第16話 司祭のたくらみ

「これはこれは魔族少将アルティーナ様。こんなところまでご足労いただきありがとうございます。しかも、食糧までお配りに……? いったい、これはどうして……?」


「うむ、司祭か、ご苦労。おぬしたちも知っておるだろうが、我々魔族には信仰などない。あえて言うならば魔王様の力だけを信仰しておる。しかしじゃな、この神の啓示をうけたという小娘の話を聞いていくうちに、人間どもの神と魔族も、和解をすべきときがきたと思ったのじゃ」


 俺は黒装束のニンジャの恰好のまま、アルティーナの後ろに控えている。

 ま、異様な恰好ではあるから、魔族だと思われているだろう。


「そうですか、まずはこんなところで立ち話というのも……。まずはアルティーナ様、教会へおいでください」


     ★


 町の教会、その談話室。

 とはいってもかなり広い、会食に使われる部屋のようだ。

 そこの中央、一番高い席にアルティーナが座る。

 一応、この世界は魔族が人間を支配しており、魔族少将であるアルティーナは魔王の名代でもあるから上席に座るのが当然だ。

 俺はそれを守る魔族のふりをしてアルティーナのうしろで控える。

 教会の司祭はアルティーナに次ぐ上席へと座った。

 アルティーナに葡萄酒がふるまわれ、司祭も金属でできた葡萄酒をかかげて乾杯する。

 ほかに大勢の聖職者たちが一つの大きなテーブルにつき、同じく葡萄酒を口にしている。

 酒を飲むのを禁じる宗教じゃないんだな。


 よかったよかった、禁酒とかいわれたら教会ごとこの俺がぶっとばしてたぜ。

 酒と暴力こそがすべてのソリューションだからな。


 さて聖職者たちはじいさんばあさんが主だが、若い男女もいる。

 中には十歳くらいの女の子までいるぞ。

 若い聖職者たちはみな末席のほうに座っている。ま、当然か。

 女性の聖職者は地球上のキリスト教のシスターみたいなかぶりものをしている。

 この集まりが、実質南の町の最高意思決定機関なのだろう。


「さて。さきほどのお話ですが」


 司祭が言った。


「アルティーナ様、魔王様は人間の神への信仰は従来よりお認めになってきました。そのかわり、魔王様や魔族への貢ぎ物はかかさぬようにとのおおせ。しかし、魔族の方はけっしてご自身が人間の神を信仰することはなかったはずです」


「そうなのじゃが、あのおなごのいうことを聞いているうちに、人間どものいうところの神と言うものもの存在を信じてみる気になったのじゃ。もちろん、魔王さまへの忠誠は心より誓っておるが」


 それは嘘だ。

 アルティーナの乳母や乳兄弟のファモー、その他腹心はみな俺が人質にとっており、その命は俺が握っている。

 表面上魔王に従わせているだけで、実質はアルティーナは俺の配下なのだ。

 だから、今のセリフも俺のシナリオどおりにアルティーナに言わせている。

 司祭は目を光らせ、あくまで用心深く言った。


「ふむ。それならば、私もあの少女の言葉を聞いてみましょう。真に神の言葉を聞いたというならば、我々の前でそれを証明できるでしょう。人々を導く聖女だとでもいうのならば、真実の言葉で証明するはずです」

「証明?」


 アルティーナが聞き返すと、司祭は頷いて、


「はい。私たちにはあの少女が真に神の声を聴いたのかがわかるのです。腐っても教会の司祭ですからな。これ、あの少女をこの部屋に呼びなさい」


 そして、白いドレスをまとったカルアがこの広い部屋に入ってきた。

 カルアは俺やアルティーナや司祭の顔を見、そしてほかの聖職者たちの顔もひとりひとり眺めている。


「挨拶を」


 とアルティーナが言い、カルアはその場でへたくそなカーテシーで挨拶する。へたくそっていうかつんのめってこけそうになっていた。

 みなが笑いをかみころしている。

 おいおい、ちゃんとやってくれよな。

 しかし、なんか心にひっかかるな、神の声を聴いたのかがわかるだって? どうやってわかるというんだろう。

 俺は司祭の自信満々な顔を見て、なにかある、と思った。

 情報を得なければならないのかもしれん。

 カルアを聖女にしたてあげ、人間どもの信仰を一手に集めようと思ったが、この司祭の口ぶり、表情……。なにかを仕組んだな。

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