第26話 暗転


 漂白された大地は、万人の生きた証を消していき、後には残酷なまでに純白な世界だけが、その純粋無垢を主張するかのように輝いていた。

 さらさらと白く変蝕した砂の粒子が、夜風に乗り、頬を撫でる。

 袖がなびく左手とは違い、その右手には全体が白砂で覆われ、乾燥と茶色く変蝕を繰り返した血がこびり付いていた。


 俺は無意識のまま、空を見上げた。


 だが、本来あるべき天井の代わりにあったものは――〝星空〟などという、ちっぽけな言葉では到底表せないほどの幾万もの星々が、天上の視界のすべてを埋め尽くしている光景だった。

 再び視線を落とし、周りを見渡してみる。

 すると、建物の大部分が崩壊しているせいで、外の景色が嫌でも視界に入ってきた。

 地平線の彼方まで満ちているソレは、白く変蝕した大地と相対するようにしてどこまでも広がっていた。その中に、一際、澄み渡った輝きを放つ星が一つ。――月だ。

 冬がすぐそこにまで来ているせいか、青白く宙に揺蕩う満月を、俺はしばらく放心しながら眺めていた。


 「…………」


 何も、声は出なかった。

 普通ならば、感嘆の溜息や、感動の言葉の一つでも言う場面なのだろう。

 それほどまでに、幻想的な風景だった。


 だが、喉の声帯は枯れ果て、肝心の体には力が入らない。出来るのは、腫れた目で辺りを眺めることと、いずれ来る彼らを待つこと。それだけだった。深夜の常闇は乾いた風を運び続け、万物を呑み込もうとするかのように、白色の砂塵は舞っている。

 頭上に浮かぶ無数の彩られた光たちは、動くことのない俺たちを見守るようにして、いつまでも輝いていた。床の上にこびり付いた血痕が、積もっていく白砂によって消えていく様を、俺はただただ眺めていた。それはまるで、世界から俺たちの痕跡を漂白していくかのようだった。


 白く、清く、新しい世界。

 無機質で、神聖で、正しい世界。

 感情の機微さえもを許さず、すべてを漂白することに勤しんでいる世界。


 やがて遠方で、都市の軍部が保持する戦略兵器に搭載された「Q粒子擬似崩壊炉」特有の音が聞こえ始める。人工のライトが周囲を照らし、大勢の喧騒と足音が近づいてくる。


 ああ……、これで、ようやく――。


 彼らの存在が近づいてくると同時に、半ば雑念のように成り果てた自我は、栓が外れたかのようにして溢れ続ける無力感と自己嫌悪という名の濁流に呑まれていく。

 感情に溺れ、自我の輪郭が曖昧になっていき、意識が水面下に沈んでいく。

 どこまでも下へ、下へと。光の届かない深さまで、どこまでも。

 恐怖はなかった。希望もなかった。

 だから俺は、抵抗することなくソレに身をゆだね――


                   ――やがて、意識を手放した。

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