第2話 偉大な魔女
「あー腹減った。早く食堂行こうぜ」
「うん。あ、ルカと約束してるんだ。一緒に良い?」
「おう。勿論よ」
「ちょっと待ってて…ルイン送る………お、既読。」
「ルカは何だって?」
「ええと翻訳機能で…何何?『当然私はそれを歓迎します。食べることを場所で待っています』ルカも良いってさ。行こう」
「翻訳したら面白くなんな」
ルカと私、そしてケセラは皆第一言語が異なるため、ルインによる会話はいちいち翻訳しなければならない。
そんな私達が何故面と向かっての対話が可能かと言うと、それは学校から支給されるこの首輪……言い方悪いな。「首輪っぽい形をした翻訳機」を身に着けているからだ。
学生にはかなり高価であり、かつ話者の魔力を元に言葉を意訳する機械であるため非魔法士の言葉は翻訳できない。そのため非魔法士が殆どの世界ではどの国も一般的にはあまり普及していないのだ。
かくいう私も使うのは今回が初である。
この翻訳機を発明、開発したのはウィッシュライト寮の信念のもととなった偉大な魔女、ルイーサ・テンペスタ。
魔法動物の習性を利用し世界各国の言語情報を集めデータ化し、世界の言語不理解による争いを無くそうと奮闘した偉大な人物である。
魔法士としてだけでなく生物学者としても偉大な功績を残した彼女だが、さすが昔の時代。魔法生物学を応用したのを「悪魔の力で動物と対話した魔女だ」、地道に勉学に励んだ賜物である知識と実力を「悪魔に魂を売って得た対価だ」と非科学的文句をつけられ、彼女を良く思わない者や暴徒に火あぶりにされたのだ。
ただ平和を愛し願い、奮闘した魔法士。ルイーサ・テンペスタの末路がそんな悲惨なものとは、なかなかに胸が痛いものである。
そして、今この翻訳機があまり普及していないのも「これを改良し魔法士のみ言語情報を需要可能なものとなれば魔法士のみによる対話手段が確立され我々魔力を持たない者の立場が危うい」という懸念がなされているためでもある。
そんなことになればルイーサ・テンペスタの望みと真逆になってしまう。何よりその懸念は杞憂では無く、悪用しない魔法士ばかりとは限らない。何より、魔法士から非魔法士の迫害、その逆もまた世界中であるのだ。
私がミドルスクールで受けた嫌がらせも、考えたくないがれっきとした非魔法士と魔法士の非対称な境遇により衝突した構図なのである。
「…ーい、おーい!ジン!どした?Cクラス着いたぞ」
「…あ、うん。ちょっと考え事をしていた。ルカを呼ぼうか。おーいルカー!」
居ないようだ。ルインには待ってると書いてあったが。
「ルカなら出てったよ。多分食堂じゃない?」
教室で食事をとっている売店組の、ケニー・スミスが教えてくれる。ウィッシュライト寮の生徒だ。お礼を良い食堂へ向かうと、ルカが三人分の席を取り待っていた。
「お待ちしておりました。混雑する前に先にお二人の分も注文しておきましたが宜しかったでしょうか?」
「うん。ありがとう」
カレーとカツ丼、もうひとつはキッシュだったかな?山吹の街では馴染みの無い料理が置いてある。
「お好きなものを選んで下さい」
「んー、ルカが頼んだんだろ?先にルカが選ぶ権利が…あ!俺カレー好きなんだよ!カレー貰うな!」
「おいおい、ケセラ…本当カレー好きなんだね。じゃあ次ルカが選んでよ」
「そうですか?うーん…僕が、というより、僕の国の料理があったもので…これをジンさんに食べて頂きたいのです。」
「へえ、ルカの国の料理。勿論頂くよ。」
既に切られてあるそれを手掴みし断面を見ると、野菜と魚が使われている。キッシュとは違うようだ。かぶりつくと玉ねぎたっぷりでとても美味しい。
「どうでしょうか?」
「うん。とっても美味しい。」
ルカがニコリと微笑む。
「ガツガツガツ…旨かった!御馳走様!」
隣でかちゃかちゃとスプーンを鳴らし一心不乱に貪っていたケセラは早々に食べ終わると部活見学してくる!と飛び出して行った。
「そういえばさ、ルカのルイン翻訳したら『食べることを場所で待っています』てなったんだけど、元は『食堂で待っています』って書いてた?教室で待ってると思って向かったんだけど居なくてさ。」
「おや、面白い翻訳になりましたね。ええ。その通りです」
「やっぱ翻訳に頼ってちゃ駄目だな。……今度ルカの母国語教えてよ。ケセラと三人で教え合おう」
「良いですね。僕もお二人の第一言語、教えて頂きたいです。僕の第一言語もお教えしますよ。是非とも知って頂きたいです」
私とルカも完食し、ルカにキッシュ風郷土料理の代金400ガウルを渡して解散し各々自由に昼休みを過ごす。
……ケセラカレー代払わず出てったような。忘れてるかもな。ルインで教えとこう。
ケセラは食堂を飛び出した後、昼休み中も熱心に活動をしている運動部生を眺めている。
「へー、馬術部とかあんのか。俺の国じゃあ馬なんて動物園にしかいねえけど、サンディガフの家はどこも庭が広い。そういえば馬小屋のある家をそこらで見かけたな。俺の国じゃあ馬術なんて貴族様ら金持ちの戯れってイメージだけど……ここじゃむしろ庶民のイメージかもしれないな。」
ポコン
ルインの通知が鳴ると、ケセラはポケットからスマホを取り出す。
「ん?…ジンからルインだ。えーと何何?『貴方はカレーを通って貨すことを忘れているかもしれません』なんじゃこりゃ」
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