第12話 訓練②+食事➀

 よく月の見える夜だった。

 閉鎖空間の下層とはまるで違う、本物の星が投影された夜空だった。


 直後、自分の立っていたすぐ横の砂丘に、空まで立ち昇る爆炎が上がった。周囲に飛び散るあまりの熱波に、俺は思わず腕で顔を覆った。次いで敵の搭載する電磁砲(レールガン)から放たれる金属の塊が奇妙な音と共に飛来し、すぐ横の丘をえぐりとばし、一瞬ではるか後方へと去っていく。


 昆虫と機械の融合生物『インセクトシリーズ』も敵の中にいるらしい。

 それは、エディの展開する《高密度圧縮型防護シールド》の端をおまけ程度に吹き飛ばしていったころからも、その攻撃が音速をとうに超えていたことを示していた。


「――――ッ、ぐぅ……」


 遅れて、反動でその巨大な躯体を盛大に吹き飛ばされたエディのうめき声が聞こえてくる。俺は戦場の中で、爆撃による白い土煙を浴びながらも何とかエディの近くまで這っていく。


「――大丈夫か、エディ‼ 」


 急いで駆け寄ってみると、両腕の骨がものの見事に砕け散っており、傷口からとめどなく血が溢れだしていた。エディはもう、この戦闘では活躍できそうにない。


 いまだ、チュン、チュンッ――、という近くの空間を弾丸が裂きながら飛来してくる音は鳴り止まず、近くに迫撃砲でも落ちたのか爆炎と轟音で鼓膜が破れそうだった。どうやら、敵にも新生物の銃弾もどきを飛ばしてくる厄介なチルドレンがいるらしい。


「くそッ、いま緊急治療薬を投与するからな。――しっかりしろ!!」


 口の中で砂がじゃりじゃりと音を立てるなか、俺は戦闘用ベストから取り出した緊急用のナノマシン剤をエディの胸部に突き刺した。注射型のカプセルの中に入っていた緑色の液体が、針を通していっきに体内へと入っていく。だが――


「この安物が!」


 ――投与しても変化はなかった。

 それどころかエディはいまだ意識不明の重体のまま、かろうじて腕部の傷口から出血が止まっただけ。あまりにも効果のない治療薬に対して、俺は思わず激昂せずにはいられなかった。


 空になったゴミを投げ捨て、俺はすこしでも敵を退けるために対新生物用の自動小銃を構え、人が扱うにはあまりにも高威力な鉛玉を再び撃ち込みはじめた。腕が痺れるほどの反動に歯を食いしばりながらも、銃口からはマズルフラッシュに彩られた鉛玉がチルドレンの肉体を喰い破っては貫通していく。


 だが、あたりはすでに硝煙と人の死体で溢れており、立っている味方も近くには見当たらない。それに対して、チルドレンたちは地平線を埋め尽くすほどの勢いで襲い掛かってくる。


 ――もう、ダメだ。


 そんな弱音を吐いた、次の瞬間だった。



『迫撃砲、来るぞ――ッ‼ 』



 その言葉が脳内に飛び込んできた次の瞬間、俺たちがいた荒野が盛大にえぐれ、巨大な爆炎が戦場に咲いた。俺たちは成すすべもなく蹂躙された――。



【任務内容――『大皆蝕(スタンピード)』発生時、最前線を六十分維持する】

【訓練結果――全滅】

【これより仮想訓練を終了します】




        ***




「やっぱり、今回も死んだな」

「ああ、まるで勝てる気がしねえ……」


 俺とエディは、その日の訓練が終わるや否やあまりにも陰鬱な気分で食堂へと向かっていた。

 戦線を維持できないと判断した都市の爆撃により、味方もろともチルドレンを吹き飛ばして状況は終了――。実際にこんな目にあったのなら、命がいくらあっても足りないだろう。


 ぐちゃぐちゃに複雑骨折したはずのエディの腕は、まるでウソだったかのように元に治っている。それもそのはず、元から仮想現実で忠実にリアルでの俺たちの体を再現したアバターの腕が破壊されただけなので、現実世界の体には何一つ支障が出ることはない。


