6.『集結した力』

「はぁあああああ!!」


 俺が振るうブロンズソードは、ゴブリンシャーマンの振るう杖に呆気なく叩き落され、崩れた体勢に凄まじい速度で杖が突き込まれる。


 ゴブリンシャーマンの杖に刃はなく、捻くれた太い木の棒にお飾り程度のペイントが入っているだけだ。

 しかし、このスピードで身体を突かれれば、例え『刺突属性』を持たない武器であっても風穴が空いて余りあるだろう。


「っ、危な──」


 ローリングで必死に避けるが、そのタイミングで容赦のない蹴りが、──ブロンズソードの腹を盾にして受ける。


「グはッ──!?」


 まるで自動車に突っ込まれたかのような力で吹き飛ばされた。

 所々に岩がせり出した草原を転がる。下が草地で助かった。岩に直撃していれば死んでいただろう。


「これが、ゴブリンの、パワーかよ……っ!」


 攻撃力−防御力=ダメージ。


 俗に言う『アルテリオス計算式』を採用しているシオシオでは、レベルの差はそれだけで勝敗を左右する。

 体力がじりじりと削られていくのを肌で感じる。体力を全損すれば、死だ。


 ……このままじゃ、ダメだ。


 ゴブリンシャーマンの表情は怪しげな仮面に隠れていて見えない。ただ、無様に転がっているこちらを静かに見つめて──いや、観察している。


 仮面から除く青白い目には、レッサーゴブリンどもと違ってプログラムの支配を振り払った明確な知性を感じた。


「……っ」


 直感する。

 こいつのせいだ。

 ビギナーエリアに、似つかわしくない『レベル15』という表記。

 プログラムの支配から脱して、本来はダンジョンでしかポップせず、ダンジョンの外には出られないというルールを突破したモンスターだ。


 間違いない。

 辺り一帯のゴブリンをまとめ上げ、レッサーゴブリンにゴブリンリーダーの角笛を渡したのがこいつだ。


 ゲームに縛られない、特異な存在。

 プレイヤーと同じく、この世界のルールに気づいたモンスター。


「お前も──俺と同じか」


 言葉の意味が分からずとも、そのニュアンスは伝わったのだろう。

 ゴブリンシャーマンは初めて、他のゴブリンと同じようにケタケタと笑った。


「……ふぅ」


 明確な死が、形を成して俺の命を刈り取ろうとしている。

 肌が沸き立つような高揚感。跳ねる心臓の鼓動。


 だが、俺は今までにないほど冷静だった。

 ゴブリンシャーマンは魔法を放ってこない。それは、これほどの距離ならば自分も巻き込んでしまう恐れがあるから。


 やはり、賢い。


「……だけど、それだけだッ!」


 低い姿勢を保ったまま、俺はブロンズソードを片手に構えて、一息にゴブリンシャーマンに接近する。

 迎え撃つのは杖だ。ブロンズソードを弾こうと凄まじいスピードで振るわれる。

 しかし、ブロンズソードが弾かれることはない。


 パリンッ!


 快音とともに火花のようなパーティクルが散った。

 衝撃波が発生し、初めてゴブリンシャーマンがノックバックで後退する。


「『ジャストパリィ』!」


 困惑したような唸り声が聞こえた。


「──からの、『ブレイク』ッ!!」


 初期から覚えている汎用スキル──『ブレイク』が発動し、グンッ、と身体が加速される。

 ブロンズソードが輝かしい軌跡を描いて、体勢を崩したゴブリンシャーマンに追撃する!


「ぶっ飛べ!!」


 光り輝く刃ががら空きの胴に吸い込まれて、敵を吹き飛ばした!


