あの日の夜

僕は恐る恐る「岬…さん…?大丈夫?」と問いかけてみると「ん…ってあれ?ここどこ!?」と言いいながら岬さんが起き上がった。少し安心して「ここ僕の学校なんですけど…なんで岬さんがいるの?」と返事をする。するとまた驚いた顔をしてこちらを見て「いや分かるわけないでしょ!てかこれ夢ってことだよね?うちら自我強すぎじゃない?」と言ってきた。「これって確か明晰夢ってやつだよね」


夢を夢と認識している状態を"明晰夢"といって、夢の内容を思い通りにできるというなんとも最高な状態である。昔の偉人たちは作曲活動に費やしたり研究をしたりしていたらしいが、僕は一般的な男子高校生である。だからやりたいことをするのだ。しかし、"シンクロニシティ"という言葉が頭によぎる。もし岬さんと本当に夢を共有していたら、僕が欲望のままに遊びだしたら避けられてしまう可能性がある。…慎重にいこう。


これが夢だと思えば、これまでのことや細かいことが気にならなくなった。しかし状況は一瞬にして変わった。岬さんと話していると廊下の方から音が聞こえてきたのだ。足音と鳴き声だ。足音はペタペタと粘着性のあるような音で、奇妙な鳴き声をしていてそれは笑っているように感じた。「隠れないと…やばくない?…」僕は無言でうなずいて教卓の裏にかがんだ。しばらくしてその音はこちらに入ることなく通り過ぎていったようだ。なぜ夢だと認識しているのにこんな怖いことが起きるんだ?なぜ僕の全く考えてなかったことが起こったんだ?深層心理ってやつか?疑問はさておき、岬さんの様子を確認した。昼間も夢を見て体調を崩したと言っていたし、明らかに疲弊していたからだ。案の定その場で座り込んだまま身体を震わせていた。


彼女は「見ちゃったの…白くて大きな目の無いカエルが槍のような物を持って歩いてた…」と少し狂った様子ながらも通り過ぎていった化け物の姿の説明をしてくれた。そんな具体的に説明をされると容易に想像ができて、かなり怖くなってしまう。もう音はしていない。気分転換も兼ねて、1度教室を探索してみることにした。やはり時計は止まっている。前来た時と同じだ。時計は2時を指していて、外を見ると電気が付いている家が前より減っていた。


僕はあることを思いついた。「丑三うしみつ時…?」「なんだっけそれ、映画かなんかで聞いたことある」「丑三つ時は午前2時〜2時半くらいのことを言って、その間はもののけがでるみたいな話が昔からあるんだよ。…あれ、4時半までだっけ?ってまぁもしそうだとしたらあの化け物はこの時計の針が2時半になったらいなくなるかもしれない」彼女は何か腑に落ちない顔をして「でも時計動いてなくない?」と言った。思い返してみる。さっき見た時、時計は2時頃を指していた。しかし前にここに来た時、時計は確か0時を指していたはずだ。現実では12時間が経過していて、この世界では2時間が経っている。つまり、多少時間が遅くともこの世界の時間は進んでいるということじゃないか?この憶測が正しければ、6時間で1時間。30分待たなければいけないなら、3時間この教室で待っていれば、あの化け物はいなくなるってことだ。話し合った末、2人でしばらくこの場所で待つことにした。

待っている間に話していると不意に彼女が「ポケットになんか入ってる。ってこれ鍵じゃない?」それはおそらく銀でできていて現代ではあまり見かけない様な西洋風の鍵だ。どこに使うんだろうと思い教室を見回してみるとちょうど教室のドアに前方後円墳のような形をした鍵穴があった。

「これじゃね?」「え?あ、ほんとじゃん」

3時間が経過して、予想通り時計の針が2時半になった。外に化け物が通る気配はなく、緊張感もあまりなくなってきた。僕は「1回ドアを開けて覗いてみるね」と言い、岬さんもうなずいてくれたので鍵を差し込んで捻ってみた。


すると教室であった場所はバロック様式を思わせる美しい彫刻が施された部屋に変わっていた。部屋は一般的な生活に必要な家具が揃えられていて、中央には自分よりも大きな時計台があり、時計の時針は4本。謎の暗号のようなものが刻まれていて、人が入れるほどの扉と凹みがあり、凹みの上には硝子製の皿が置かれていた。四方には大きなテーブルに旬の時期を無視した新鮮な魚介類が並べられていて、その光景は異様であった。

時計には、𓏏𓅂𓇌𓎼𓅂𓏏𓅂𓃀𓇋 𓏏𓅂𓇌と刻まれてるな…ってどこかで見たことあるような文字だな。

「えっと確かエジプトあたりの…」。「象形文字!」。横で岬さんが得意げに答えてきた。確かにそれだ。しかしスマホが圏外で使えないのでそれを調べる方法はない。もう少し部屋を見てまわるとテーブルの上で1枚の紙が見つかった。

紙には、𓇌=9, 𓇋=5 ,𓅂=1, 𓏏=20と書かれていた。「数字…?」

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