第2話 間男ちゃんは絶対に生活費を払いたくない

 カラオケ店を出て、俺は帰路につこうとした。だけどとても自然な仕草で嫁は俺の隣を歩いていたので、途中で足を止める。


「え?なに?お前俺と一緒に帰る気なの?」


「え?だって夫婦だし同じところ住んでるじゃない」


「はぁ?浮気したバカを家に置いておくほど俺は寛大じゃないんだけど!?とりあえず実家に帰れ!」


「ひどいわ!そんな!あんまりよ!実家から職場に行くのってけっこう遠いのよ!通勤時間が30分も増えるのよ!あなたは私に早起きしろっていうの?!」


「そンなこと言ってる場合?!お前には浮気による危機感が本当に感じられないんだけど?!」


「あなたこそ毎朝30分も早く起きなきゃいけない負担を分かってない!ひどいよ…朝の30分はとってもとっても貴重な時間なのよ?!」


 だめだ。こいつ話し合いがマジで通じない。浮気バレ以降俺と会話を成立させる気が一切感じられない。


「はぁ。じゃあもういいよ。俺が出てく。暫く友達の家にお世話になるから」


「え?出てかなくてもよくない?いいの?朝ごはんとか自分で用意できる?夜も他人とご飯食べるの辛くない?」


 他人に浮気されるよりましではないだろうか?


「とにかく出てく。ていうかあの家は俺が両親から相続した家なんだから、まじでこれ以上汚すなよ。ほんと本気で言ってるからな!」


「いつも私が掃除してるのに…汚したことなんてないのに…ひどい…」


「そういう意味じゃねよ!男連れ込むなって言ってるの!精神的な意味での汚れだからな!ほんともう…」


「…そう。わかったわ。あなたが今臍を曲げているのはよくわかった。でも私はちゃんと待ってるから。できるだけ早く帰ってきてね」


 なんで俺がわがままで家を出ていくみたいな空気感だしてくるんだろう?ほんともう…。とりあえず俺は友人の家の方に行くために、嫁とは違う方向に歩き出す。そして嫁は俺の自宅の方へ歩き出した。間男ちゃんと一緒に。


「ちょっと待って?!なんでそいつと一緒に歩いてるの?!」


「え?なんかこの子帰る家がないんだって。だから泊めてあげようかなって」


「さっき言ったよね?!男連れ込むなって!」


「え?何言ってるの?この子は女の子じゃない」


「ぐぁああああ!確かに今は女だけど!!ていうかどういうこと?!お前何で俺んちに泊まりこもうとしてるの?!どういうこと?」


 俺は間男ちゃんに遺憾ながら事情を尋ねる。間男ちゃんは悲し気な顔で話し始める。


「奥さんとの関係が両親にバレて…勘当されました…」


「お!いいじゃんいいじゃん!ざまぁ!ぎゃははは!」


 やっと心がすっとするような出来事が出てきた。ざまぁ!このまま路頭に迷えばいいのに!


「ちょっとひどくない?!女の子が家を追い出されたんだよ!このままじゃトーヨコでパパ活するしか生きていけないんだよ!かわいそうじゃない!」


 嫁が間男ちゃんを抱きしめて庇い始める。腹立つわー。何この絵面。なお嫁も間男ちゃんも美人なのですごく映えるんだけど、だからこそ逆に腹が立つ。


「いいじゃん。パパ活してこいよ。それで稼いだ金で慰謝料がっぽり払え。それがお前にできる償いだろ」


「そ、そんなぁ!オレまだ処女なんですよ?!初めては好きな人と!せめてパパ活や風俗堕ちしたって初めては好きな人がいいです!ドライブデートで昼は田舎の美しい自然を堪能して、夜は山から街の灯の光を見ながら愛を語り合って、豪華な都心のホテルの一等室で優しく抱かれたいです!」


「お前のガバガバなデートプランなんてどうでもいいんだよ。ていうかなにその夢。童貞かよ」


 俺がそう吐き捨てると、嫁がぷりぷりとした表情で怒り始めた。


「ひどい!女の子だって理想的な初エッチの妄想くらいするんだよ!!私だって本当は放課後の体育倉庫で強引な感じじゃなくて、お家デートでイチャイチャしてからファーストキスしながらそのまま処女を捧げてみたかったのに!」


「え?でもお前あの時、そういう空気だったじゃん。俺一応言ったよ。俺んち来る?って。でも首を振って断ったじゃん」


「そんなつもりのジェスチャーじゃなかったんですー!空気壊れるのが嫌だったからことわれなかっただけですー。本当はいちゃいちゃしながら帰って、お家でエッチしたかったんのに!あなたはそのサインをよみとってくれなかったの!ほんとさいてー!」


