第34話 抗争➀


「いたぞ、あいつだッ!」

「ヤロウ、ぶっ殺してやるからなァッ――!!」


 いくつもの殺気に満ちた怒号と、凄まじい数の銃声がセクター4の下層の路地に響き渡る。だが、今度は数の暴力と言わんばかりに避けきれず、何発かは逃走者の義体の装甲にあたって火花を散らしてしまう。


『クソッ、認識が甘かったか――』


 ラック・ジェフティーは義体を稼働領域の限界以上に動かしながら、まるでスタンピードのように次から次へと現れる追手に舌打ちをした。


 まさか、こちらの予想をも上回る人工知能をあちらが持っているとは思いもしなかった。


 何とか最下層からは上がってこられたものの、裏ブロック地区ほど複雑な道ではない下層では、どうしても見通しが良くなってしまう。そのせいか、さっきからずっと撃たれながら走り続けていた。


 だが、時すでに遅し、追手の数はどれだけ引き離せど、こちらの位置を正確に把握しているとばかりに左右の路地からあふれてきている。


『……誘導されてるのか』


 そのせいか逃げ道は自然とひとつに絞られていく。


 それは紛れもなく、ラックがどこかへと誘導されているということを表していた。下層の路地を駆けながら、ラックはどうにか脳核の演算回路をフル回転させて脱出路を見出そうとする。このままではいずれ、逃げ道のない場所へと追いやられて銃弾でハチの巣にされるのがオチだ。


 そうだと分かっているからこそ、ラックは持ちうるすべての手段を使ってでも、この策略から抜け出さなければならない。もはや、手段を選んでいる場合ではなかった。


『アア、面倒だな。奥の手を使うか……』


 先ほどとは打って変わって、人間らしさの欠片もない冷え切った機械音声でラックは呟いた。


 懐から取り出したのは、ひとつのリモコン型のスイッチだった。


 赤いボタンがひとつだけ付けられた武骨なそれを、ラックは走りながらちらりと見下ろす。


 セクター4は下層のスラムでも最も人口密集地かつ、住人の多い地区だ。

 中心部にはアンドロイド嬢のストリップクラブや風俗店が乱立し、外周付近にはセクター3で廃棄された輸送用コンテナが天井近くまで積まれ、そこに人々は住んでいた。


 だが、さきほどから鳴る銃声のせいですっかりスラムの住人たちは家に閉じこもり、身を潜めているようだった。路地に人通りはまったくない。ラックは義体を全力で動かしながら、スイッチをポケットへと押し込んだ。


『いや、ダメだ。……そうしたら、これを強奪した意味がない。すべての鍵は相応の人々に託されなければならない。これは金儲けの道具なんかじゃないんだ』


 反対側のポケットには強奪したメモリー媒体が入っている。

 それを服の上から触りながら、ラックは後方の追手をちらりと確認する。全力で走ったおかげで、まだかなり距離があるが、それでも確実にこちらに近づいてきているのが見えた。

 せめてセクター2と3のコンビナート工業エリアまで行ければ、やりようはあると考えた。



 そのときだった。



 路地の向こうから、誰かが左右をロクに確認もせず、飛び出してきたのだ。


『な、ァ――――!?』


 まさか銃撃戦の発生しているスラム街で出歩くバカもいないと高をくくっていたせいか、ラックは反応が大きく遅れ、その青年へと思い切り突っ込んでいってしまう。


 その青年もこちらに気がついていなかったのか、しきりに瞳孔を大きくさせながらも反応が遅れたようだった。

 直後、ラックは青年のひたいに頭突きしてしまい、ガツン! といかにも痛々しい音を放ちながら、ぶつかるのだった。



               ***



 セクター4。

 そのすこし街の中心から外れた路地を、俺はひとり歩いていた。


 セクター5から最下層へと入り、そこから地下の通路をひたすらに歩き続け、気がつけばこんな来たこともない場所へと流れ着いてしまった。俺はところどころ泥水の溜まる路地を歩きまわり、タバコで痛む背中をさすりながら、セクター6への帰り道を模索していた。


 下層にはビルとビルの間の空路を飛ぶタクシーを使う以外、高速で移動する手段はない。

 地下鉄もあるにはあるが、最下層と下層の間に設置されているため、乗れば百パーセントの確率で強盗されると言われている。また、運行表や本数などは公開されておらず、いつ来るのかさえ定かではない。

