第16話 昔々、ある処に

 ――【太陽アロテの寵児】に【分解者リシス】、三人の賢者……ただでさえ情報量が多いのに、「新たな火種」って……?


「私の髪色が新たな火種になる、というのは一体どういうこと?」


 一見銀髪にも見えるこの不思議な髪色――オーデの言う【ラーザカラー】は、更なる悲劇を生んでしまうような忌避すべきものなのか。まさかこれまでの家族たちの相次ぐ死も、自分の髪色に起因するというのか――。


「それは違います。ご両親やルゼハン統皇の死は貴女のせいじゃない」

「……だったら! 【ラーザカラー】が新たな火種になるのはなぜ? 『新たな』というのなら、これまでにも火種になったことがあるのでしょう。その一つが10年前の襲撃事件でないというの?」

「ええ、違います」


 オーデは口調を強めて言った。ユシリアのエメラルドグリーンの瞳を、穴が開くのではないかというほど真剣に見つめている。この迷いのない様子はユシリアの胸中を渦巻く疑念を打ち消すには十分だった。


「ユシリア殿下が仰ったように、かつて【ラーザカラー】が火種となったことは事実です。けれどそれは【フェリオ・ド・ネロス】の初転期……三つの国の起源に際しての出来事に他ならない」


 ユシリアはオーデの言おうとしているところを悟った。その「かつての火種」が引き起こした出来事は、きっとあの悲劇のことだ。ユシリアが神妙に頷くと、オーデも安堵したように頷き返した。


「そうです。ではその悲劇の起源からお話ししましょう」


 三人の賢者は、初めは協力し合って仲良く三つの国を治めていた。しかし、元々【リシス】と二人の賢者の能力は、水と油そのもの。【分解者】は破壊の力であり、【集約者】と【創造者】は言うまでもなく、創造の力だったのだから。


「やがて一人と二人は決別し、確執は深まるばかりでした。隣り合わせの国を治めていましたから、小競り合いは日常茶飯事。小競り合いとは言ってもれっきとした戦争でしたが、この時まではまだ良かったのです。けれど結局、取り返しのつかない出来事が起きてしまった……」


 オーデは静かに息を継ぐ。


「空前絶後の惨劇、『フェリオの業火』。【創造者】の根城へ【分解者】側の人間が火をつけたことをきっかけに、壮絶な、言語に絶する争いが勃発しました。この争いはそれまでの戦争とは比較にならない規模、凄惨さであったと聞きます」


 大地は枯れ、天は闇へと堕ち、夥しい数の屍がかつての街を覆いつくした頃、ようやく戦いは終わった。すでに【フェリオ・ド・ネロス】は再起不能状態に陥っていた。そうなると呉越同舟、一旦は和解せざるを得ない。しかしこの一連の出来事は【創造者】側の者たちに強い怨みを抱かせた。しかと根を張った怨みは、数千年が経とうとも、そう簡単に癒えるものではない。


「シャオン皇族は【分解者リシス】の末裔にあたります。そしてユスタリア皇国に【ラーザカラー】の髪を持つ貴女様が生まれた。かつての怨みを受け継いだ何者かが、【太陽アロテの寵児】であるユシリア殿下を【分解者リシス】の生まれ変わりと見ていてもおかしくありません」


 要するにとんだとばっちりではないか。しかもオーデは自分のせいではないと言い切っていたが、ますます自分が諸悪の根源のように思える。自分はただ、ユスタリア皇国の唯一の皇女ということ以外に取り立てて何かあるわけでもないはずだったのに。


「それほど、【太陽アロテの寵児】というのは強力な存在なの? 【分解者リシス】が【ラーザカラー】を持つ【太陽アロテの寵児】だったのなら、私も【分解者】の力を持っているのかしら」

「その可能性はほとんどないかと思います。【ラーザカラー】や【太陽アロテの寵児】と【分解者】の素質は似て非なるものですので。【太陽アロテの寵児】自体、よく分かっていない存在なのですが、ファロテ・ルストス神殿太陽の神殿に勤める者ならばすべからく知っている存在です。何てったって、太陽アロテに最も近い存在なのですからね」

太陽アロテに近い存在って、私が? 第一大神官のあなたオーデよりも?」

「ええ」


(信じられない。太陽アロテの御声を聞く大神官よりも太陽アロテに近い? 私が?)


