17.『当たり前のこと』

「それはそうと……ほら、着替えの服だ。好きなの選んで良いぞ」


 冒険カバンから装備品を取り出す。


「これは……?」


 ノアは装備品の山の中から一つの装備を引っ張り出して、広げる。


 俺はノアが選んだ装備を見て、なるほどと唸った。


「『天女の羽衣』か。中々見る目があるじゃないか」


 その名の通り、羽のように薄い布であり、まるで空気中を水のように流れるキラキラとした羽衣だ。


 装備すると中々際どい格好になるが、しかし、羽衣の名にそぐわない耐久と基本属性の魔法耐性を手に入れられる素晴らしい装備だ。


「それだったら『重さ』も軽いし、加重になることもないだろ。武器とかアクセサリーは重いものを持てるはずだ」


 魔法戦主体のノアには、きっと、本能というものがあるのだろう。

 どの装備が一番自分の力を発揮しやすいか──そう、ゲームでいうところの『自動装備機能』のようなものがNPCの直感として残されて──


「ミナトさんって、全裸のほうが興奮するタイプですか? それとも、ちょっと露出を控えたほうがいい感じですか?」


「オーケーちょっくら黙ってろ」


 『天王の羽衣』を胸元に当ててチラチラとこちらを見てくるノア。

 俺は不健全な羽衣を奪い取った。


「ああっ、追い剥ぎ……わたし追い剥がれている……!」


「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」


 羽衣は封印だ。とりあえず、ノアには幼女が着ても健全な装備を適当に選んで渡しておく。

 とはいっても、ラスボス後の裏ダンジョンで手に入れた装備だ。適当に選んで装備したとしても普通に強い。


「ちなみにわたし、寝るときは全裸派なんです」


「それと今に何の関係があるんだ」


 装備を着込んだノアは、くるりと回って不満げに口先をとがらせる。


  ──『疾風シリーズ』

 他ゲームでいう盗賊のようなスカーフに、身軽な外套、上下に鎖帷子。

 全身同じ装備に揃えることでボーナスバフがつくはずなのだが、腰装備だけは見た目全振り『メイドシリーズ』のスカートに変えていた。


「スカートのほうが良いです」


「……なんでだよ。なんか、こう……もったいなくて、むずむずするんだよ!」


 ゲーマーの性というやつだろうか。

 俺はファッションとか見た目装備とかクソ喰らえ派閥だ。そんなものに時間を費やすやら、少しは装備品のボーナス値を厳選しろよ、というタイプ。


「『疾風シリーズ』の全身装備ボーナスバフは、敏捷値に50%の補正が──」


「ミナトさんはわたしの生脚が見たくないんですか?」


 ……。

 ……え?


「……い、いや、でもボーナスバフが」


「今の間はなんですかっ!? 少しは自分の欲望に素直になったらどうですか!?」


「う、うっせぇ! このエロガキ! 少しは効率を考えろ!」


「だったらミナトさんは、なにを着て──」


 ばっ、とノアは向き直った俺に向き直る。

 その顔が、驚愕に歪んだ。


「ふっふっふっ、どうだ? 素晴らしいだろ?」


「な、な……」


 ぬかったな、クソガキが!

 俺の超効率の前にひれ伏すがいい!


「な……なんで、下着の上にマントを……それに、その仮面は」


「『ゴブリンシャーマンの仮面』、『天王のマント』、『蛮族のボディーペイント』だ!」


 俺は、まさに効率の鬼と化していた。天空城で見つけた装備品の数々が俺を彩っている。


 モンスターに発見されにくくなり、暗殺の成功率が上がる『ゴブリンシャーマンの仮面』!


 筋力、器用、敏捷を総合的に引き上げる『天王のマント』!


 そして、耐久を犠牲に筋力をぐーんと引き上げる『蛮族のボディーペイント』!


 どれもこれもRTA勢御用達の素晴らしい装備品たちだ。こんな序盤に、特に『ゴブリンシャーマンの仮面』が手に入るなんて思わなかった。


 『銅剣無限飛行術』を使う勇気をくれて、天空城へ導いてくれたあのゴブリンシャーマンには感謝しなければならないだろう。


 俺は堂々と胸を張ってノアに装備品の数々を見せつける。はたから見ればまごうことなき変質者だが、気にするものか!


 これこそが、シオシオにおける常識!

 これが『当たり前』なんだよ!


「ミナトさん……」


 ノアは俺に近づいてくる。背を伸ばして、つま先立ちになりながら、なぜか俺の頭を撫でてきた。


「……?」


 その目は真剣だ。


「きっと白銀竜の威圧に当てられて頭が壊れてしまったんですね……」


「お、おい……?」


「安心してください。わたしが、責任を取ります。ミナトさんと頭の病気を治す旅に……」


「だぁあああああ!! 分かった、分かったから! 人前でこんな格好はしないって!」


 流石に、街であの格好はしないと約束を結んでなんとか事なきを得た。

 その間ずっとノアは俺を心配そうに見つめて──


「……こっち見んなよ」


「えへへ、良いじゃないですか、減るもんでもねぇですし……」


「精神力がガリガリ減ってくんだよ!!」


 手をワキワキさせながら迫ってくるんじゃねぇ!


 と、その時。


「✕✕✕✕✕、✕✕✕!」


 湖の向こう側から叫び声が聞こえた。

 十数頭の羽の生えた馬らしき謎生物に人が乗って、空を飛びながらこちらに向かって突っ込んでくる。


「……何だ、あれ?」


「うわっ、見てください! ペガサスですよ、ペガサス! 先頭のは白いペガサスです!! 白いのってめちゃくちゃ速いんですよね。良くうちのお父さまが競馬で賭けてて──」


 良くわからないことを言い始めるノアを置いといて、耳を澄ませてみると──



「──邪悪なオークめ! その子を離せ!」



「……オーク?」


 空飛ぶ騎馬部隊の先頭──鎧をまとった女騎士が突然手に持っていた槍を振り上げて、こちらに投げてきた!


 頭直撃コースだったのを、慌てて身を投げだして躱す。

 槍は頭をかすめて地面に突き刺さった。

 びぃぃん、と震えている。当たっていたら確実に死んでいただろう。


「ちょ、なんかめちゃくちゃ勘違いされてないか、俺!?」


「そうっぽいですね」


 なに他人事みたいな面してるんだ!


「絶対お前が引っ付いてるせいだろ! さっさと離れろ!!」


「屍を晒せ!」


 続けて、二本目、三本目と槍が飛んできた。女騎士の顔が憤怒に歪んでいる。

 何なんだコイツ!

 人をいきなり殺そうとしてきやがって!


「俺はオークじゃねぇよ! 野蛮過ぎるだろ!!」


「……格好?」


「あ」

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