9.『一回目のトラウマ』
あの後、数十ものトラップと防衛ゴーレムの巡回をくぐり抜け、俺は今、天空城バルトリアスの宝物庫にいる。
「ざいほーざいほー、ざーいーほー」
宝物庫に山ほど積まれている宝箱の中身を片っ端から『冒険カバン』に流し込む。
使い捨てアイテムだが、装備すれば即死攻撃をギリギリで踏みとどまる『救命の護符』。シオシオ最強装備の一角である『天王シリーズ』が特に魅力的なアイテムだ。
……強い装備を手に入れても今のステータスでは『過重』扱いとなって装備できない。やっぱりレベルを上げる必要があるのだが。
「でも、これでひとまず安心できるな」
即死を防ぐ『救命の護符』が俺の心の余裕を保ってくれるだろう。
取り敢えず、ありったけ服の内側に貼り付けておく。命は大切だからな!
『冒険カバン』はサイズ以上のものでも何でも入る四◯元ポケットも驚きの性能をしている優れものだ。
流石に天空城のアイテム全てが入るというわけでもないため、冒険カバンの拡張をする必要があるのだが。
「……シャード襲撃イベント、か」
俺は顔を歪めて、苦い記憶を思い出した。
シオシオを買ったばかりの頃、ワクワクした気持ちでシャードの街を歩いていた時のことだ。
街の人たちは、みんな良い人たちばかり。道具屋に入れば新米冒険者だからといって、薬草をおまけしてくれたり、武器屋では無料で武器の耐久度を回復してくれた。
裏通りに入れば、ちょっとエッチで過激なギャンブル場があって、そこで色々と手酷い失敗はしたものの総じて良い思い出と呼べるものだった。
特に気に入っていたのは、シャードで巻き起こる連続イベントだ。
街を守る衛兵に憧れる女の子をシャードの衛兵試験に合格させるというもの。
表情がころころ変わって、可憐に微笑む彼女は多くのシオシオプレイヤーの心を奪っただろう。
シナリオも良い。
街角で出会った彼女と一緒に衛兵試験に挑む物語。
山あり谷あり。涙と感動あり。彼女の過去を端に発する衛兵を目指す理由。家族との喧嘩別れ。父親の親心に年若いながらも気づき、それでも反発する彼女の気持ちには、流石の俺でも涙が流れそうになった。
そして、ついに衛兵試験の合格発表の時。
彼女が、プレイヤーである俺に向かって涙をこぼしながら『ありがとう』と微笑むシーンで……。
彼女の頭をレッサーゴブリンの放った矢が貫いた。
『は? え、』
俺はもうパニックだった。
突如として始まった『シャード襲撃イベント』。
街の至る所で炎が上がる。悲鳴と慟哭がこだまする。
ほんの先ほどまで親しくしていた街の人たちが、容赦なくモンスターの凶刃に倒れていく。
『冗談じゃねぇ!』
俺は咄嗟にVRゲームをログアウトし、即座にロードした。
だが。
襲撃イベントの最中は、常にセーブポイントが更新される悪魔のような仕様だった。
戻った俺を待ち受けたのは、目を逸らした炎と悲鳴。
『クソッ……クソッ……!』
戦いの途中で降ってきた雨。
俺は何度も何度も体力ゲージを全損させながら、優しい武器屋のおっさんに鍛えてもらった剣で、来月には結婚する予定だと幸せそうに語った道具屋のお姉さんから貰ったポーションで、必死に戦い抜いた。
後に残ったのは雨に濡れた瓦礫と誰もいない街。モンスターの制圧区域扱いになり、灰色に染まったアイコン──『シャード跡地』だけだった。
俺は泣いた。
衛兵を目指して鍛錬を続けていた彼女……試験前日の夜に渡された『お守り』を握りしめて、これがゲームであることも忘れて、泣いたのだ。
後になって聞いた話だが、シャード襲撃イベントはプレイヤーの『敗北イベント』だったという。
覚醒前、経験値取得に制限がかかった状態で途方もない時間をかけてレベルを上げても、全く歯が立たなかった。
倒しても倒しても現れてくるモンスター。
最初はレッサーゴブリンなど弱いレベル帯のモンスターだが、倒すにつれて更に凶悪なモンスターが続々と、無限に現れるという。
つまるところ、シオシオ開発は始めからこんなシャードという良心溢れた街を残すつもりなんてなかったということだ。
シャードは、シオシオがどんなに過酷な世界観であるかを表すだけの、ただの踏み台に過ぎなかった。
それに気がついたときの俺の気持ちは、もはや言葉にはできないだろう。
開発会社と運営のメールサーバーに、クレーム作成botを送りつけてやろうかと考えたほどだ。
だが、ここはシステムに規定されたゲーム世界ではなく、現実世界である。
プログラムの縛りは薄く、少しの干渉があれば、きっと強制敗北イベントでしかなかったシャード襲撃イベントを回避して、あの女の子を救うこともできるはず……!
「おっ、『天王のマント』じゃん! これ、売るとめちゃくちゃ良い値がつくんだよなあ!」
だから、財宝を見つけてキャッキャしているのも、全部シャード襲撃イベントの阻止の準備のためなのだ。決して私欲のためではない。
「あれ? あんなところに通路なんてあったか……?」
卵のような大きさの宝石でおはじきしていた俺が見つけたのは、ひっそりと目立たないように造られた通路だ。
記憶にある天空城のマップと重ねてみても、覚えがない。
「……んん?」
通路を進んで行くと、見る見るうちに辺りが暗くなっていく。
どうやら天空城の下層へ続く通路らしい。
天空城の下層に存在するコロシアムには、天空城の守護竜という設定の大ボス《白銀竜アルマ》がいるのだが……まさか、そんなところにまで到達しないよな?
それに、未知の通路ということは、未知のトラップが仕掛けられているかもしれない。あのねちっこくて有名なシオシオ開発のことだ。
宝物庫に浮かれて謎の通路に足を踏み入れたプレイヤーを即死させるに足るトラップを配置している可能性がある。
もしかすると、この瞬間に通路の両側の壁が開いてゴーレムが百体出てくるとか、そういうことをするのがシオシオ開発なのだ。
「……?」
しかし、いくら待ってもトラップは発動しない。守護ゴーレムが大挙として流れ込んでくることもない。
そして。
「はぁ〜、ビビらせやがって」
通路の奥には、何もなかった。
さらなる金銀財宝も、極悪非道な隠しボスも何もない。
ただ、謎の文字で書かれた壁画とその壁画にめり込んでいるような『モノ』があった。
「は……?」
気づく。
そう、壁画にめり込むようにして、埋まっていたのは小さな女の子。
頭だけ外に出した、金髪の少女だった。
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