15.『無限の力』

「──『飛び込み斬り』!」


 ブレスが身体を貫こうした瞬間、俺の剣は、遠くにうろついているはぐれエンシェント・ゴーレムをターゲットしていた。


 スキル発動に伴う無敵時間──『4フレーム先の天国』がブレスを防ぎ──


「えっ……ど、どうして──」


「──突っ切れぇっ!!」


 ノアが驚きに声を上げた瞬間、身体は『スタミナ切れ』の脱力した格好のまま加速する!


 無敵時間を過ぎたからか、氷冷ブレスの感覚が──肌に灼けた鉄を押し当てられるような痛みが全身を包み込む。


 HPが一瞬で0に──なる直前に、ふんばりアイテム『救命の護符』が発動! 即死級のダメージを肩代わりしてくれる!


 服の内側に貼り付けた護符が次々と砕ける感触に怖気を感じながら、


「抜、けろぉっ!!」


「ミナトさん!?」


 ブレスの攻撃範囲──ブリザードの嵐から抜け出した俺は、『飛び込み斬り』の挙動をキャンセル。

 胸に庇ったノアを抱えて天空城から空へ身を投げだした。


「うぉおおおおおおっ!?!?」


 VRマシンでは、極度の痛みや緊張状態は自動的にカットされる。RTAではタイム短縮のために高所から自由落下することなんて当たり前だった。


 しかし、現実世界となった今、身体を切り裂くような冷気と風の奔流が俺を包み込む。


 目が痛い! 開けていられない!


 当然、リアルで紐なしバンジーの経験もない俺は地面が見る見る近づいていく光景に悲鳴をあげる。


「ミナトさん──っ!!」


 風に紛れるような小さな声。


「正直、夢に出てきたような勇者さまとは……なんかだいぶ違いましたけれど──!」


 胸の中で身動ぎしたノアは顔をのぞかせると白い歯を見せて、笑った。


「ドラゴン相手に、ノミのように逃げ回るミナトさん、最高に、かっこよかったですっ! 最後なんか人間の動きを越えて、ナメクジみたいになってましたし!」


「ああ? 風の音がうるさくて、良く聞こえねぇよ!! もう一回言ってくれ!!」


「愛してますっ!! 結婚してくださいっ!!」


 俺が渡した指輪は、ノアの左手の薬指でキラキラと輝いており──


「ちょ、おま、そういう意味で渡したんじゃない!! 俺はトラップダンジョンなんかで一生を過ごしたくねぇ!!」


 ノアを引き止めるために指輪を押し付けたのだ。プレイヤーがNPCに渡した(押し付けた)アイテムは『贈与品』として扱われる。『贈与品』は別名『好感度アイテム』ともいい、NPCの好感度を高める効果があるのだ。


 咄嗟にノアを引き止めるために『贈与品』システムを使ったのだが、どうやら墓穴を掘ってしまったようであり──


 下を見る。

 森の木々と湖が広がっている。


 シオシオならば、水に落ちたら落下ダメージは無効のはず。

 でも、現実世界ならばこんな高いところから水を落ちればコンクリートに身体を叩きつけられるのと何も変わらないと聞いた。


 ゲームの仕様か、現実の法則か──!!


「まあ、『救命の護符』があるから大丈夫か」


「ふぁああああああ!!!!」


 未だに落下気分に浸っているノアに『救命の護符』を握らせる。


「ふえっ?」


「舌を噛むなよ!」


「なにを──」


 衝撃。

 派手な水音と、それに負けない水柱。

 ゲームの演出ゆえか、綺麗な虹がかかる。


 天空の遥か彼方にそびえ立つのは、さっきまでいた天空城だ。小さな白銀の影はゆっくりと旋回しながら城に戻っていく。

 流石に地上まで降りてくることはなかったようだ。

 『守護竜』の特性ゆえだろうか。


「……ははっ」


 水面に浮かび上がった俺は、拳をゆっくりと突き上げた。


「やった……やったぞ! この世界でも、『虚空スタミナ』は有効だ!!」


 俺は、真の意味で喜びに溢れていた。


 先ほどノアが驚いていたように、俺は『スキル』を使ってあの場から脱出した。スタミナ切れで、スキルの使用どころか移動すらままならないような状態で、俺はスキルを使うことが出来た。