 立派な駅ターミナルもあるにはあるのだが、それらはすべて中層や上層へと行くためのものであり、下層のスラムの住人が使うことはできない。つまりまだ臨時収入の振り込まれていない俺は、このスラムの住人と同じく、宿舎まで歩いて帰るほかないのだ。


 手元のタブレットを開きながら、その経路の複雑さに気だるさを覚えたころ、唐突にセクター4のどこかで銃声が鳴ったのだった。


 それは近くにいたスラムの住人たちにも聞こえていたらしく、彼らはあっというまに蜘蛛の巣を散らすようにどこかへと姿を消してしまう。俺もまた、彼らを見習って銃声の発生した場所から距離を置こうとしたところ、今度は連続して激しい銃声が響き渡るのだった。


「……すこし、走るか」


 銃撃戦に巻き込まれるのだけはゴメンだ。

 そう思い、俺は小走りに足を動かし始める。だが――


(……近づいてきてる……?)


 だが、銃声はまるで俺に磁石でもついているかのようにして、凄まじい勢いで近づいてくるのだった。


 この銃声の鳴り方からして、おそらくは誰かが追われている状況なのだろう。

 多種多様な発砲音から察するに、規格品で統一された企業の部隊ではない。つまり銃は盗品が使われている。ということは追っている者はスカベンジャーか、どこかの麻薬カルテルだと判断できる。


 組織を裏切った者が処刑場から逃げ出したか、はたまた組織のボスの愛人を寝取ったか。

 どちらにせよ、その銃撃戦に巻き込まれるということは間違いなく命がいくつあっても足りないだろう。


 そう判断した俺は慌てて走り出すも、銃声はそれよりも早くこちらに近づいてきているようだった。

 車でも操作しているのかと見紛うほどの勢いに、俺はさらに走る速度を上げていく。


「クソッ、どの道がどこに繋がってるんだ……」


 しかし、ここはセクター4。

 トタン屋根や増築を繰り返された違法団地は、どこまで歩いても似たような景色が続いているだけだ。


 来たこともない場所で土地勘もない俺は、異常なほど複雑に入り組んだ狭い路地を、気づけば右往左往と何度も行き来してしまっていた。まるでどこに通じてるのかも分からない裏路地を、俺はひたすらに走り続ける。そして、ようやく銃声もすこし止み、大通りへと出られたと思った――


 ――そのときだった。


「……はっ!?」


 通りの向こうから、突如としてフードをかぶった何者かがこちらに突っ込んできたのだ。


 ガタイからして男だろうか。

 フード男もどうやらこちらに気がついたようだが、あまりにも男を認識した距離が近かったせいで、気がついたときには男のフルフェイス型メットが顔へと――


 ガツン! という衝撃とともに脳が揺れるのが分かった。

 それと同時に、視界がぐるんと一回転し、体が宙に浮かぶ感覚が訪れる。やがて自分にのしかかる金属の塊のようなそれに、俺は「ぐふっ……」などと肺を圧搾されてしまう。


「いったァ……」


 涙目になりながらも、俺はぶつかってきたどこぞの馬の骨かも分からないやつ、さらにはいまだに馬乗りにのしかかってくるやつに向けて胡乱気な目を向けた。


『――――ッ、アブナイッ!!!』


 次の瞬間、上に乗っていたフードの男が立ち上がりながら、俺の服をつかんで路地へと投げとばした。

 合気道や柔道のような力の流れに沿った投げ方ではなく、単に力任せに投げられたのだと気づいたときには、俺はすでに宙を舞いながら、視界の端で銃をこちらに構える者たちがいることに気がついた。