 半年前まで暮らしていた村では照りつける太陽光の熱さを何度呪ったか。一度たりとも光の熱が和らぐことはなかったというのに。ユシリアは目から鱗が落ちる思いだった。


「……本当に羨ましいです。太陽アロテと強い絆で結ばれているようなものではありませんか。ああ、羨ましい」


 突然、オーデが唇を突き出してぼやき始めた。ユシリアは一瞬何を言っているのか分からなかったが、わざとらしく肩を竦めているところからして、どうやら冗談のつもりらしい。


「私にも【ラーザカラー】の髪が生えてこないかしらぁ」


 ユシリアは妖艶な印象のオーデがとぼけている姿が可笑しくて、つい唇を緩めてしまった。


「ふふ、オーデ大神官だって、太陽アロテと交感できる大神官の中でも千年に一人の逸材と言われているじゃない」


 そう言って微笑んで見せると、オーデは顔を赤らめた。満更でもなさそうだ。


「そうですか? 逸材って言われてますか。えぇそんな、大天才だなんて、言われずとも分かってますよう。ふふん」


 そんなことは言っていないのだが、オーデは鼻高々だ。


(もしかして)


 第一大神官オーデは、褒められるとつけ上がるタイプの人間なのかもしれない。ユシリアは一気に親近感が湧くのを感じた。これまで接点のない高次の存在のように捉えていた「逸材」も、身近に息づく同じ女性なのだ。


「ふふ、オーデ大神官って面白いのね」

「……それは誉め言葉なのでしょうか」

「好きにお取りなさいな」

「ではお褒めに預かったということで」


 上目遣いに見上げたオーデと目が合い、二人はぷっと吹き出した。箱庭に流れる穏やかな空気が二人を包み込んでいる。ユシリアは再び、「新たな火種」と向き合った。


「……私は何をすれば良いの?」

七日なのか。貴女様の時間を私にください。私の持てる全てを、貴女様に捧げたく思います」

「ありがとう、オーデ」


 自分が【太陽アロテの寵児】という立場にある以上、過去のしがらみが付きまとうというならば、立ち向かうしかないのだろう。毅さだけでは自分の身を護れるとは限らない。きっと強さも併せ持つ必要があるのだから。



 擬人化された神への信仰ではなく、自然信仰の文化が根強い【フェリオ・ド・ネロスこの世界】には、精気の根源「太陽アロテ」「オリム」「テザン」「大地ラフェユ」を司る四つの神殿がある。


 ファロテ・ルストス神殿太陽の神殿。古来よりユスタリア皇国の外れに在り、太陽アロテを司る神殿。四つの神殿の中で唯一、三名の大神官を擁し、今なお【フェリオ・ド・ネロス】全土に多大な影響力を持っている。


 オリナ・シルトス神殿月の神殿。古来よりアネリスタ王国の心臓部に在り、オリムを司る神殿。【創造者】に所縁を持ち、ファロテ・ルストス神殿太陽の神殿とは対極にある。


 ユスタリア皇国シャオン皇家の始祖【分解者リシス】と争い、「フェリオの業火」の発端に関わった【創造者】。この【創造者】が治めていたのは、今はリンザルド皇国に侵略され、リンザルド皇国の統治下にあるアネリスタ王国だった。ユスタリア皇国と同じく初転期に生まれた三つの国の一つ・アネリスタ王国は、リンザルド皇国の侵略によって王家を壊滅状態にされている。


 オリナ・シルトス神殿月の神殿とアネリスタ王国アネリシス王家は深い関係にあったため、王族の生き残りがどこかに潜伏していた場合、いつユシリアを刺しに来るか分からない。


 分からないものほど恐ろしいものはないし、用心するに越したことはない。


ファロテ・ルストス神殿この神殿以外は全て、創造の力に由来する神殿です。どの神殿が敵に回ったとしても、貴女様が自分の力で闘えるように致しましょう」

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