18.『始まりの街へようこそ!』
「本当にすいませんでした」
俺はゴブリンシャーマンの仮面を外し、服を着替えて頭を下げていた。
女騎士から微かなため息が聞こえる。
「この森にはオークの巣穴があるから、立入禁止区域に設定されているの。そんな格好で彷徨くなんて、失礼だけどオークの新種かと思ったよ」
「……」
本当に失礼だな。
隣のノアを見ると、女騎士が連れてきた衛兵たちに囲まれて、食べ物やらお菓子やらをたくさんもらっているところだった。
俺と接するときとは打って変わって、まるで聖女のような微笑みを振りまいている。
ちくしょう、なんで俺だけこんな目に……。
「天空城がシャードの上を通る日に、その天空城から何かが落ちてきたとの報を受けて来てみれば……」
女騎士はじろりとこちらを見やる。……威圧スキルに負けない威圧感を感じる。
思わず背筋を伸ばした。
「……はぁ……私たちはシャードに仕える衛兵隊。あなたたちをシャードの街まで届けるから」
「あの、」
「なに?」
「怒ってます?」
ゴミを見るような目線を向けられた。
「……その良く喋る口を閉じて、さっさとペガサスに乗ったら?」
そのまま回れ右して女騎士は白いペガサスのもとへ行ってしまう。
「なんか態度悪いですね、あの人」
騎士からもらった棒キャンディーを口の端に咥えたまま、ノアは女騎士の方向へ目を向ける。
「仕方ないだろ。天空城が上空を通る時には低確率で貴重アイテムを落とすことがあるんだ。あいつはそれが目的だったんだろうな」
出世とかに響くのだろうか。世の中はいつも世知辛いものだ。
なお、俺は天空城で回収したありったけのアイテムを冒険カバンに詰め込んでいる。あの女騎士に渡したら、好感度が少しでも上がるのかな。
「見ててください、ミナトさん」
ノアは満面の笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。その手に小さな光の矢が生成された。
「私、光魔法が得意なんです」
「知ってるけど……なんで今?」
ノアは女騎士が上空を飛び上がったのを見て、ゆっくりと腕を上げる。
ライトアローがキリキリと音を立てた。まさか……。
「あの人の装備って高く売れそうですよねっ!」
「おいおいおい、ちょっと待て! 俺を貶されてむかついてくれたことはちょっとだけ嬉しいかもだけれども、それはやっちゃダメだ!」
「あ、嬉しいんですか。やっぱり男の子ですね」
「……」
こいつ、いちいち言葉の端にトゲがあるのはなぜだろうか。
「……とにかく! 衛兵を攻撃したら『犯罪者判定』がついて街に入れなくなるぞ!」
「大丈夫ですよ。わたし、ミナトさんが一緒なら水の中でも火山の中でも行けます」
「しれっと俺が同行してるじゃねぇか!!」
俺はそんな修羅の道になんて進みたくない。一人で勝手にやってくれ!
「むー、冗談ですよー。私がそんなことするわけないじゃないですかー」
棒読みの後に、ノアはそのまま上空に向けてライトアローをぶっ放した。
高い魔力ステータスに影響された魔法は凄まじい勢いで宙へ飛び上がり、そのまま通りがかった鳥型モンスターを木っ端微塵に粉砕して、空へと消える。
「……」
「さあ、行きましょう! シャードへ!」
ノアを怒らせてはヤバいということを思い知り、戦々恐々としながら俺はシャードへ向かったのだった。
衛兵隊のペガサスに乗りながら、俺は先ほど湖で映った自分の容姿について考える。
映った容姿は、リアルの『相原湊』そのものの姿だった。
一応ゲームプレイ用にVRマシンの中にはキャラメイクしたアバターを複数入れているのだが、そのどれもと違っている。
髪の色は金髪でもなければ、派手なショッキングピンクでもない。筋骨隆々でもなければ、ロリっ子でもない。
猫耳も生えてなければ尻尾も生えてない。
なんというか、ゲームの装備をそのままつけているコスプレ野郎といったような風貌だった。リアルの外見データをそのまま使うVRゲームもあるにはあるのだが、そういうゲームをやり慣れていない俺はなんだか気恥ずかしい。
「……本当に、この世界はシオシオなんだな……」
お腹に回されている小さな手はノアのもの。
身を切る風の音が聞こえる。
遠くに見えるのは、シャードの街だろうか。