 冷や汗がほおを伝った直後、俺の倒れていた場所に凄まじい量の銃弾が飛来し、コンクリートの地面にこれでもかと穴があいた。


 あと一瞬でも遅ければ俺は死んでいた。

 そのことに生唾を飲み込みながら、俺は路地裏へと転がり込んで何とか立ち上がる。


「おい、仲間がいたぞ!!」

「めんどくせェ! あいつも一緒にぶっ殺しちまえ!!」


「――――ッ!?」


 いきなり銃撃してきたやつらの声を聞いていると、いつのまにか、俺はこの隣にいるフード男の仲間にされているらしいことに気づいた。

 冗談じゃない。

 まさか、俺までもが銃撃戦に巻き込まれるなんて何の冗談なんだと、俺は思わずその場で地団駄を踏みたくなった。


 直後、路地裏に射線を伸ばすべく大量の追手がどたどたと走ってくるのが見え、俺たちは慌てて裏路地のさらに奥へと逃走を開始した。



             ***



「おい、ふざけんな! なんだよこいつら、俺は関係ないぞッ!?」

『…………』

「おい、何とか言えよッ!!」


 タバコを吸ったせいかいつもよりも早く息が上がり、肩で呼吸をしながら、俺は隣で並走するフード男へと話かけた。だが、フードをかぶった男はなんら喋ることはなく、俺たちはただ銃弾の飛来する狭い路地をなんとか転びそうになりながら、ひたすらに走り抜けていく。


 もしかしたら、追手のやつらにも話が通じるかもしれない。


 本当は俺はこいつの仲間なんかじゃないんだ――と言って逃がしてもらおうと甘い考えが脳裏をよぎるも、いまだに銃をぶっ放し続けるやつらに話が通じるはずがない。バカじゃないのかと、俺は走りながら頭を左右に振った。


「オイオーイ、もっとみっともなく逃げてみろよォ――!?」

「そろそろ降参して、撃たれてくれよォ! これじゃア、まるで俺たちが悪者みたいジャンかよォ!!」

「人の物は盗んだらダメだって、ママに教えてもらわなかったのかァ、アアーン!?」


 それを裏付けるようにして、なんとも趣味の悪い罵声や怒号が狭い路地に響き渡る。

 幸いにも路地は直線ではなく、ときおりカーブや曲がり角があるせいか、なんとか銃弾の嵐を躱すことには成功している。だが、それもいつまでもつか――


「おい、これからどうするんだよ」


 俺はどう見てもジリ貧の展開に、隣で並走するフード男に話しかけた。

 そもそも俺は巻き込まれた単なる一般人に過ぎないのだ。誰が好きでこんなやつのために命を落とさねばならないのか。そう考えると、だんだんイライラしてきた。


『…………ッ、いまはお前に構っている暇はないんだ! こっちだって逃走経路を探すのに精いっぱいで――ッ』


 フードの男が声を荒げた瞬間、前方からひとりの動物のメットをかぶった男がひとり、こちらに銃を構えながら路地から飛び出してくるのが見えた。


 俺はすぐさま持っていた義手をジャケットの外ポケットにぶっ刺し、腰から拳銃を抜くとその対象に狙いを定めた。目差しの距離からすると、三十メートルといったところか。だが――


(この距離からの射撃は、さすがに無理があるか――)


 俺は走りながら左右に大きくぶれるアイアンサイトを見て、思わず奥歯を食いしばった。

 立ち止まって、息を深く吸い、静止した状態で撃つ状態ならば当たるかもしれない。だが、走りながらの精密射撃ともなれば、その精度は著しく落ちるだろう。


 仕方なく俺は銃をしまい、路地のわきに積まれていたパンパンに膨らんだゴミ袋を三つほど拾うと、強化服任せのゴリ押しで男に向けて投げつけた。


 ゴミ袋は見事にきれいな放物線を描きながら、男の方へと飛んでいく。


 そして、俺はゴミ袋に向けて続けざまに何度も引き金を絞ると、そのうち、ひとつのゴミ袋がパッと中の生ごみを散乱させるのだった。むろん、異臭のする謎の汁やらゴキブリの湧いたエキスを、男のあたまにふんだんにかけるようにして。


「うわっ、なんだァ――!?」


 男は構えていた銃をふりまわしながら、悲鳴をあげ、その場から飛び退いた。

 どうやら謎の汁の一部がかかったらしく、男は体内に入り込んでくる虫の存在に慌てているようだ。


『――――オラァッ!』


 すると、隣で走っていたフードの男がひるんだ男めがけて跳躍し、男の顔面に思いきりライダーキックを放った。青年の蹴りの威力はすさまじく、ドコォン! と面白いくらい吹っ飛んでいった男は、最終的には近くのゴミ山に頭が突き刺さって静止した。


 フード男は着地し、間髪入れずに再び走りだす。

 すぐさま先で走っていた自分に追いついたフード男に、俺はようやく話を振った。


「ずいぶんと良い強化服着てるんだな――」

『…………』

「…………、……そうかよ」


 俺はそれだけ言って、何ら口を開かないフード男に捨て台詞を吐いた。


 だが、俺はふいにフードの男がそれだけ良い装備を着ておきながら、なぜやつらに撃ち返さないのか。それが気になった。代わりに俺が後方に銃口を向けてデタラメな牽制射撃をすると、ほんのすこしだが、追手の勢いが削がれたのを感じた。