 空高く舞う濃緑の小鬼。

 怪しげな仮面が振り落とされて、俺の足元にカラカラと転がる。


 それに手を伸ばした瞬間、前方から濃密な殺意を感じた。


「……そうだよな……レベル15は伊達じゃないってことだよな……!」


 立っている。

 こちらがいくら攻撃しようが、敵の耐久が高ければ0ダメージだ。逆も然り。敵が強ければ、こちらの耐久なんて紙と同じなのだから。

 ゴブリンシャーマンに与えた傷は見当たらない。

 ──ノーダメージ。


 仮面を外したゴブリンシャーマンは、他のゴブリンたちと変わらないように見えた。


 ……目が違う。

 幽鬼のような青白い目。

 他のモンスターとは違う、知性と野蛮を同居させた目。


「……ふ」


 ステータスウィンドウを呼び出して、ある項目を確認する。そして、思わず笑みを浮かべた。


「……ははっ! そうこなくっちゃな」


 そこには、今さっき習得したばかりのスキル──筋力が『30』以上なければ習得できないはずのスキルが表示されていた。



 『飛び込み斬り』

 習得条件

 筋力:30以上。

 片手剣カテゴリ熟練度F以上。


 ──《条件達成により習得可能》



 俺の筋力値は14だ。

 本来であれば、習得できないスキル。


 種明かしといこう。

 『筋力増強の指輪』の効果は筋力ステータスの10%分を筋力に加算するというもの。


 俺は今、両手の指輪全てに『筋力増強の指輪』を装着している。

 元のシオシオでは、意味のなかった行為。

 ただチャラい人を作って、せいぜいネタにする程度の行為。


 それが、今、シオシオは現実世界になった。

 鬱陶しいVRゲームのシステムから切り離されて、自由になったのだ。


 レベル1の俺の筋力値は初期ステータスの10。アクティブポイントの4を全振りしたため14だ。それを100%とする。


 筋力ステータス100%を加算する『筋力増強の指輪』の効果を足し合わせると、

 ──100×1.1=110%となる。


 だが、ここで見てもらいたいのは10%増加するという増加分の参照ステータスが『元ステータス』ではないということ。


 ここがVRマシンに支配されたゲーム世界ならばそれでも良かった。アクセサリーは一つまでしか適用されないためだ。

 だが、現実世界になったこの世界では指輪は十個までつけられる。お金があれば、一本の指に複数の指輪を嵌めることだってできる!


 ──この世界が装備の説明テキストをそのまま再現しているとすれば、だ。


 俺は今、『筋力増強の指輪』を十個嵌めている。ゲームではアクセサリー枠が一つしかなかったが、ここは現実世界であり──指輪はつける分だけ効果が発揮されることが分かっている!


 元ステータスは100%。これに指輪分の1.1をかけて110%。

 そして、これを指輪の数だけ繰り返せば──

 100×1.1¹⁰=259

 259%もの数値となる!


 アクティブポイントを全振りした筋力値14を、2.59倍もすれば──筋力は余裕で30を越えるのだ!!


 ここがゲームであって現実であるならば、きっと。

 俺は、この世界でもやっていける。


「お前は、強かったよ」


 HPは、残り少ない。

 あの杖に直接当たらなくても、ガードした衝撃の微ダメージできっと俺は命を落とす。


「だがな」


 足に力を込める。

 剣に光が収束して、スキルが発動する──


「──俺のほうが、ずっと、上にいる!!」


 加速感。

 視界がぶれる。


 目の前に現れたのは、ゴブリンシャーマン。

 『飛び込み斬り』はターゲットした相手にめがけて一直線に飛び込んで、剣を叩きつけるスキル。


「これで、終わりだぁあああああああ!!!!」


 俺はゴブリンシャーマンの脳天──ではなく、その向こう側のに切っ先を叩きつけた!


 瞬間──ぶつりの ほうそくが みだれる!


 ありえないような角度で、飛び込み斬りをした俺の身体は空高くまで吹っ飛んで打ち上がった!


 尻を突き出した状態のまま、猛スピードで空を飛ぶ。自分でやっておきながら、人間の動きとは到底思えない!


「あばよぉ〜! クソゴブリン〜っ!!」


 これぞシオシオRTA、基本中の基本。

 身体に込められた加速度を『ブロンズソードの飛び込み斬り』を用いて上向きベクトルに変えるという、


 『銅剣無限飛行術』だ!

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