 なにこの時間を置いた後だしじゃんけんみたいな言い訳。なんか俺が悪い気がしてきたけど、断らなかったんだから自己責任じゃないの?いらつくわー。


「もう初エッチの話はどうでもいいよ。とにかくそいつは家にあげるな!」


 俺がそう言うと間男ちゃんはぽろぽろと泣き出す。


「ごめんなさい旦那さん。オレだってバカじゃないから、オレみたいな毒親に捨てられた家出娘を家に置いておきたくないって思うのはわかってるんです」


「家出娘じゃなくて間男だから嫌なんだよ。そこわかって。すごく俺の気持ちをわかってくれ」


「でもオレ、ほんと行く当てがなくって。所属してたバンドも。「ベース如きでしかも女になった男らしくない奴なんていらない」って追放されて…頼れる人いなくて…」


「へぇ。ざまぁだね。バンド追い出されたんだ。おめでとう。罪を少しだけ償えたな。おめでとう」


「メジャーデビューも決まってたし、作詞作曲に編曲。SNSでの広報、ライブハウスとの折衝、レコード会社との契約、ボーカルだってやってたのに。追放何てあんまりですよ!うわーーーーーん!オレたちの友情は女になっただけで崩れちゃうようなものだったんですよ!うえーーーん!かなしいようぅ」


「作詞作曲にボーカルまで追放するバンドってやべぇな…なんかそいつらの末路が逆に見てぇよ」


「その上バイトのホストクラブも首になっちゃって、仕事もないんです!」


「おまえやっぱりロクでもないやつだな?!てかなに?ホストなのに童貞?!それ稼げてたの?!それともヘルプ肝臓くん?」


「自分ヘルプはあんまりしてないです。これでも初年度で1億3400万3890円プレイヤーでした。二年目は2億2189万5621円プレイヤー。三年目は3億6194万4980円プレイヤー。でも店も追い出されました!オレにはもう収入はないんです!びええええん!」


「億?!つーかそんだけ稼いでるなら貯金くらいあるだろ?!慰謝料だって楽勝だろ!なんで払わないの?!」


 俺がそう指摘すると、間男ちゃんはぴたりと涙を止める。


「女の子の貯金を当てにするのってダサくないですか?」


「あ!お前貯金いっぱいあるんだろ?!だせよ慰謝料!ていうかひとり暮らししろ!!」


 だが馬耳東風とはこのことなのか、間男ちゃんは髪の毛をいじいじ弄ってさも退屈してますみたいな態度を取り始める。


「女の子は化粧品とかスキンケアとかダイエットとかでお金かかるんですよ。なのに生活費も出せと?この東京で一人暮らしとかすごくお金かかるのに…」


「さいてー!こんなケチな男と結婚してたなんて!私恥ずかしいわ!泊めてあげなさいよ!女の子一人養えないなんて!この甲斐性なし!」


「どう考えてもそいつ俺より金持ちだからな。もうなんなのお前ら。俺の話聞く気ないよね?なんでぇ?ちょっとくらい俺の意見を汲んでくれてもよくない?」


 噓泣きに、男への幼稚な依存性、そして被害者根性。クズクズオブクズである。このまま放っておくと間男ちゃんは間違いなく俺の家に転がり込むだろう。それはすごくいやだ。かといって言葉による説得は不可能。


「もういい。わかった。せめて生活費は入れろ。あとさすがにお前らを二人きりで生活させる気はないから俺も家に帰る。それでいいな?」


 俺がそう言うと嫁は満面の笑みを浮かべる。


「よかった。家に帰ってきてくれるのね!私嬉しい!」


「良かったね!奥さん!」


 何喜んでるんだろう?馬鹿なのかな?まあ浮気するような奴はバカだよな。うん。


「でも生活費は少し待ってください。バイトを見つけるまでは…。あと新しいバンドを結成してメジャーデビューできるまで…バンド活動って箱代とかお金がかかるので、出来れば出世払いで…」


 間男が金をまた出し渋りしてりる。


「だからしこたまため込んでる貯金から出せぇ!」


 間男ちゃんが意地でも払いたくない理由が逆に気になるよ。でもどうせろくな理由はないんだろう。もういい。疲れた。


「とりあえず帰ろう。めんどくさい」


「じゃあ、今日は居候来た記念でピザとかお寿司頼んじゃおうっと!あなた、家族カード使ってもいい?」


「ごちになります!」


「てめぇらの金で払えや!俺の財布に集るなぁ!」


 このクズどもとどうして生活しなきゃいけないんだろう?何が悪かったのか。俺は途方に暮れるのだった。












****筆者のひとり言****


一応この作品、旦那さん、嫁さん、間男ちゃんにはちゃんとキャラ設定がありますよ。

その上でノリで書いてる作品です。

でもなんか書いていて楽しいので、空き時間に読んでクスッとしてくれたら嬉しいなって思います。


ではまた('ω')ノ



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