第11話 訓練➀

 チルドレンを排除・間引きするための狩人、又の名を『傭兵』になるために施設に入って二日ほどが経ったころ、俺たちは空調設備配管であるパイプが天井に張り巡らされた、施設のとある訓練室へとやってきていた。

 俺たちの前には教官がいる。

 教官の後ろ姿は心なしか、胸を踊らせているようにも感じた。


「さて、これが貴様らにとっての初めての訓練だ。どうせオマエらの事だ。ロクに体力や筋力、精神力もない甘ったれた考えで、一発当ててやろうと傭兵を志願したんだろう。それを今から正してやる――」


 そのなかには、黄ばんだ白色を基調とした特殊な建材が光源によって照らされた、かなり年季の入った訓練室があった。

 部屋の両端にずらりと並べられた『MRI装置』のような見た目のカプセルたちには――テープの剝がした跡や傷跡がやたらと目立つ――薄い緑色をした病衣を着た訓練生らしきニンゲンたちが乗せられている。



【仮想現実‐訓練室13】



 そう赤いデカールが張られた装甲扉には、同じく【WARNING!】という警告文が追記されていた。部屋の中央には、なにやら四方に向けられた四つのモニターが天井からぶら下げられている。室内に入るためには滅菌処理室を通らなければならないらしく、重厚な見た目の扉は何かを格納している施設の入口のようにも見えた。


「教官である私は、この世の誰よりも優しいからな。ちなみに仮想空間での痛覚認識装置は“オン”のままにしてある。これは私からのサプライズだ」


 そして、とんでもないことを言い出した。


「喜べゴミども! 本物の臨死体験を味わえる場所はここだけだぞ!!」


 おそらく金属製の顔でなければ恍惚こうこつとした表情を浮かべているだろう声色に、俺たちはすっかり狂人を見る目で教官を眺めていた。


「もちろん安心したまえ。万が一の緊急事態に備え、心肺停止や精神・人格破綻のサポートは万全だ。認識装置がオンとはいえ痛覚レベルは80%に抑えてある。安心して生きたまま内臓を喰われてきてくれ」


 言われてみれば、たしかに普通の訓練であれば絶対に必要ではない数の医療用ロボットや看護用のロボットがそばに控えている。そのなかには、なぜか制圧用と見られるロボットも含まれているが、それはいったい……。


 ――その瞬間だった。


 突如として、訓練室内にあったアラートが鳴り響き、壁の赤いランプが回り始める。

 同時に、カプセルに入っていた者たちの一部が半ば狂乱状態で目覚め、足元のおぼつかないまま暴れ始める。そして、すぐさま制圧用のロボットが彼らを取り押さえるのだった。


「い……だ、もぅ……こん…な……」

「ぼ……の、ぼく……なぃ…ぞう……」


 訓練室の中に入るには間に殺菌設備が挟んであり、その窓も三重で防菌対策を万全にしてある。――にも関わらず、外まで聞こえてくるほどの絶叫に俺たちは戦慄していた。


 モニターを見ると、どうやらいま目覚めた者たちは何らかの要因によって仮想現実で死んだ者たちであり、その死因が残忍であればあるほど精神的なショックも大きいようだった。


 ある者は生きたまま内臓を引きずり出され、また、ある者は死ぬまでナパームの炎に炙られて死んだらしい。その場でうずくまりながら虚ろな目をする者、必死に何かをかき集めるようにして腹部を抱える者、廃人のようになりながら糞尿を漏らす者、完全に充血した目で雄叫びを上げながら暴れる者など。

 反応はさまざまだったが、それらはすべて阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出していた。


「おい知ってるか。毎年、この訓練が原因で廃人化するヤツが何十人もいるらしいぞ」

「マジかよ……どうりで、この施設を卒業した連中は人間を辞めたやつばっかりだと思ってぜ……」


 俺の後方で何やら小声で話し合う者たちがいた。

 空調設備が稼働する音で自分たちの声は教官には聞こえないと踏んだのだろう。現に、近くにいた俺でさえギリギリ聞き取れる音量だった。だが――


「おい、そこ――」


 ――感情が極限まで排斥された機械音声が、彼ら二人の鼓膜を冷たく刺した。


「まずはお前らからだ、入れ」


 教官のその一言で、一瞬で脱色されたようにして顔からさっと血の気が引く二人。

 直後、死刑台に連れていかれる死刑囚のようにして、後ろにいた二機のロボットが教官の指示に従うようにして彼らの腕を掴み、半ば強引に滅菌室へと連れていくのだった。


「さて、貴様らにはまず十回ほど死んでもらおう」


 聴覚強化ガジェットを装着しているのか、教官は他に私語をする者たちがいないか、眼光を赤く点滅させながら話を続ける。


「溺死、ショック死、失血死、焼死、爆死――何でもアリだ。とりあえず死んでみろ。そして頭のネジをゆるめてやる。わたしは優しいからな。愛情をもってお前らには死んでもらう」


