穏やかな朝。
翌朝。
時の流れは早く、翌日――既に今日となってしまった出発日のことを話していたら朝になっていた。途中食事をしたり買い足しに行ったり睡眠を取ったりしたため、今日も少女は元気いっぱいである。
目覚め、昨日と変わらず手のひらから伝わる温もりに羞恥と安堵を覚える。恥ずかしさはあるが、それ以上の安心感があるからやめることなどできない。
どれだけ心細くとも、どれだけ不安に襲われても、どれだけ寒くて凍りそうな気持ちになっても。この温もりさえあれば大丈夫と、そう思わせてくれるのだ。
朝からおじさんのあたたかさに幸せを感じ、一人じゃないことへの喜びを噛み締める。
まだ二日目だ。たった二日しか経っていない。もしかして夢なんじゃないかと寝る前も起きた後も思う。けど、こうして繋いだ手のあたたかさが、今この瞬間が現実だと教えてくれる。
布団は柔らかでふかふかで。
あたたかくて幸せいっぱい。もう今の環境で十分なんじゃ……と思わないこともないけれど、ここが仮宿、寝泊りのためにお金を払っていることを忘れちゃいけない。
いくらおじさんがお金持ちだからって、一生宿暮らしは大変だ。お金がかかって仕方ない。まあ家買うのもお金かかるかもだけど。……ナナノクニのお家っていくらするんだろう。
素朴な疑問を抱きながら、相変わらず死んだように動かないおじさんの横顔を眺める。窓から差し込む朝日が眩しく、今日も晴れていることを鮮明に示してくれていた。
旅立ちにはちょうどいい。
でも……おじさんが起きるまで、もう少しゆっくりさせてもらおう。
ゆっくりと襲い来る睡魔に身を任せ、セリーゼは目を閉じた。
二度寝なんて、わたしは幸せ過ぎて罰が当たっちゃうかも……。でもおじさんが守ってくれるのかな。チョコレイトの壁とかチョコレイトの海で……――――。
「――リ……ーゼ」
微睡みに身を任せ、うつらうつらとした頭で耳を抜ける音に意識を割く。何の音だろう。聞き覚えのある音。
「――セリーゼ」
「――?」
誰かに呼ばれていた。わたしの名前だった。ぼんやりしたまま目を開けて、霞む視界をはっきりさせていく。誰がいるのかって――おじさんしかいなかった。
「起きたかセリーゼ。今日はよく寝ていたな」
「――ぅ」
話しかけられ、急速に目が覚めていく。
おじさんだった。朝だった。二度寝しちゃった。手はあったかいまま――繋いだまま。ベッドに座って、わたしが起きるまでずっと繋いだままでいてくれた……。
返事をしようとして、声が出ないことを思い出す。
手帳を、と思ったけれど、おじさんが首を振って大丈夫と言ってくれた。こくりと頷く。ちらと手を見て、ほんのり自分の頬が熱くなるのを感じる。
おじさんは少女の視線を追って、納得したように頷いた。
「ずっと繋いだままだよ。約束したからな。セリーゼが寝ている間に外すわけにもいかないだろう」
「――」
へにょりと表情が崩れる。寝起きだからか、少女の心はずいぶんと緩んでいた。物事を色々と考えられるほど頭が回っておらず、ただ純粋に伝わる温もりと言葉のあたたかさに抑える暇もなく笑みがこぼれてしまっていた。
少女のとろけた笑みを見たおじさんが何を思ったかはいつも通り無表情なのでわからないが、ずっと手を繋いだままいてくれただけで察せられるものもある。
「さ。起きたなら顔を洗ってくるといい。俺は朝食の準備をしておこう」
ゆっくり頷く。
微かな寂しさを胸に抱きながら手を解き、布団をどけて立ち上がる。こぼれる
「――そうだセリーゼ。言い忘れていた。おはよう」
「ぁ……」
手を伸ばし、かきかきと手帳に文字を書き込む。
ずいぶんと文字は歪んでしまっているが、挨拶くらいならまあいいかなとそのまま見せた。
【おじさん、おはようございます】
「あぁ。おはよう」
再度投げかけてくれる挨拶に頬が緩む。
嬉しさとこそばゆさとくすぐったさと気恥ずかしさと。
似たような正の感情が混じり合って、てとてと向かった浴室の鏡を見てみれば変なはにかみ顔の自分が映っていた。
髪の毛は寝癖が付き、頬は緩んでだらしない顔をしている。さすがに
急いで顔を洗い、手櫛で髪を整える。服は伸縮性のあるものだから乱れはなく、ただ寝汗のことを考えると着替えなくちゃと思う。
おじさんからもらった普段着用の服とは別に、昨日寝間着は買い足してもらった。上下揃いの濃い茶色い服で、着心地は普段着より良い。旅を見据えてか着ているとぽかぽか暖かく、これのおかげでより寝つきがよくなったのかもしれない。
おじさんは寝る前も起きた後もずっと同じ服を着ているけれど……着替えなくていい身体なのかな。本当は食事も歯磨きもしなくていいって言ってたし、汗もかかないのかも……。後で聞いてみよう。
顔はタオルで拭き、ぱっちりと目も覚めたので洗面所を出る。
ドアを開けた瞬間、ふわふわと鼻をくすぐる朝食の香りにお腹がくきゅぅと鳴った。
ちらと椅子に座る男の人を見て、気づかれていないことにほっとして歩いていく。
近づき、こちらを見てくるおじさんに頷く。
「食べるか?」
【はい】
「それじゃあ、いただきます」
【いただきます】
椅子に座り、朝ご飯に手を付ける。
今日は朝から卵料理が多く贅沢――昨日からずっと贅沢なのでご飯は全部贅沢だけど、どれもこれも美味しそうで幸せだ。
セリーゼは目を輝かせ、おじさんがちゃんとご飯を食べていることを見てから、ゆっくりと食器の音を立て始めた。
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