14.『絶体絶命』

「逃げろ逃げろ! 早く逃げろッ!!」


 背中に怖気を感じて咄嗟に横向きに跳んだ瞬間、背後を白銀竜のブレスが薙ぎ払った。


 天空城の外壁は、白亜の大理石でできているがそれすらもブレスの前には一瞬で凍りついて粉々に砕け散ってしまう。


「今です、ミナトさん! ブレスの後には隙ができますから、そこをズバッと勇者の技でやっちゃってくださいっ!」


「だから俺は勇者じゃねぇよ! ──っ!?」


 爪の一撃が近くの柱をまとめて引き裂いた。


「ひえっ」


 こりゃあ一撃必殺されるのは間違いない。俺はこんなところで死ぬのだろうか?


「……ミナトさんの心臓の音……すっごくドキドキしてます」


「当たり前だろ! こちとら命かけてんだっ!!」


「『つりばしこうか』、ですねっ!」


「絶対違う!!」


 シオシオにおける竜=ドラゴンは、ただのモンスターではない。


 『中立モンスター』というべきか。村人や道具屋の『中立NPC』と本質的には同じだといえるだろう。


 高度なAIが搭載されており、人語を介して、試練という名のクエストを与えるような存在もいる。

 反対に『邪竜』とかいうプレイヤーを見つけ次第全力で殺しにかかってくる竜もいるが、それは置いといて。


 ドラゴンの大部分を占める『守護竜』は、『場所』、『物』を守り続けるドラゴンである。

 例えば、《白銀竜アルマ》。『天空城バルトリアス』を守っており、基本的にこちら側から手出しをしなければ攻撃はしてこない。


 しかし、ドラゴンが守る『物』に手を出してしまった場合は、話が変わる。

 ファンタジーのドラゴンはいくら盛ってもいい──その言葉を体現するかのように、頭のおかしい設定と強さを与えられたのがこの世界のドラゴンだ。


 まず、レベルがおかしい。

 このシオシオのラスボス『終わりなき魔王リュグオーン』のレベルは200だ。対して『白銀竜アルマ』のレベルは360である。当然、それに見合っただけの攻撃力と耐久、そして膨大なHPが備わっている。


 このシオシオで『竜と名のつくボスは大抵クソボス』と、そう言われているのには、それ相応の理由がある。

 『ラスボスより倒すのが難しい』だの『無理ゲー』だの『だからマゾゲーって言われんだよ』だの、散々な評価をもらったドラゴン討伐戦……勝てるわけねぇ!


「何で俺がお前なんかをおぶって走らなきゃならないんだよ!?」


「わたし、重くないです」


 は?


「いや、そういう問題じゃなくて──」


「じゃあどういう問題だって言うんですか!! 私の体重は42キロ、身長142センチですよ! 超健康優良児です!」


「っう……! おい、耳元で叫ぶな! 耳が取れそうになったよ!」


「『ちゃくだつしき』って、便利ですよね」


「……おい? え、いや、あの……ノアさん? 今めちゃくちゃ背筋がゾッとしたんですけど」


「……にへっ」


「俺から降りろっ! 今すぐ降りやがれ!?」


 ノアは俺の背中にぴったりと張り付いている。過重扱いで移動速度が低下しそうになっている。

 こいつ、レベルが120もあるんだから自分で走ったほうが速いのでは?


「ミナトさん。少し、落ち着いたほうがいいと思います」


「な、なんだよ……」


 これまでと違った、声色で囁いてくる。


 ……考えてみれば、そうだ。

 ノアはつい先ほどまでモンスターに捕まっていたのだ。幼い子供を危険なところに放り出すなんて、俺は何を考えていたんだ。


 ゲームの感覚に毒されすぎていたことを、自覚する。

 なんだかバツが悪い。

 俺が謝ろうと振り向いたとき、ノアの口が開いた。


「白銀竜の血って、『びやく』の効能があるみたいですよ?」


「お前マジでふざけんなよっ!?」


 そうこうしているうちに、白銀竜の口に光が集約され始めた。


 ブレスの前兆だ。

 『白銀竜アルマ』のブレスは、氷冷属性のブレスであり、攻撃範囲が放射状に広がる特性を持つ。


 まずい、まずいまずいまずい!!

 先ほどの爪攻撃で、身を隠すための柱は全て叩き折られた。この広い廊下では隠れるところがない。


 白銀竜は空高くを飛んでいる。その視線は、確実にこちらを捉えていた。──スキルのターゲッティングが、もう完了しているのか。


「にへへ……これは、もうダメですかね?」


「そんなこと──」


 そして、気付いてしまった。

 身体を包む強烈な虚脱感。


 「『スタミナ切れ』……!?」


 シオシオには隠しステータスとして、『スタミナ』がある。基本的には自動回復で、食事をしたり、ベッドで休むと回復する。

 スキルの乱用を防ぐためのものであり、RTAでは目に見えない数値を体感で管理することが必須とされていた。


 ……俺はその感覚を、シオシオが現実世界と重なったことで忘れていたのかもしれない。


 天空城でスキルを乱用してしまったせいで、スタミナ切れの状態になってしまったのだ。


 スタミナ全快するまでスキルが使えなくなるばかりか、へとへとに脱力した状態で移動速度が超低下、攻撃、耐久ともに低下する。

 スタミナが枯渇してしまった者へ与えられた、この世界のルールだ。


 躱せない。躱しきれない。


 逃げたところで、どこに行くのか。天空城へ逃げ込むのにも防衛ゴーレムがうろついている。

 前にはドラゴン、後ろにはゴーレム。


 死が牙をむき出している。


「わたしが、白銀竜の注意を引きますから、ミナトさんは……全力で走ってください」


「そんなの」


 ノアのレベルは120だ。だけど、白銀竜のレベルは360。その絶望的なまでの差。

 きっと、一撃だ。

 爪の一撃、尻尾の一撃で、ブレスの残滓で、彼女はあっさりと死ぬ。

 このクソゲーの世界は、あまりにも残酷だ。


「そんなの、ダメだ……」


 ノアが小さく笑った。


「わたし、ずっと夢を見ていました。ミナトさんによく似た人が、暗闇の中にいたわたしを引っ張り上げてくれたんです……だから、わたしは、もう──」


「やめろっ!!」


 俺は、駆け出そうとするノアの手を掴んでいた。


 目を丸くするノアの目の前に、片手から外した指輪を一つ、握らせておく。

 俺のそばから逃げられないように。


「これは、俺の所有物だ……俺から離れてみろ。後悔するはめになるぞ……!」


「それって……」


 ノアに指輪を渡した瞬間、身体が熱く燃えたような気がした。


「ミナト、さん……?」


「……受け取ってくれて、ありがとな」


 死が見える。


 明確な死が、竜の口から白銀の光を伴って吐き出され──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る