10.『いしのなかにいる』
「なんだよ、これ……」
壁画の中に女の子が埋まっていた。
こんなイベント、ゲームの時にも見たことがない。というか、壁にNPCが埋まっているイベントがあるなんてまず存在しないだろう。
一部の変態が歓喜しそうなイベントをシオシオプレイヤーが見逃すはずがないのだ。
「生きてる、のか……?」
この世界では、HPが全損する──つまり、死亡すると光の粒になって消えてしまう。
つまり、この少女はまだ生きている……はずだ。
先ほどからぴくりとも動かないのを見ると、女の子の形をした石像だと言われたほうが信じてしまいそうになる。
俺はある可能性に思い至った。
「もしかして、NPCめり込みバグ──『いしのなかにいる』なのか!?」
シオシオでは、とあるイベントを同時進行させて競合させると進行NPCが二人現れたりする。これだけでもおかしいのだが、同じ位置座標にNPCは同時に存在できないため、座標から押し出されることがあるのだ。
そうして押し出された先は『岩』の中だったり、『建物の外壁』だったりとプレイヤーが移動不可能な座標位置に押し出されることがある。
これが通称『いしのなかにいる』バグだ。
シオシオのオブジェクトは、表面にテクスチャを貼り付けたものではなく、無駄に岩の中までぎっしりと中身が詰まっている場合が多いため、大抵の場合NPCは、『窒息ダメージ』を受けて死んでしまう。
これによりクエスト進行NPCが不慮の事故で死んでしまって、詰んでしまうということが頻繁に発生した。
シオシオがクソゲーと呼ばれる要因の一つとして確実に挙げられる。
「めり込みバグがこんなところで? てか、この子……誰だ……?」
壁画から突き出ている女の子の顔を確認する。
線の薄い幼い顔立ちに整った鼻梁。髪は輝くような淡い金髪のショートヘアにインナーカラーはピンク、と明らかに作り込まれたアバターだった。
村人や道具屋のNPCにこれほどまで作り込んだアバターは設置しない。
何か、重要なクエスト用のNPCか……?
「いや、考えるのは後だ。今は『いしのなかにいる』この子を何とかして助けないと」
幸いなことに、この子は壁画の外に顔を出していることで『窒息ダメージ』は受けずにすんだようだった。
にしても身体は壁画に埋まってて、常識的に考えてそれでも死ぬだろ、という状態ではあるのだが、システムが死亡判定を出していないということでありがたくこの子を助け出させてもらおう。
「見事に埋まってるなぁ」
少女の肌色と壁画の石がほぼ融合している。これは無理矢理引き剥がせば、スプラッターな光景になりそうだ。
とりあえず、女の子の埋まっている部分だけ、切り出そうとブロンズソードを壁画に叩きつけてみたが見事に弾き返されてしまった。
「うげっ、マジかよ」
……いや、剣で岩壁が切れるとは思ってなかったけれども。ゲーム的にはもしかしたらという思いもあったのだ。
その結果が、耐久度を大きく損耗して刃の潰れた見た目になったブロンズソード。
「だったら!」
俺はもうヤケクソで、冒険カバンから豪奢な飾りのついた大剣を取り出した。
手に持った瞬間、肩が外れそうになり慌てて両手で握る。軽く曲がった刀身が黄金色のきらめきをみせた。
「へへ……これならどうだ?」
──『天剣アマノサメ』
天空城バルトリアスの目玉武器で、先ほど回収した財宝の中に入っていたものだった。
手のかかった流麗なグラフィックに、圧倒的ともいえる性能。
発売前のPVでは、この武器を片手で振り回してドラゴンを一刀両断する可憐なヒロインの姿に、シオシオの期待値を爆上げする要因となった。
しかし、シオシオが発売されて以来、『天剣アマノサメ』は圧倒的ゴミ武器として扱われることとなる。
それはなぜか?
「相変わらず重いな、これ……!」
要求筋力値を満たしていないからなのか、先ほどから腕の筋肉がプルプルしてまともに持ち上がらない。
そう、『天剣アマノサメ』は要求筋力値800オーバーのゴリラ武器。
シオシオ最強武器の一角にして、ゴミ武器の一つである。
そもそもプレイヤーレベルを上げるのが死ぬほど大変で、もはや苦行とまで言われた本作にて、そこまで育成を頑張るプレイヤーの数は少ない。またプレイヤーレベルをカンストしても、最終的な筋力値は800未満までしか育成できない。
両手剣であれば筋力値の要求は納得できたものの、発売前PVの通り『天剣アマノサメ』は片手剣カテゴリに属する武器だった。
何を考えたか、シオシオ開発はこのゴリラ武器を片手で振り回せとおっしゃっているのだ。
まともに扱うためには、装備やドーピングアイテムなどをフル活用して筋力値を底上げする必要がある。
筋力値を上げる装備は、大抵の場合、耐久を犠牲にしている事が多いため、この剣を装備可能まで持っていくとペラッペラの紙装甲とならざるを得ない。
『天剣アマノサメ』は城壁をバターのように切り裂くと言われているが、それを握った者の身体はポップコーンのように弾け飛ぶとも言われている。
それが究極のロマン武器にして、マゾヒストの変態専用装備とも言われている──『半裸部族ペイントの天剣ビルド』である。
……RTA的にはわりかし選択肢に上がることがあるし、俺は天剣ビルド大好きなのだが。
もちろん、こんな序盤で天剣は使いこなせない。気を失っているとはいえ、少女の前で半裸になる気もない。
ぶきや ぼうぐは かならず そうびしてください! もっているだけじゃダメですよ!
との有名な言葉もあるように、ゲームでは、武器は『装備』するまで使えなかったし、『装備』するにも要求筋力値や器用値を満たす必要があった。
「だけどな、ここなら──!」
腕が飛んでいきそうなのを抑えて、天剣を構える。──現実世界なら武器は『装備』する必要はない!
「くだ、けろ──っ!」
斬りつけるよりも、剣に振り回されて叩きつけるような格好で、俺は壁画に天剣をぶち込んだ。
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