空にはオーロラがかかっており、地球から見る月の何十倍も大きな月が浮かんでいる。
俺を乗せているペガサスだって温かくて……。
ひゅん、と光の矢が俺の投げた空のポーション瓶を貫いた。続いて三つのポーション瓶をバラバラに投げると、光の矢が同じ数発射されて、続けざまに割られていく。
「……おお〜」
「へっへー! 百発百中ですよっ!」
流石魔法に関しては並ぶものがいないと評価されたノアだ。俺の暇つぶしにも喜々として付き合ってくれる。
「……あなたたちは何をやっているのさ」
レイラシアがため息をつくのが見えた。
なお、割れた瓶は全て光の粒となって消えていくため環境にフレンドリーなゲームである。
「よぉーし、次は五つだ!」
「狙い撃つぜ! です!」
「……はぁ」
改めてこの世界にやってきたことがリアルだと実感できた俺は、ポーション瓶を放り投げた。
◇
シャードの街に着いた俺たちは、衛兵隊の懇意で宿屋まで案内されてチェックインまで済ませてくれた。
ゲームではライトバーク商人が俺に付き合ってくれて色々と世話になったが、その役割がどうやら衛兵隊に変わったらしい。
ちなみに、シャードに入って色々と分かったことがある。
あの女騎士は『レイラシア』という名前で、最近になって王都から派遣されてきた『王国騎士団』の一員だということ。
ゲームではそんなNPCがいたかどうか、正直記憶に残ってはいないものの『王国騎士団』というワードが衛兵の口から出た時、俺は安堵した。
『王国騎士団』にはこのシオシオにおける強NPCたちが数多く所属している。
たまーに、乱数の都合上『王国騎士団』はゲーム開始時点からメンバー全員が壁に埋まって全滅してしまうことがある。その場合は魔物の侵攻が超スピードで進行し、難易度が跳ね上がるのだ。
「なんだか嬉しそうだな……?」
「もちろんですよ!」
「お、おう!?」
衛兵の言葉に、俺は振り返ってしみじみと過去を思い返す。
「王国騎士団全滅バージョンの乱数を引いたときなんか、マジで大変でしたからね! シャードに着いたときにはもう壊滅させられていて、ゲームマップの九割がモンスターの支配領域。死ぬ気で結界に囲まれた宗教都市カメルンに向かって、そこで地獄の籠城戦ですよ! モンスターの支配領域からは高レベルのモンスターがどんどん生まれるし、ヒロインはみんな死んでるし、イベントもほとんど進行不能になって、最後には増殖バグで増えた魔王が次々と特攻してきて……あー! あれはマジのクソゲーだったわー!!」
あの頃の思い出が蘇ってきてしまい、思わず愚痴を吐いてしまった。
「……大変、だったんだな……?」
「大変……大変か……もちろん大変でした。でも、そのお陰で今の自分がいるのも事実ですから、挑戦したこと自体は後悔していません!」
地獄の籠城戦で死にものぐるいで戦った俺は、その後シオシオの魅力に取り憑かれてRTAを走り始めることになる。
「なんだかすっきりしました! 話を聞いてくれてありがとうございます!」
「お、おう?」
意味が分からないであろう俺の話を辛抱強く聞いてくれた衛兵の肩をバンバンと叩いて、感謝の印に冒険カバンから天空城で手に入れた適当なポーションを話を聞いてくれたお礼として渡しておく。
「この街を守ってくださいね! ガーゴイルとかレッドキャップとか結構強いですから!」
「……? この地方ではそんなモンスター聞いたことがないが」
「大丈夫大丈夫、嫌でも一週間後の襲撃イベントでうんざりするほど見ることになりますから」
「……?」
とまあ、こんな話を交わした後、俺は宿まで送ってくれた衛兵と握手をして別れることになった。
「疲れた……」
部屋のベッドに飛び込む。
本来はここでセーブポイントの更新が出来るはずだが、そんな感覚(?)もしないし、ウィンドウも出てこない。
やはり、この世界ではセーブポイントの概念はないのだ。
でも、セーブポイントが無くなっても、このベッドの感触は心地良い……。
「おやすみぃ……」
布団にくるまって、目を閉じる。
ちなみにノアは衛兵隊の詰め所に置いてきた。
きっと今頃、真の勇者様を見つける大いなる旅に出ているだろう。
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