13.『瞳の先に』

「わたし、ノアっていいます。13歳です。得意魔法は光魔法で──」


「あー、知ってる知ってる。武器は杖。得意なことは料理と馬の餌やりで、苦手なことは水泳とボール遊び。好きな食べ物はとり肉、嫌いな食べ物はにんじんとピーマンとセロリ。故郷はセクタム地方で、実家は農家をやっている。三人兄弟の一番上の長女で、星座を見るのが大好き──」


「……す、すごい……! やっぱり勇者さまは運命の人です! わたしのことを一目見ただけでこんなにも分かってくれるなんてっ!」


「……やば、いつもの癖で……」


「いつもこんなに人を見ているんですかっ!? 流石です、勇者さま!」


「……」


 プロフィールバトルでネット民にマウントを取っていた弊害が!

 それに何だかとんでもない誤解をされているような気がする。


 『勇者さま』って誰だよ。


 ゲーム時代のプレイヤーにも勇者という名称は与えられていなかった。ただ、『冒険者』や『旅人』として扱われていた。


 ……つまるところ、誰かと勘違いされているのか?


 むずり、と好奇心が疼いた。

 今はこんなことを気にしている場合ではないことは十分理解している。


 けど、それでも……!

 シオシオに俺の知らない物語があったなんて、そんなの気にならないわけないじゃないか!


 俺はこれでも一応、シオシオのことを心の底から愛しているのだ。


「……俺は君の言うような『勇者様』じゃないんだ。この世界に迷い込んだ旅人っていうか」


「ずいぶんと詩的な表現をなさるんですね! 素敵です、勇者さまっ!」


「……」


 ダメだコレ。

 もう何を言っても届かない。


 ノアの瞳はダイヤモンドのようにキラキラしている。どんな物事も自分が都合のいいように解釈してやる! という気概を感じる。


 恋は盲目とは良く言ったものだ。


「ちょー強いモンスターたちがうろうろしている天空城まで、わたしを助けに来てくれるなんて……!」


 違いますけどね! ノアがここにいることなんて知らなかったし、財宝と装備アイテムのためにモンスターに出会ったら死ぬ気で逃げ回っていた。


「天空城まで続く虹の橋をかけるためには、世界各国にある七つのオーブを集める必要があるのに……わたしのために、そこまで……!」


 違う! バグ技で空を飛んで不法侵入したし、ノアのためじゃなくて財宝のためにな!


「オーブ集めってなんだよ……」


 そんな設定知らないぞ。ゲーム時代、七つのオーブは連合軍が魔王討伐したときに全部まとめてくれたじゃないか。

 知らないシナリオがどんどん見えてくるな。もっと頑張れよ、シオシオ開発。


「モンスターをバッサバッサと薙ぎ倒す、とても強くてたくましい勇者さま……!」


「……待ってくれ!」


 レベル1で、少し前までゴブリンシャーマンにダメージすら与えられなかった雑魚ですけどね! 主力武器が始まりの街で買えるような『ブロンズソード』ですけどね!


 耐えられなくなった俺は、まるで耳に覚えのない称賛の嵐を手で遮った。


「その、勇者様っていうのは止めてほしいな」


「嫌です」


「……」


 何だコイツ。自分のことは意地でも曲げないという無駄な気骨を感じるぞ。


「……その理由は?」


「勇者さまは勇者さまですからっ! だから勇者さまはぺちゃくちゃ言ってないで堂々と勇者さましていればいいんですよ! たとえ、何もしていなくとも!」


 なんだろう。幼女に手を上げたくなったのはこれが初めてだ。

 流石シオシオを再現した世界。新たな境地を開いてくれる。


「勇者っていうのは、個人名としてはどうかなぁって思うんだ。俺の名前はミナトで──」


「…………ハッ」


 ……?


 え、今、鼻で笑わなかったか?

 ……え?


「ミナトさま、ですね! とっても良い名前だと思います!」


「……ミナトさん、な?」


「はい、ミナトさん!」


 一転してニマニマと笑みを浮かべながらこちらにすり寄ってくるノア。


 ノアのレベルは120。ゲーム終盤に合流するヒロインだから当然といったところか。

 対する俺のレベルは1である。

 正直、彼女に小指一本突かれただけでミンチになりそうな気がする。恐竜とガガンボ。マンモスとミジンコだ。


 そんな彼女が手も足も出ずに、推奨レベル360の裏ダンジョンに幽閉されたと語った。……一体この世界にはどんな化け物がいるのだろうか。


 考え込んでいたところに、ふと気づく。

 ……さっきから、妙な寒気がする。


「ところで、さ」


「ふふっ、分かってますよ。二人っきり……ですね?」


 ノアはなぜか俺の首に手を回して、背中に額を当ててきた。心臓の位置を的確につんつんしてきた。俺は恐怖した。


 ……いやいや、そういうのじゃなくて!


「さっきから妙な地響きを感じないか?」


「いやですね、ミナトさん。ここは天空城の中ですよ? 地面とは離れているんです。地響きなんて聞こえるわけないじゃないですか。もしするならば、そう! 空響きとでも──」


「──っ、危ないっ!」


 どこかズレたことを言うノアを抱きかかえて、背後に全力で飛ぶ。「ふぁあああ! 勇者さまの匂いがああ!」と肝心のノアは気の抜けるような叫びを漏らしているが、そんなことを気にしている余裕はない。


 さっきまで俺たちが立っていた場所には、巨大な氷柱が突き刺さっていた。

 天空城の分厚い外壁を突き破ってのこれである。


「なんだよこれ!?」


「わたしの魔法です。人生に彩りを与えようかと」


「嘘をつくなぁあああああ!!」


 ぶん投げそうになったが、首に手を回したまま耳元で囁かれてピタリと動きを止めた。


「『白銀竜アルマ』の攻撃ですね! こりゃあ一発で死にますよ!」


 ドヴァアアアアアッッッ!!!!


 コンクリートを圧搾するような音を鳴らして、白銀のビームが天空城を真っ二つに切り裂いた。

 一瞬の浮遊感。壁がバラバラと崩れ落ちていく。


 空が見えた。


「は?」


 空だと思ったものは、水色と銀色の綺麗な竜の瞳だった。俺の背丈の何倍もの大きさの瞳が、ぎょろりと俺を映している。


 思考がフリーズした。


「……ドウモ? 綺麗な瞳っすね……?」


「そんなっ! 瞳がキレイだなんて! それはもう『結婚してください』と言われたようなものなのでは!?」


「うっせぇ! お前は黙っとけ!」


 凄まじい咆哮が響き渡る。

 白銀竜は猛り狂って、膨大な魔力を身にまとわせる。


 無数の氷柱が宙に漂い、そして降り注いできた!

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