の間取りが書かれた資料だった。
中層とはいえ、こんな高層ビルに囲まれた立地ではわずかな日光しか入ってこないため、物干し竿どころかベランダ自体が存在しない。リビングの隣には小さな寝室と、何やら黒い凹凸の吸音材が全面に貼られた部屋が併設されているだけだ。
それでも、一番外周付近の地区で入居者募集のホロ看板を浮かべていた部屋でも、軽く月二十万は飛んでいく。風呂、トイレ別、洗面所に洗濯機らしき装置が備え付けとはいえ、ランクDの傭兵にはすこし出費が痛い。
俺はため息をつきながら、ニュースでも見ようかとテレビをつけた。
『先週――、上層の月庵本部棟、研究所があったと思われる区画で【爆発事故】が発生しました。現在は完全に鎮火したとのことで、現場には……』
「爆発事故……」
俺は、壁際で展開するホログラム。そこに映し出されるニュースを見ながら、一人ボソリと呟いた。
そこには、事故発生時と思われる映像と、そのときの消火活動の様子を映し出しており、職員だと思われる人たちが救助されている映像が流れていた。
一瞬、「爆発事故」と聞いてドキリと心臓が跳ねたが、幸いにも自分が関わっている類のものではないことが分かり、少し胸をなでおろす。
ネットの記事を探してみると、どうやらあの都市三大企業連盟に加盟している一社【月庵】本社で爆発事故が発生したらしい。逆に、一週間ほど前に起こった、下層の裏ブロック地区での爆発は大々的には報道されていないらしい。
あのフード男の関わっていた下層の天井爆破事件についても探してみたが、それも長年使用していなかったガス管による経年劣化が原因だと思われているらしい。
また、フードを目深にかぶった男は、あれはどうやらスカベンジャーの連中がかなりの大金をはたいて手に入れた都市の機密データを強奪した犯人だったとか。盗まれた当の本人はネットやあらゆる媒体にて犯人に懸賞金をかけると、声高に叫んでいる。幸いにも、爆発によって周囲の防犯カメラがすべて破壊されたおかげか、そこに俺に関しての情報は記載されておらず、あくまでもフード野郎だけを犯人と考えているらしい。
「機密データの強奪か。……まさかな」
俺はリビングの机の上に無造作に置かれたUSBメモリーを、ソファーにもたれかけながらしばらく眺める。だが、あんなアンティークにも程があるただのメモリーに、下層を牛耳る反都市勢力の一組織が躍起になるほどの価値があるのだろうか。
そもそも、俺が今いるのは中層のそれなりに広い賃貸の一室だ。
ヤツらが「反都市勢力」と都市に見なされている以上、中層にスカベンジャーのやつらが来ることはない。来れたとしても、せいぜい一人か二人がいいところで、都市をそうそう欺けるほどヤツらは賢くない。
あらゆる理由を並べられた安心感からか、睡魔によって急速に思考がぼんやりと霧に覆われるような感覚に包まれていく。俺はソファーで二度寝を決め込んだ後、まぶたと虚ろな視界をゆっくりと閉じるのだった。
赤い点の正体は、明日にでも探しに行けばいい。
そう思いながら、俺はほとんど家具の置かれていない殺風景なリビングをちらりと眺めると、見飽きたとばかりにソファーに横になり、目を閉じた。
***
翌日の早朝、モノレールに乗り下層に降りると、セクター4中心部ジャンク通りに移動したらしい赤い斑点を求めて、マップ情報に従いながら歩きだした。排水スプリンクラーが作動するなか、雨に濡れたネオン街をフードをかぶりながら足を動かしていく。
やがて、ジャンクショップの一角に乱雑に放置された機械少女と、マップの赤い点が重なったのを見て、俺は動揺した。
どれだけ放置されていたのか、汚水を吸って茶色く黄ばんだ人工の白髪に、右腕と左足はもげ、少女は虚ろな目をしながら壁に寄りかかってうなだれていた。
どうやら、これが、あのフード男の言っていたものらしい。
どこからどう見ても大破して捨てられた、どこにでもあるようなアンドロイドにしか見えなかった。唯一、異質な点といえば義体が少女型ということくらいか。アンドロイドは弾薬やエネルギーの消耗が激しい動きをしやすい。
だからこそ、燃料やバッテリーを体内に収められるように胸や尻など、そこそこ大柄な体型になることが多い。だが、少女型にするということは斥候タイプの人形ということなのだろうか。どちらにせよ、損傷があまりにも激しく、少女の意識がシャットダウンされるのも時間の問題だろう。
「しょうがない……」
俺は自分の手をジャケットのポケットに突っ込むと、見向きもされず放置されたままの少女の元へと歩いていき、やがてそれに話しかけた。
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