21.『挑む者へ』

 カジノ・グリムテトラ。

 それは、心優しきシャードの街で唯一悪意が凝縮した闇カジノである。


 初心者はシャードで過ごす七日間、二つの道を選ぶことが出来る。

 それは『始まりの少女の夢』イベントをこなす通称光ルートか、後ろ暗いクエストをこなした先にあるカジノ・グリムテトラにたどり着く闇ルートだ。


 この二つのどちらに初見プレイで到達するかで、そのプレイヤーの大まかな性格が分かるとされている。なお、俺は光ルートだった。

 ぶっちゃけ普通に倫理観を持ってゲームをしていれば光ルートなので、闇ルートに到達する人はよほどの逆張りをしたか単純にヤバいヤツのどちらかだろう。


 最終的に襲撃イベントで光ルートと闇ルートも全部残骸になるので、シオシオ開発の性格が一番ヤバいと言われている。


 そんな後ろ暗いクエストをこなし続けた最後に待ち受けるのが、このカジノ。

 欲望と黄金のカジノ・グリムテトラなのだ。


「このカジノは、『ポーカー』、『ブラックジャック』、『ルーレット』、『スロット』で遊ぶことが出来るわ。掛け金は、無制限……そう、いくらかけても構わない」


 金のリリムがパチリとウインクしてくる。


「くひひ……ここまで来られたお兄さんなら遊ぶでしょ? 逃げ出すなんてカッコ悪いことしないですよね?」


 銀のリリスは、奥の棚を披露する。

 そこは、豪奢な装飾がふんだんに飾り付けられ、様々な景品が並べられていた。

 高額のアイテムから順に、


 星の欠片──1000000メダル

 スキル宝玉カウンター──150000メダル

 サークルエンジェル──85000メダル

 世界樹の雫──40000メダル

 ゴルドリング──30000メダル

 魂の経典──15000メダル

 ミスリルブレード──3000メダル

 クロス・ポーション──500メダル


 ……どれもこれもゲーム序盤では決して手に入れることのできないレアアイテムばかりだ。


(『ミスリルブレード』は、ブロンズソードの八倍近くの攻撃力……『サークルエンジェル』を装備すれば、物理ダメージを三割カット……ちくしょう、『星の欠片』とか超希少アイテムじゃねぇか!)


 触れるだけでスキルを手に入れることのできる『スキル宝玉』。

 ステータスの振り直しが出来る『魂の経典』。

 一番簡単に手に入る『クロス・ポーション』だって、他とは違ってネタ寄りだが、RTA走者の俺からすれば喉から手が出るほど欲しい。


(くそったれ……随分と品揃えがいいな)


 金のリリムが豊かな胸を背中に押し当てて、俺の耳元で囁いてくる。


「さあ、お金をメダルに替えて……刺激的な夢を見ましょう?」


「……」


「ふふっ、寡黙なのね……でも、そんな人も素敵だわ」


 俺は黙ったままメダル変換器で今持っているお金を全てメダルに替えて、金銀のバニーガール二人組を睨みつけた。


 100G → 1メダル。

 何と法外なレートだろうか。冒険に欠かせない初級の治癒ポーションが20Gだ。この時点で、初心者は金銭感覚を狂わされている。


 そんな俺の視線を受けた双子のバニーガールは、天使のような笑みを浮かべる。


「「さあ、どのゲームで夢を見る?」」


 俺は、短く呟いた。


「……ブラックジャックだ」


「では、ブラックジャックの遊び方を説明しましょうか?」


「いや、結構」


「それでは、一緒に遊びましょう?」


 金のリリムがそっと胸元からカードを抜き出した。揺れてる……とても揺れている……どことは言わないけれど。


「……」


 ここからが本番だ。


 双子のバニーガール、彼女たちの笑みが俺には毒蛇が獲物を前にしてじわじわといたぶるような愉悦の笑みにしか見えなかった。


 二周目プレイの闇ルートにて、カジノ・グリムテトラに挑戦した俺は全財産を搾り取られ、そのまま表通りに転がされた。


 闇ルートなのでまともな交流を持たなかった住民の眼差しは冷たく、衛兵を目指す少女の心温まるイベントも発生せず、シャードはあっさりと滅んだ。


 ここは彼女たちのエサ箱だ。

 人のものを盗んでこい、隣の家に嫌がらせをしてきて、あの人と彼女を別れさせてくれ……金に目を奪われ、そういった後ろ暗いクエストをこなし続けてきたプレイヤーが餌となり、毒蛇の彼女たちに血肉をすすられる。


 扇情的な格好でシオシオのレーティングを一段上に引き上げたと噂の双子のバニーガール……彼女たちの真の姿は、裏社会を支配する組織の構成員。


 彼女たちにとって、プレイヤーはのこのことエサ場に入ってきた哀れなひな鳥に過ぎない……。


(そもそも、シオシオがまともなカジノを用意するわけがないんだ。それも、闇ルートの最後のカジノなんかに)


 そう、グリムテトラのカジノはどのゲームも必ず負けるように設定されている闇カジノ。


 最初は意図的に勝てるように設定されている。そのおかげでプレイヤーは素晴らしい景品に手が届くと思い込んで、さらにメダルをかける。


 それが、罠だとも知らずに。


 ある瞬間からじわじわと負けが出るようになる。

 ポーカーをやれば、脅威の確率で相手の役が揃い、ブラックジャックはディーラーの点数がこちらの点数よりも高くなる。そのくせ絶対にバーストしない。ルーレットは外れ、スロットは確実に揃わない。


 景品を諦めればいいが、そうはいかない。

 実際あれらの景品はどれもこれもがゲーム後半でしか手に入らないような素晴らしい性能を持ったアイテム、装備品ばかり。

 たちが悪いのは、景品の下級アイテムに序盤でわりと簡単に手が届くということだ。


 初心者は交換したアイテムの性能を見て驚愕し、歓喜してさらにギャンブルにめり込む。

 

 我を忘れて、一攫千金を目指すようになるのだ。


 しかし、高い景品に手が届きそうになった瞬間、勝てなくなる。


 ──あと少し……あと少しで、超希少アイテムが序盤から手に入るんだ!!


(そうして、欲望のままに破滅するんだ)


 身ぐるみを剥がされ、全てを失ったプレイヤーはカジノ・グリムテトラを追い出される。

 何もかもを失ったプレイヤーはシャード襲撃イベントで殺されるのだ。


(俺は、そんなことにはならない! この闇カジノを絶対に攻略してやる!)


「賭け金は?」


「10メダルだ」


「あら、少ないわね」


「堅実と言ってくれ」


 金のリリムが妖艶な笑みを浮かべてこちらを見つめている。手には高速でシャッフルしているトランプがある。

 横では頬杖をつきながら銀のリリスが手を振ってきた。


 金のリリムがカードを二枚差し出す。


「ふふっ、ゲームスタートよ……」


 こちらのカードは、7と4。

 金のリリムのカードはアップカードが9だ。


 思わず笑いが出る。


「あら、笑っているの?」


「……まあな」


「随分と自信があるのね。自信がある人は大好きよ」


「くひひ、お兄さん、頑張ってくださいねー」


 見ていろよ、クソウサギども。

 お前らはこっちを獲物としか認識してないかもしれない。

 だが、これから始まるのは、プレイヤーを搾り取るイカサマギャンブルじゃない。


 お前らから搾り取る──カジノ潰しだ。


 覚悟しておけ!

 こっちには無念にもカジノ・グリムテトラに挑戦して散っていったシオシオプレイヤーの怨念が凝縮した集合知──


『Communicate Connect Saga攻略wiki』がついている!!

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