20.『街を救うために』

 その後、宿屋ちゃんに宿泊代をきちんと納めた俺は、シャードを散策すべく歩いていた。


「どうするべきか……」


 あてもなく歩いているように見えるが、違う。

 俺はゲーム時代の記憶を頼りに、ある場所へと向かっている。


 この世界で生き残る。

 そのためには、ある問題を解決せねばならないのだ。


 ──『シャード襲撃イベント』


 シオシオ開発の性格の悪さが濃縮還元されたような敗北イベントを乗り越えなければならない。


 イベントの概要はこうだ。

 まず、シャードという街に足を踏み入れた時点で襲撃イベントのフラグは立っている。

 このときはまだ平和だ。通常イベントも発生するし、アイテム屋も武器屋も問題なく利用できる。


 この間に『始まりの少女の夢』という連続イベントを攻略しておきたい。例の衛兵を目指す少女を手助けするというイベントで、この最後に貰える『望郷のお守り』というアクセサリーが序盤で手に入る最強装備だからだ。

 更に冒険カバンの拡張クエストもこなしておきたい。


 しかし、そんな楽しいゲーム体験も長くは続かない。シャードに入った日から数えて七日目の夜、ついに『シャード襲撃イベント』が始まるのだ。


 『シャード襲撃イベント』が始まった瞬間、全てのイベントは強制的に中断され、アイテム屋も武器屋も使えなくなり、プレイヤーは大量のモンスターが街に攻め入ってくるのを迎え撃たねばならない。


 一応、プレイヤーよりも高レベルな衛兵隊がプレイヤーと一緒に戦ってくれるものの、モンスターの大群に囲まれた衛兵隊はすぐに全滅する。


 街の住人が一人モンスターに殺されるたびに、街の『モンスター占拠率』が上昇していき、100%になった途端、永久に晴れることのない曇天が空を覆い、『シャード』は『シャード跡地』へと変わってダンジョンへと変貌するのだ。


 当然、シャードで起こったイベントは中断されたままだし、NPCも死亡したまま。セーブポイントが常時更新されるため、この地獄のような光景をただ眺めることしかできない。


 そうして、跡形もなくシャードが破壊され尽くしたところで、王都から『王国騎士団』が到着し、ゲームのメインストーリーが始まるのだ。


 プレイヤーのレベルアップ制限が解放され、世界は大いなる戦乱の時代に突入していく──。


 つまるところ、シャードが滅ぼされるまでが盛大なオープニングといってもいいだろう。


「整理してみると相変わらず悪夢のようなイベントだな……」


 シオシオ開発の悪意が見えるようなイベントに、『戦犯ショートソード』を経験したばかりの新規プレイヤーの実に多くがシオシオを投げ捨てた。


 猶予は七日目。

 七日という短期間の間に、シャードをモンスターの侵攻から守り切れるほどに俺は強くなれるのか?

 敗北イベントを覆して、俺は……。


「……、」


 単純に考えて、そんなことは不可能だ。

 オープニングだと例えられたこともあるように、シャードの陥落はメインストーリーに刻まれた定め。この世界に刻まれた運命だからだ。


 シャードが陥落してこそ、世界は回り始める。

 シャードが陥落してこそ、物語は始まる。


 例外はただ一つも存在しない。


「……」


 俺には安全な道が見えている。

 それは、シャードに入った瞬間に即座にフィールドに出て、できるだけシャードから離れることだ。

 そうしてシャードが滅ぼされた後に戻り、救援にやってきた『王国騎士団』にシャードの生き残りとして保護してもらう。


 このゲームは一定のエリアに一定のモンスターしかホップできないように設定されている。

 フィールドのモンスターは、シャード襲撃のためのモンスターに容量を食われて、フィールドは屈指の安全地帯となるのだ。


 そこをのんびりしながら、シャードが滅ぼされるのを傍観すること。

 それが、俺の考えついた『安全策』。


 ゲームの知識に基づいた安全策だ。この世界の運命を知っているプレイヤーが、何も知らないNPCを見捨てるだけのこと。


 そんな安全策を捨ててまで、俺は、世界に逆らうのか?

 何の確証もないことに、命をかけるのか?


「……ははっ」


 と、ここまで考えたとき俺は笑ってしまった。


 なんてことはない。

 いつものことじゃないか。


 RTAでバグ技をフル活用している自分が、今更そんなことを気にして立ち止まってどうする?

 『オープニングスキップ』だなんて、良くあることだ。


 むしろ、今、ここで今までの先駆者が発見できなかった技を発見してやる。


 何もしないままフィールドでぼんやりとする?

 ゲームの世界に来たなら、ゲームを楽しんでこそのゲーマーというものだろうが!

 

 俺はこの世界を、隅々まで楽しんでやる!


 そのために、必要となるのは──


「ここ、だな」


 決意を新たにしたところで、俺はシャードの僻地の裏路地にある薄汚れた扉の前に立っていた。


 俺はそっと扉に向かってノックする。


 リズムは記憶に刻まれている。

 三回、少し間を空けて二回。最後の一回。


 すると、扉が少しだけ開けられて隙間から陰気な声が聞こえた。


「……合言葉は?」


「『あるくひの おうごんのかがやき』」


「……」


 しばらくしてから扉が小さく開けられる。

 俺は迷いなく、真っ暗な扉の奥へ身体を滑り込ませた。


 薄暗い中、ほのかに照らされたダウンライトが妖しげな雰囲気を演出する。


 七色に光り輝くネオンサイン。黄金の遊び場やスロットがずらりと店内の端から端まで並んでいる。


 記憶にある通りの光景に安堵の息を漏らしていると、ふと、肩に重みがかかった。


 振り返るといつの間にか背後に回って肩に手をおいていたバニーガールの二人組が妖艶に微笑んでいた。


 金髪と銀髪の双子……金髪のバニーガールは豊満な胸を見せつけるかのようにして笑い、銀髪のバニーガールはスレンダーな肢体をいたずらげに見せつけている。


『金のリリム』と『銀のリリス』。


 欲望の化身ともいえる双子は、ほのかな甘い香りを漂わせながら、この場所の正体を告げた。


「「ようこそ、欲望と黄金のカジノ・グリムテトラへ!」」


 シャードを守るための戦いが、今、始まる!!

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