(どうせ俺は無関係なんだ。頼むから諦めてくれ――)


 俺がそんな淡い期待を抱きながら後ろを見ると――


「クソッ、ひるむな、ひるむなァ――!!」

「俺たちは防弾アーマー着てるんだぜェ! 撃たれたって死ぬはずがねェ!!」


 さきほどよりも遥かに勢いの増した追手に、俺はうへェと心底嫌な顔をした。

 むろん、弾幕の数もさきとは比べ物にならなくなっている。


 しばらくしてセクター3に近づいてきたのか、あたりには何かを保管するための倉庫が増えてくる。天井まで伸びるビルとビルの間に、ときおり紅白のシマウマ模様に着色されたガントリークレーンのようなものがちらつき始める。

 飛行機の衝突を防ぐためか、港付近のネオンは他のセクターよりも眩しいものばかりだ。

 海中や陸上はチルドレンたちのテリトリーだ。とくに水棲型のチルドレンは陸棲型と比べてレベルが高い。そのため、水槽のように外部との隔たりを兼ねた貿易港に寄港してくるのは輸送機仕様の巨大な水上機だけだ。


(――ンなことは今どうでもいいだろ! まずは射線を切らないと……!)


 俺たちは下層の街並みとは打って変わって、きちんと区画整理された見通しの良い路地が増えていくことに焦りを感じはじめていた。

 時刻は夜にもかかわらず、点灯している照明の数が尋常ではなく、路地は日中のように照らされ続けている。そのせいで俺たちがどこにいるのかも丸わかりだった。照明をすべて撃って割りたくなったが、残弾も少ないため、俺たちは銃弾の嵐に追われるようにして近くにあった倉庫へと逃げ込んだ。


 そして、すぐにそれが大きな過ちだったことに気がついた。


 廃墟なのか、倉庫には三つほどの貨物コンテナと廃棄されたタイヤとドラム缶の山に、奥には何かを貯蔵する大きなタンクが埃をかぶって並んでいた。だが、入口は見たところ二つあり、俺たちが入ってきた開閉扉と逆のものは固く施錠されているようだった。


 長年放置された倉庫なのか、俺たちはホコリ臭い空間のなかで小さく咳きこみながら、中央に積まれて廃棄されたタイヤとドラム缶の後ろに隠れた。

 直後、倉庫にドタドタと数多の足音が入ってくる。


「ヒャッハー! おい、この倉庫のどこかにネズミが隠れてるらしいな!」

「やっと追い詰めたぜェ! ぶっ殺してやるからなァ!!」


 どうやら俺たちのいる場所はバレているらしい。

 それもそのはず、長年、人の使っていなかったせいで床には埃が積もっており、ハッキリと足跡が奥へと続いていたからだ。それを確認してなのか、スカベンジャーの男たちは興奮しながら銃を再度、乱射しはじめる。


 案の定、他に隠れられる場所もないせいか、廃棄されたタイヤとドラム缶に向けて凄まじい弾幕が張られてしまう。銃弾がタイヤへと当たるたび、バツン、バツン、と悲鳴を上げ、空気の抜ける音が聞こえてくる。

 これではうかつに様子を伺うこともできない。


 俺は万事休すとばかりに床に寝っ転がると、できるだけ被弾しないように薄暗い天井を呆然と仰ぎ見た。

 最大限被弾しない格好をしたつもりなのだが、これではまるで昼寝でもしているようではないかと、俺は隣で同じく寝そべるフードの男を見ながら思った。


 幾度となく仮想訓練でぶち殺された経験からか、この程度の修羅場ではもはや驚くこともできないらしい。施設の訓練もあながち間違っていなかったのだなと、こんな状況でも涼しげな顔をしているだろう自分の頬をすこしつねる。


 マガジンを変え、再度、こちらに弾幕を張る彼らを脳裏で思い浮かべながら、やつらの狙いはなんだと疲弊した体で考えていく。



 スカベンジャーは、中層、上層から落ちてくるゴミを拾って暮らしている者たちだ。

 基本的には屑鉄やジャンク品を拾い、ショップに売りに行き、日銭を稼いでいる者たちだ。そんな彼らだが、この都市の建設当時は裏社会でも身分が低く、他の地下組織による強奪や略奪行為が日常的に行われていたらしい。