 この養成所の予算の問題なのか、『MRI装置』に類似した『仮想訓練装置』は計二十基ほどしかないようだった。連行されていった二人組は、滅菌室を通らされると早々に仮想空間から退場した者たちがいた装置に繋がれる。

 そして、そのまま仮想世界へと意識を投下されたようだった。

 部屋の中央にあるモニターの画面が切り変わる。



『やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』

『いやだ、いやだ、死にたくない――――ッ!!!!』



 モニターに映しだされた仮想空間の内部では、チルドレンたちが彼らの臓物が生きたまま引きずり出す凄惨な光景が映っていた。彼らが悲鳴を上げ銃を無茶苦茶にぶっ放すのもお構いなしに、殺戮の欲求に支配されたチルドレンは本物と遜色のない殺意を滾らせている。

 そして、三分とたたずに二人組は装置から排出されたのだった。


「ま、銃の扱いを少し知っている程度ではこれが限界だろうな」


 仮想現実から現実へと戻ってきた彼らは、『死』という本来ならば絶対に経験することのないショックにより、顔からは完全に生気が抜け、目はどこか虚ろで焦点がまるであっていない廃人のような状態になっていた。


 やがて、訓練をしていた者たち全員が仮想空間で死んだらしく、全員がのろのろと腐った魚のような目つきで装置から降り、ふらふらとした足取りで次の訓練へと向かい始める。モニターには、あまりにも場違いなフォントで『GAME OVER!』とだけ表示されているのだった。


「いいか、知識は力だ! 私は貴様らに傭兵として必要なスキル、そのすべてを教えるつもりだ」


 訓練室の中が覗ける三重窓の前で、教官は俺たちの方を向きながら狂気に満ちた声色で話し始める。


「だがな、あのゴミどものように必要のない私語や問題を起こす輩には、文字通り死んでもらう。比喩ではない。そうだ、――死ね! 死んで死んで死にまくって、そして死の恐怖を乗り越えろ!!」


 教官は、元はこの施設の訓練生だと言っていた。

 だが、彼女以外にどれだけの人間がここを卒業することができたのだろうか。


 俺は「栄光」という名の光に照らされ、隠れていた「現実」という名の影たちが、いまようやく目の前に現れているのだと感じた。たしか、あのときの面接官は言っていた。


『本当の試験は、これからの訓練にどれだけついていけるかだから、覚悟しておいてねぇ~』


 そういえば、面接官をしていた男自身もこの試験を乗り越えてきたからこそ、あんな発言が出たのだろう。


「さて、事前に配ったドッグタグを見ろ。おめでとう、「A班‐ニ十名」諸君――。今から地獄の始まりだ」


 事前に配布され首にかけていたドッグタグを、俺は視線を下に向けたついでにそっと裏返す。

 おそらくは傭兵による犯罪抑止のための管理タグのようなものなのだろう。中にはGPSか何かのチップが入っているようにも見える。


『NAME‐「KURONO」 RANK‐「F」 №「B‐12」』


 今から地獄が始まるのはA班……、幸か不幸か、俺はB班だった。

 やがてA班の連中がモニター画面にて悲鳴を上げ始める。残されたB班は、まるで死刑囚のような気分で震えあがりながら待機するだけだった。



        ***



 そうして俺たちは毎日、四肢がもげるほどに筋力トレーニングをやらされ、酸素の濃度が低い部屋で何十キロもの距離を肺が破裂しかけるまで走らされた。基礎的な肉体訓練に、あらゆる銃火器の扱い方や整備の方法、基本的な対新生物に有効な戦術や、各チルドレンの棲息地域を頭に叩き込まれていく。


「おいっ、そこォ――ッ! 光線系銃火器の高圧ケーブルはァ、一度マガジンを抜いてからでないと失明すると、何度言ったら分かるんだァァ――――ッ!!」


「サブウェポンは絶対にィ、すぐに取り出せるようにしろよォ――ッ!! でないとォ、皮下装甲持ちのチルドレンはァ、マガジンひとつじゃ倒しきれねーからなァァ――――!!」


「遭難時はァ、テメーの尿を飲んででも生き延びろってェ、何度言ったら分かるんだァ!! 漂白地帯にィ、濾過された真水なんかァ、あると思ってるのかァァ――――!?」


「はい、九百きゅうひゃく九十きゅうじゅうはちィ! 九百きゅうひゃく九十きゅうじゅうきゅうゥ! せんンンン!! おい、手ェ緩めてんじゃねェボケがァ!!」


 教官にときおりぶん殴られながら、さしてうまくもない飯を胃に流し込み、加速した仮想空間での訓練によって一日が48時間に増えながらも、自室に着けば泥のようにベットで眠りこける。そんな日々がどれくらい続いたのだろう。


 気づけばどれだけ時間が経ったのかさえ、忘れてしまった。

 そして今日もまた、仮想訓練で理不尽な死に方を経験することになる。

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