12.『デスブリンガー』

 シオシオには、数多くの『ヒロイン』が存在する。


 『Communicate Connect Saga』の名付けられた通りに、そのヒロインたちとコミュニケーションを取って、仲良くなることができるのだ。

 例えば、強力な活躍を見せたNPCとコミュニケーションを取り、説得に成功するとパーティとして一緒に行動できる。


 更にいえば、贈り物などをこまめに渡して、複数回の条件イベントをこなせば、男女問わずに、種族関係なく、年齢差をふっ飛ばして結婚までできてしまう。

 流石、今の時代に合ったゲームというべきか。


 NPCを仲間に誘う、イベントを攻略してもらう、結婚する──これらコミュニケーション要素を統合して管理しているのは、『好感度システム』だ。


 一般村人までに好感度が設定されており、好感度が変動していくにつれて、会話が変わったり、アイテムをくれるようになったりもする。


 ──道具屋のお姉さんと結婚できるゲーム。


 確か、シオシオの発売当初の宣伝文句にそんなのがあった気がする。


 実に画期的なシステムだ。

 『Communicate Connect Saga』というタイトルに名前負けしていないシステムだと思う。


 だが、この『好感度システム』がシオシオを崩壊させた真の原因といってもいいのかもしれない……。


 ◇


「素敵です、勇者さま! わたしを助け出してくれるなんて!」


 『デスブリンガー』

 目の前の女の子を表すゲーム時代の異名の一つだ。

 ヒロインにつけられる異名とは思えないような物騒な名前だが、しかし、彼女の実態を把握すれば、これほどぴったりな異名もないことが分かるだろう。


 まず、言葉のキャッチボールが通用しない。

 下手に言葉をかけると返ってくるのは意味不明な愛の言葉とプレイヤーを一撃死させるナイフor生涯トラップダンジョン生活である。


 慎重に言葉を選ばなければ、俺は死ぬ!


「……」


 光の聖女ノア。

 どうして彼女がここにいるのだろうか。ゲーム終盤のイベントで登場するはずなのに。

 何か理由があるはずだ。

 その理由を突き止めれば、きっと……!


「あの……勇者さま?」


 不安げに顔を曇らせるノアを見て、思考の海に沈んでいく。


 思い出せ、思い出せ。

 なるべくゲーム時代との差異を少なくしろ。


 確か、ノアが登場するのは、ゲーム終盤の魔王討伐関係のイベントだ。

 魔王軍の活発化に対して、人類側にも各国が連合を組んだ連合軍が結成され、決戦となる。

 その連合軍の旗印として、初めてプレイヤーの前に姿を現したのが『光の聖女ノア』だった。


「その、お話しませんか? わたし、勇者さまと一度でいいからお話するのが夢だったんです!」


 そのイベントの前には、光の聖女ノアなんてキャラクターは一度たりとも登場していない。せいぜい『今代の聖女って、モンスターに捕まっていたらしいよ』という話をさらりとNPCから聞いただけだ。


 それが決戦イベントの後にはメインヒロイン面して、プレイヤーに猛アタックを仕掛けてくる。

 シオシオプレイヤー全会一致のやべぇやつと評価が定まったキャラだった。


「お話して……」


 ここで一つの仮説が思い浮かんだ。


 ……つまるところ、今、俺は連合軍がノアを旗印として掲げる前に、モンスターに捕まった状態から助け出してしまったのではないか。というもの。


 あのヤンデレヒロインが天空城の隠し部屋に閉じ込められていたなんて驚きである。


 さて、これからどうすべきか。


 流石に三桁も俺を殺してきたヤンデレヒロインとはいえ、適正レベル360の裏ダンジョンに一人で放り出すのは気が引ける。見た目10歳の女の子だし。


 というか、彼女はまだこの世界ではなんにもしていないじゃないか。様子見するのもまた一つ──


「……むー!」


「あたっ!?」


 腕に痛みがはしって、手を離してしまった。見ると腕に小さな赤色の噛み傷がある。


「こっちを見てください、勇者さまっ!」


 ぷんぷん怒っている彼女を見ると、どうやらあまりにも無視を決め込んでいたため、我慢できずに噛んでしまったらしい。ハムスターかよ。

 

 俺がようやく話を聞いてくれると分かると、ノアは思いっきり頭を下げてきた。


「まずは、わたしを助けてくれてありがとうございました!」


「……まあ……うん」


「故郷からモンスターに攫われて、ここにずっと閉じ込められて……もう無理なんだな、って諦めていたところに勇者さまが来てくださいました!」


 ぐいっと顔が近づいてくる。

 初対面の素性も知らない相手にここまで距離を詰められるなんて、育ての親の顔が見てみたい。


 ……まあ、『結婚イベント』で散々両親へ挨拶に行ったけどな!


 あのイベントはやばかった。細心の注意を払って、あの場全員の言動と好感度を管理する必要があった。下手なマルチタスクゲームよりも、よっぽど高度な管理精度を求められたものだ。

 ちなみに失敗すると、全員死ぬので要注意。


 あなたも殺してわたしも死ぬ! 的なあれだった。勘弁してくれ。


「これってもうですよね、結婚するしかないですよね!? 今すぐ誓いの言葉を女神さまの元で誓って、誓約の口づけを──」


「ま、待ってくれ!」


 キラキラしたお目々のまま猛スピードで話が明後日の方向へ逸れ始めたのを、慌てて止める。


 これで、もしも誓いの言葉なんかを流れのままに口走ってしまえば、『結婚』判定となり、冒険カバンと財布が共同のものになって、お互いの位置が離れていても分かるようになる。


 つまり、逃げられなくなる。このやべぇやつから。


「どうしてですか! うんめーなのに!」


「いや、まだお互いのことも良く知らないし……」


 ……いや? いやいやいや?

 俺は何を言ってるんだ?

 まるで互いを理解し合えれば結婚してもいいみたいじゃないか。


 まずい。頭が上手く働かない。


「あぅ……」


 自分が何を言っていたのか、ようやく理解したのだろう。

 ぽっ、と音が出そうなほど耳まで真っ赤に染まった。もじもじとつま先を閉じたり、開いたり。


 ……正直、めっちゃかわいいし、ノア様と一緒に暮らすトラップダンジョン動画の需要も分かる気がする。


「……えっと、ああ、そうでしたっ! 結婚するなら、まずは自己紹介からですよねっ!」


「そうじゃねぇ!」


 どうしてそっち方向へ持って行きたがるのか。そもそも13歳設定の女の子と結婚なんて無理がある。


 ……そういえば、『光の聖女ノア』は公式設定がモンスターに捕まっていたとなっているため、あっち方面で中々の人気があったな。

 ノアを描く同人作家──通称、ノア師は数が少ないものの、熱意は素晴らしく、数々の神作を生み出していた。


 まあ、俺は初期からパーティに合流する『吟遊詩人ティレム』推しなのだが。

 早くこの狂った世界に彼女が現れて、癒しをプレゼントしてくれないだろうか……。

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