 そんな理不尽から身を守るべく銃や兵器で武装し始めたのが、いまの動物のメットをかぶるスカベンジャーと呼ばれる者たちのはじまりだと聞く。


 下層や最下層には数えきれないほどの地下組織が存在する。

 ときおり何かの手違いで凄まじく高価なゴミが落ちてくる場合があり、厳格に定められた縄張りを侵犯してゴミを盗めば、戦争がはじまるとまで言われている。勢力図が一日で何度も変わることも珍しくなかった。


 とはいえ、スカベンジャーの彼らがあそこまで息巻いて銃を振り回すのは珍しいことのはずだ。

 近頃は下層も落ち着いてきたなんて言葉の通り、そこまで高価なゴミが落ちてくることもないはず。


 ということは、隣のフード男がよほどのものを彼らから盗み出したということか。

 どちらにせよ、いまが危機的な状況なことに変わりはなかった。



「まだ撃ってんのかよ。よく弾薬がなくならないな……」


 俺は床に大の字に寝転びながら、頭上を通過していく銃弾の数々を呆れたような顔で見送っていく。

 とはいえ、彼らの弾幕を張る戦術に一応の理はあるのも事実だった。

 さきほどから彼らがこちらへと突入せずにバカみたいに弾幕を張っているのは、万が一、味方のひとりでも人質でも取られると、まずいことになると理解しているからなのだろう。


 味方の数が多ければ多いだけお互いのカバーもしやすくなり、行動できる範囲も広がる。

 だが、そのぶん味方を撃つリスクも格段に上がっていくものだ。


 彼らは自分たち一人ひとりの射撃・近接戦闘などの技術が、目の前の敵よりも劣っていることを理解しているからこそ、こうしてバカみたいに弾薬を消費し続けているのだ。それこそどこかの企業の特殊部隊でもない限り、突入して対象を制圧するなど訓練でもしていなければ不可能だ。


「逃がさないってわけか……」


 どちらにせよ、こいつらの後ろに弱者としての戦い方を熟知した者がいるのは間違いないだろう。


 彼らの目的は、一分一秒でも俺たちをこの倉庫から逃がさないこと。

 時間稼ぎだ。

 つまり、俺たちにとってここに居続けることは、あまり都合の良くないということになる。


 スカベンジャーどもが何を待っているのかは知らないが、それでもロクでもないものだということは直感で理解できた。

 とはいえ――


「ヒャッハァァ――――ァァ!!!!」

「ぎ、ぎんもぢィィイイイイ!!!!」

「あびょ――ン、サイコ――だぜェェエ!!!!」


 まるで世紀末モヒカンのようなセリフを吐きながら、彼らはしきりに「「「おおおッッ!!!」」」と快楽に溺れたような声を上げている。よほどトリガーを引くことが気持ちいのか、もはや言葉ではない奇声を上げている者も珍しくない。


「薬中どもが……」


 俺は呆れたような顔をしながら、一瞬でも体を晒せば穴だらけになるほどの弾幕、鼓膜が破けるほどの銃声、ならびに呼吸困難になりそうなほどの硝煙が漂うなか、なんとか隙間から彼らを注視することに成功する。

 そして、思わずといった具合に眉をひそめた。


 彼らの銃からはなぜか、コードが何本かうなじの方へと伸び、脊髄に繋がっていたからだ。


 銃火器を直接、義体や肉体につなげる意味などあまりない。

 もちろん、残弾数を視界に表示させるためのUIなどは高い人気を誇るが、そんなものは小さなチップひとつ脳みそに入れれば済む話だ。


 なら、なぜ――


「……そういうことか」


 そこまで考えて、俺はさきほど言った自分のセリフが何ひとつ間違ってなかったことを理解した。やつらの体には、なぜか極彩色に発光するカプセルが巻き付けられていたからだ。トリガーを引くたびに、そのうちのひとつがパシュウと軽快な音を放ちながら消費されていく。


 脳内麻薬が過剰分泌する水溶液なのだろう。おそらく、ギリギリ理性が残るレベルに調節することで、彼らを駒として最大限動くように設定してあるのだ。スカベンジャーの親玉か参謀かは知らないが、そいつは随分と良い趣味をしているらしい。大嫌いになった。



