11.『第一級ヒロイン』
光の亀裂が幾重にもはしり、壁画が粉々に打ち砕かれていく。
重要な文化財を破壊しているようで気が引けるが、今はもっと大切なことがある。
やがて、少女が埋まっている岩だけ綺麗に取り残され、残りの壁画は天剣が粉々にしてくれた。
いい加減腕が取れそうなので、冒険カバンに天剣をしまってから、少女が埋まっている岩に近づく。
「……見れば見るほど、どこかで見たことのあるような気がするんだよな」
岩に手を当てて、『冒険カバンに収納する』。
すると、岩と判定された部分のみが冒険カバンに吸い込まれるようにして消えて、少女の身体が宙に投げ出された。
「おっと」
慌てて抱きかかえる。
ゲーム時代では、フィールドのオブジェクト扱いだった『岩』なんてもちろん収納できなかった。しかし、ここはゲームではない。試しにやってみたが、上手くいったようだ。
冒険カバンにつけられたバッチが、真っ赤なバッテンマークになる。流石に容量がいっぱいになってしまったようだ。
「うーん」
薄い衣一つまとった姿は、どこか神秘的であり、思わずまじまじと見てしまう。
線の細い身体に起伏の滑らかな体躯。歳は10を越えた辺りだろうか。
「……いや、まさかな」
一人だけ記憶に該当する人物がいた。そのヒロインはゲーム終盤にぽっと出のように現れては、全力でプレイヤーのことを刺し殺そうとするサイコキラーだった。
まさにシオシオの理不尽を小さなその身に体現したようなヒロインだったのだ。
格好は、今まさに俺が抱えているような女の子で──
「…………っ」
「──」
ゆっくりとまぶたが開いていく。
瞬間、凄まじい悪寒が俺の背筋を駆け巡った。
「ま、さか」
今、予想した通りの人物であれば、俺がシオシオをプレイしている最中にこいつに殺された回数は三桁に及ぶ。
記憶がどんどんパズルのピースを嵌めるように合わさっていく。
──道具屋のNPCと会話した直後に刺し殺された。理由は、笑顔を『わたし』以外に向けたから。
──仲間と談笑している最中に刺し殺された。理由は、『わたし』をほったらかして、ないがしろにしたから。
──モンスターと戦っている最中に背後から刺し殺された。理由は、なんだか『わたし』と喋っているときよりも楽しそうだったから。
エトセトラ、エトセトラ……。
「ひっ、」
……………………やばい。
やばいやばいやばい。
やばいやばいやばいやばいやばい!!!!
すぐさま腕に抱えた『彼女』を放り出して、回れ右しようとしたが、その前に『彼女』の腕が首に回されて、ぎゅっと抱きしめられた。
「…………、」
時間が止まったような気がした。
やがて、『彼女』はゆっくりと顔を上げると、記憶の中にある顔そのままで、満面の笑みを花開かせて──
「──わたしの勇者さま、勇者さまだ!」
彼女の名前は、『光の聖女ノア』。
魔王討伐の終盤にて、モンスターの封印から解放されたとして仲間に合流するヒロイン。
封印を解いてくれた(解いた覚えはない)プレイヤーに、病的なまでに付き従い、恋路を邪魔する理屈やら幼女と結婚する倫理的問題とかを愛の彼方へ吹き飛ばす。
ついでに、他のヒロインたちの命やらプレイヤーの命やらも吹き飛ばしてしまうこともある。
一度でも『結婚しよう』や『大切にするから』などの言葉を言ってしまえば、元々ありえないほど高かった好感度が即座にMAXに振り切れて、プレイヤーに手錠を繋いでこようとしてくる。
ついでに迷宮系のトラップダンジョンにわざと引っかかって永久に出られないようにもしてくる。
それでも、愛らしいビジュアルと重すぎる愛情表現に心を撃ち抜かれたプレイヤーは数多く、『トラップダンジョンの底でノア様と幸せな生活〇〇〇日目』とかいう動画をシリーズとして出している人もいるくらいだ。
「うわあ、わあああ!! 勇者さま! 勇者さま! ずっと待っていました、わたしの勇者さま!」
「……………………」
今、俺の手を頬にすりすりしている女の子が、シオシオ開発の無邪気な悪意の具現化とも言われている──
第一級ヤンデレヒロイン、その人である!
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