 だが、経験した激痛はどうあがいても残る。今回は死因が迫撃砲による爆撃死だったので、痛覚が刺激される前に退場できたのはかなり良かった方だと言えよう。


 ――こんなものが訓練なのか、最初から勝ち筋のない訓練ばかりなぜやるのか。


 意味の見出せない辛い訓練ほど、俺たちの精神を削るものはなかった。

 それはエディも同じなのだろう。いつも豪快に笑みを浮かべるその顔は、すっかり影の染みついた不健康そうなものへと変わっていた。


 毎日毎日、飽きもせず同じ訓練をバカみたいに繰り返す。午前の仮想訓練が終われば、次はナノマシンを投与しての身体改造トレーニングだ。そのあとは、強化服なしでの銃の「反動制御訓練」が夜まで続く。正午の昼食時間だけが、俺たちの唯一の休息だった。


『ふ、ふざけんなよ!』


 俺は反動制御訓練の副産物である手の血豆をさすりながら、施設のロビーを横切ろうとした時だった。突如として、その叫び声は聞こえてきた。


『いい加減やってられるか! こんな経験するくらいなら、一生ゴミ漁りしてた方がマシだ‼ 』



「……あれは?」


 俺は思わずエディにそう問いかけた。

 どうやら自分たちと同じ訓練生のようだが、彼らは近くにいる救護BoTに怒鳴りつけるようにして何かを喚き散らしている。傍には虚ろな目をしたまま肩を支えられている者がいるが、なにか関係しているのだろうか。


「大方、擬死体験に耐え切れなかったやつらだろう。誰にでも傭兵になれる権利はあるが、誰しもが傭兵になれるワケじゃない。敷居は低いが、壁は高い。それだけの話だ。……ま、ここで脱走でもしようものなら、ブラックリストに入れられた状態で二度と傭兵としての資格は取れなくなるが」


 そう言いながら、エディは虚ろな表情のまま食堂へと歩みを進める。


「ったく、バカなやつらだ。人生に一度の大チャンスを棒に振ろうとしてやがる。もったいねえ……」

「そうか、そんなもんなのかな……」


 ぐぅ、と腹の虫が鳴いている。

 彼らはロビー全体に響くほどの声で叫んでいたが、俺は疲れていたこともあり、とくに気にすることもなくそのまま食堂へと向かうのだった。



            ***



 食堂にて――。


「そういえば、エディは知ってたのか。あの真っ白な大地のこと……」


 俺はふと思い出すようにして聞いてみた。

 あの真っ白な大地だけが広がる光景を前にしたとき、俺はその真実を受け止めることができなかった。

 同じく、この都市だけで生きてきた者たちにとっては信じがたいことだったのかもしれない。貧困層を生きる者たちにとっては、都市の周囲にどんな光景が広がっているのか、その程度の情報さえ流れてこないのだから。


 だが、あのときのエディの横顔は、初めて真実を知ったという表情よりも、何か過去に残してきた悔恨を思い出すような……そんな表情をしていた。


「ああ、小さいころ、俺は決戦難民だったからな。十数年前の決戦で故郷がチルドレンに蹂躙されてからは、この要塞都市に命からがら逃げてきた。途中からアトやディールに出会いはしたが、それまでは一人で生きてたからな。まったく、つまらねえ話だ」


 エディは、緑色のスープをすすりながらそう言った。

 『決戦』『集落』――聞きたいことは山ほどあったが、それはエディの部屋にあった写真とも関連することなのかもしれない。俺はエディのためにも今は聞くまいと決意するが、脳裏では写真の記憶が掘り起こされていた。

 車イスに座った黒人の女性に、それを押す一人の少年。

 彼らはたしか、笑っていた――。


「なあ、エディ」

「ん、なんだ?」

「これ、原材料って……」


 俺は話を無理やり変えるようにして、昼食として出された目の前のものについて言及することにした。

 ステンレスのプレートには、それぞれ見たこともないような異形の食事が盛られていた。緑色のスープ、ぐちゃぐちゃの寒天、謎のカプセル錠剤――。


「さあ、緑のスープは『ミドリムシ』とかいうやつと、バクテリアだかプランクトンだかをそのまま味付けしたやつだろうな。味さえ何とかなれば見た目は気にしないってやつらも多い。現にこれも、――うん、けっこうイケるぞ」


 そう言われれば仕方ない。

 本能が拒否しているのか、俺は震える手を抑えながら緑色のスープをプラスチックの折りたたみ式スプーンですくい、おそるおそる口の中に入れてみた。


「…………」


 たしかに、悪くはない。――が、良くもない。

 口に入れた瞬間、鼻腔まで染みるような青汁ような風味と、ほんのちょっぴり香る抹茶の香り。だが、それだけだ。後には、水草をミキサーにかけただけのような青臭さが、いつまでも口内で暴れている。