 だが、そんな状況が数分ほど続いたころ、唐突に銃声が止んでしまう。


 何やら奥でスカベンジャーどもがひそひそとは話をしている。

 俺は銃痕まみれになった反対側の重厚な開閉扉を見ながら、彼らの会話に聞き耳を立てる。


 何やら人間ではない呻き声が聞こえる気がする。

 俺は再びタイヤの隙間から彼らの様子をのぞいてみると、そこには数体のオペラキャットが首輪を繋げられた状態で待機していた。手綱を手放せば、今すぐにでもこちらに飛び込んできそうなオペラキャットたちには、何やらVRゴーグルのような何かが取り付けられていた。


 チルドレンを支配下に置いている。

 そのことに衝撃を受けるも、同時に、俺は心臓に冷たいものが刺さるのを感じていた。


「あ、ぁれ……?」


 なんだ。

 体の震えが止まらない。


 カチカチ、カチカチ、と何かが鳴っている。

 それが自分の歯を鳴らしている音だと気づくまでに、俺はいくぶんかの時間を要した。

 寒い。いや、これは……。


(体が、恐怖しているのか――)


 脳裏にちらつくのは、リリーが喰われているだろう光景。

 見てもいないのに、鮮明にそのときの光景がまぶたの裏に貼りつき、聞いてもいないのに、肉を噛みちぎる生々しい音が鼓膜にこびりつく。


「……ぅ、おェ……」


 心的外傷後ストレス障害、通称:PTSDの発症。

 そんな言葉が脳裏をよぎる。

 チルドレンの姿を視認しただけで、否応なく吐き気と悪寒が襲ってくる。


 自らの不甲斐なさに、思わず自分のこめかみに銃口を合わせてトリガーを引きたくなるも、そんな衝動に駆られたところで状況が一変することはないことは他の誰でもない自分が知っている。だからこそ、肝心な時に自分の体が動かないことに歯ぎしりをした。


 逃げ場のない、たかが数メートル四方の遮蔽だけでチルドレンと戦わなければならないということ。

 隣のフードの男は戦力になりそうもない。

 ということは、三体を同時に俺が相手しなければならないということ。PTSDを発症したかもしれない、この状況で――。



 最悪だ。



 VRゴーグルのような装置で頭部に電極をぶっ刺しているオペラキャットたちは、脳でもいじられているのか彼らに番犬のような忠実さを見せている。その牙には何かの肉片と血が黄ばんでこびりついており、それが人肉であることは想像に難くない。


 文字通り、最低最悪の状況だった。

 スカベンジャーのやつらがひとたび手綱を離せば、やつらは俺たちを喰い殺すべく猛進してくるだろう。

 それにチルドレンなのだ。俺たちとは違い、核さえ破壊されなければ死なない。

 つまり、彼らは弾幕を味方に当たるのを前提に張ることができる。

 俺たちの勝率は、これで限りなくゼロになった。


 俺は火力の少ないハンドガンのグリップを握り締めると、何とかして活路を見出そうとする。

 あれだけ死んでもいいやなどと自暴自棄になっておきながら、いざ死に直面するとこうも醜くあがく自分に嫌気が刺したが、俺はそれを承知で何かないかと倉庫内に視線を張り巡らせはじめる。


 そして視線は自然と、倉庫の両脇で鎮座する六つの大きな貯蔵タンクへと向く。

 ふいに巨大タンクの中身はなんだと疑問に思った、そのときだった。


 隣で伏せていたフードの男が動いた。



『仕方ない。奥の手を使うか――』



 そう言って、フードの男はおもむろにリモコン式のスイッチを取り出した。

 フードの男は数秒のあいだ、使うかどうか逡巡するようにしてそれを眺めると、意を決したようにして赤いボタンを押し込んだ。


 モスキート音のような鼓膜の痛む音が、街のどこかで鳴った気がした。



 一秒、二秒、そして数秒が経った……。



 何も起きないじゃないか。


 そう言いそうになった、直後、この都市のどこかで爆発が起こったのを感じた。

 爆発音が聞こえ、次いで地面が衝撃波で揺れるのを感じる。


 しだいに揺れは強くなり、その振動は看過できないほど大きなものへと変わっていく。

 地面が大きく揺れ、スカベンジャーの何人かは地震でも起こったのかと転倒してしまう。


 だが、その揺れが収まることはなかった。

 数秒後、下層全域の天蓋てんがいが崩落をはじめた。

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