 この世界からしてみれば、ありえないように映るだろう。


 これにも、もちろん種がある。

 俺がノアに押し付けた指輪──『筋力増強の指輪』はステータスを参照して、10%の筋力を上げることができる。


 俺がノアにアイテムを『贈与』したことで、指輪の効果は失われ、筋力は元に戻った。


 ここで一つのゲーム時代のお話を紹介しよう。

 『スタミナ切れ』状態というのは、スタミナを酷使した結果陥る『デバフ』だと思われていた。

 スキルも使えなければ、移動速度も極端に下がる。


 しかし、『スタミナ切れ』というデバフはゲーム時代、ステータスに表示されていなかった。


 全状態異常を治す魔法でも取れなかったことから、どうやらそもそもシステム的にデバフではなく、ステータス計算の領域で行われている処理らしいということが分かってきた。


 有志による検証の結果、『スタミナ切れ』とは、どうやら隠しステータスであるスタミナが『負の数値』に振り切ってしまったときに起こるという。


 スキルがスタミナを消費するというのならば、スタミナが『マイナス』になってしまえば、スキルが使えなくなってもおかしくはない。

 まことに良く出来た仕組みだと思うだろうか?


 しかし、この『スタミナ切れ』は数多のバグの源泉とも言われる『虚空スタミナ』を生み出すことになる。


 『スタミナ切れ』は、スキルを過剰に使い過ぎた人への罰として用意された仕様だった。

 しかし、クソゲーに訓練されたプレイヤーはあることを思いつく。


『ふーん。『スタミナ切れ』状態はスタミナがマイナスになってんのか。……だったら、『スタミナ切れ』のときに更にスタミナを下げるようなことをすれば、プラスになるんじゃね?』


 マイナス×マイナス=プラス


 『スタミナ切れ』状態でスタミナ上昇効果のある装備品を外せば……のでは?


 投稿当初、それはそれは大論争が巻き起こった。


 その呟きがSNSで投稿された瞬間に、『お前はゲーム開発を舐めている』だの、『そんな小学生レベルのミスするかよ』だの、『義務教育に喧嘩売っててワロタ』だの、様々な罵倒が飛び交い、シオシオ開発を擁護するような声が広がった。


 しかし、どんなプレイヤーにもほどよく刺してくると評判のシオシオ開発。後日の定期メンテナンスにて発表された文章には、とある一文が載っていた。


『不具合のお知らせ︰スタミナが不自然に増加することに対しての謝罪とご報告。および追加パッチの制作状況について』


 ──『虚空スタミナ』が産声を上げた瞬間だった。



「『虚空スタミナ』が使えるなら……この世界は、もっと自由になる!」


 スキルが制限なく、自由に使える。

 この世界において、それは大きな力だ。

 そして、俺はこの世界の元となったクソゲー──シオシオのバグや仕様を、全て網羅している!


 力と知識。それらを使って、俺は──このクソゲーな異世界を攻略できるのかもしれない。

 ──初見プレイでは、何千回とも知れない回数死んだこの世界を。


「……覚えているぞ、俺をこの世界に引きずり込んだ、あの声」


 朧げに記憶に残っているのは、メッセージボックスに点滅していた赤い点。

 そして、最後に聞こえたあの声。


 ──《ずっと、いっしょ》


 シオシオの中で聞き覚えがある、声。

 正直、数が多すぎて覚えていないが、確かにシオシオのヒロインの声だった。

 話してみれば、分かるかもしれない。


 見つけてやる。


「俺が、お前を──!」


 この世界に俺を呼んだ『ヒロイン』を!


「──ぷへぇ! 水草が髪に張り付いてべたべたです!」


 遅れてノアがぱしゃりと水面から姿を表した。 

 鮮やかな金髪にワカメのような海藻が引っかかっている。


「ミナトさん、これ取ってくれませんか?」


「あ、うん」


 そうして、この世界で経験した命の危機を何十倍にも凝縮したような地雷女の子を土産に、俺は推奨レベル360の裏ダンジョン『天空城バルトリアス』から生還した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る