〇〇〇〇〇

「ミユキ、ママがピンチだ」


「えぇーっ……?」


 ジュンにひっぱられて、湯上りでサッパリした気分が台無しだ。


「しっ、声が大きい」


 ジュンは、本棚の影に隠れるようにして周囲をうかがった。


「前に話しただろ。施設長がママの命を狙ってる」


「はぁ? ママはロボットだから、そもそも命とかないじゃない」


「なんてこと言うんだ! きみまでロボット差別をするのかっ?」


「うぅ……」


 声が大きくて、耳がキンとする。


 あたしは、ひとまず話を聞いてみることにした。


「いったい、何があったの?」


「施設長が、業者に電話するのを聞いちゃったんだ。今夜、来るらしい」


「業者? シャワーの修理してくれるの?」


 施設のお風呂場にはシャワーが三つあるのだが、そのうち一つがずっと壊れて使えないままなのだ。


 ママロボットは掃除はしてくれるけど、プログラムにないことはポンコツだし、施設長は相談しようとすると面倒がってすぐ逃げる。


 ジュンはイライラと両手を上下させて言った。


「なにがシャワーだよ。ママのピンチだって言ってるじゃないか」


「えーっと……」


「ママをスクラップ処分する業者が来るんだよ!」


「……はぁ!?」


 ジュンの言葉に、頭がまっしろになった。


「えっ……いや、そんなわけないでしょ。ジュンはきっと、なにかを誤解してるんだよ。だってママが今夜スクラップになったら、明日から、誰があたしたちの世話をするの」


「業者が、代わりとして新しいママロボットを連れてくる」


「は……?」


「ママロボットは定期的に新しい製品と交換される。わかるだろ? 共有おもちゃと同じだよ」


 あたしはびっくりして、声も出せなかった。


 でも、有り得ると思った。


 きっと、うちの施設にいるママ・ロボットはかなり古いのだ。アナウンスで繰り返す電話番号にかけても、どこにも繋がらないくらい。


 それに、共有のおもちゃや本を三年ごとに処分する、そんなプログラムでママを動かす会社なんだ。


 古いママロボットがどうなるかなんて、考えなくても想像はつく。


「ミユキ、ママを助けなきゃダメだ。彼女は確かに古いロボットかもしれないよ、だけど、僕たちにとっては完璧なママじゃないか」


 完璧なママ。


 あたしは、その言葉にひるんだ。


 うちのママは、まったく完璧なママじゃなかった。


 そりゃ、あたしだって、多少は生意気な悪い子だったのかもしれないけど、今よりずっと小さかったんだ。


 なにがママの気に障るかなんてわからなくても、仕方なかったと思う。


 少なくともママロボットはうちのママと違って、あたしにちゃんとごはんをくれる。


 そういうプログラムだとしても、あたしを世話が必要な子どもとして扱ってくれる。


 あたしのことはなんでもわかるって、魔法みたいな言葉を本気にさせてくれる。


 ママロボットにとってあたしが特別な子どもじゃなくても、確かに、あたしにとってママロボットは、特別な……ママ、なのかもしれない。


「……どうすればママを助けられるの?」


 あたしは、ジュンにそっと尋ねた。

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