「ま、ミドリムシスープ、完全栄養ゼリーに、ナノマシンの補給剤カプセルだけだと、ちと寂しいもんがあるわな」


 次に、完全栄養食と呼ばれるゼリーをひとかけらだけ頬張ってみる。


「悪くは、ないんだけどな……」


 味はたしかに悪くない。リンゴジュースをそのままゼリーにしたような味だ。だが、いかんせん食感が気持ち悪い。まるで他人の鼻水でもすすっているような気分にさせられるソレは、口を動かすたびにぐちゃぐちゃと音を発し、それを飲み込むにもすさまじい精神的労力を要する。やはり、気持ちの良いものではなかった。


「当たりの日には、天然ワームのポタージュに、合成肉のスパム缶、養殖ジャンボタニシのホイル焼きなんかも出るらしいな。いやー、楽しみだなー!!」


 食堂の壁にホログラム状に表示される献立表を見て、いつの間に回復したのか子どものようにテンションを上げるエディ。そんな彼をよそに、俺は黙々と食事を続けていた。最後に錠剤だが、これは口の中で転がすと薬臭さが際立つだけで、至ってふつうの薬を飲んでいる感じだった。


「こんなの、実験動物のエサみたいだ……」

「そりゃ、いまオレたちの食ってるこれは体を戦闘に適したものに遺伝子レベルで変えるための材料だ。だが安心しろ、ここの飯は都市政府のお墨付きだから半年もすれば、簡単な壁くらいなら素手で穴を開けられるようになるぞ」


 そのあまりにも荒唐無稽な言葉に、俺は口をへの字にしてエディに胡散臭いものを見る目を向ける。当の本人は、カプセル式の錠剤をなんら抵抗なくフォークですくいとり、そのまま口へと放り込みながら、まんざらでもない顔をしていた。


 この時代においても、貧富の格差は大きいらしい。


 すべての人間が生まれたときから脳の機能拡張チップを埋め込めるわけではないし、そもそもが優秀な人間としてデザインされた者たちでもない。そんなのは本当にごく一部の富を独占する者たちだけの道楽に過ぎない。


 だからこそ、何も体に入れていない俺のような人間もそう珍しいものではないらしい。俺はステンレスプレートに乗せられたカプセル式の錠剤をじっと眺めながら、ふいにそう思った。



        ***



 すべてを食べ終えたころには、周囲の訓練生たちもそろそろ午後の訓練が始まると、各々の訓練場に向かうため立ち上がり始めていた。


「そろそろ行こうぜ、クロノ」

「ああ」


 彼らと同じく、俺も食べ終えたプレートを返却台へと持っていくと、それは再び調理場へとベルトコンベアーのようなもので運ばれていくのだった。


 次の訓練は、現実での肉体改造訓練だったはずだ。

 きっと、教官に午前の訓練の結果をボロクソに貶されながら、すこしでも持久力に劣った箇所があれば追加訓練が課せられるのだろう。それこそ、スパルタなんて言葉がやわに聞こえるほどに。


「精神が削れてなくなるのも、近いのかもな……」


 今回は一撃で痛覚を伝達させられる暇もないほど一瞬で死ねたから良かったものの、チルドレンの連中に生きたまま喰われるだなんて経験をした日には、きっと心的外傷後ストレス障害、通称:PTSDなどを発症して、二度と訓練には行けないのだろう。

 それこそ虚ろな目をした廃人になり、ここを去った彼らのように――。



『間違っても、逃げようだなんて思うなよ? ――ブチ殺すぞ』



 頭の中で、あのときの面接官の言葉が反響する。

 あれはきっと、あの男なりの優しさというものだったのだろう。それこそ、生半可な覚悟では二度とチャンスを掴む機会すら与えられないのだぞと、発破をかけるようなものだったのかもしれない。


 そう思いながら、俺は再びロビーを横切る。

 すでに彼らの姿は消えており、自動ドアは閉ざされたまま沈黙を保っていた。代わりに下層の街を彩るネオンの光だけが差し込んできている光景を、俺は無理やり視界から外すようにして次の訓練へと急いだ。


 もしかしたら、数日後にはあの喚く者の立ち位置に自分がいるかもしれない。

 そんな妄想を振り切るようにして。



 この時代に来てから早一ヶ月が経った。

 俺はネオン輝くこの世界を、まだよく知らない――。

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