5.『誇り』
シオシオには、多くの装備品が存在する。
剣や斧、槍などの『武器』。盾なども一応このカテゴリに含まれている。
服や鎧、手袋やマント、仮面などの各部位に応じた『防具』。
そして、指輪やペンダントといった『アクセサリー』だ。ボディーペイントやフェイスペイントなどもここに含まれる。
システムの都合上、武器や身体防具はそれぞれの箇所に一つだけしか装備できない。
リアル寄りのVRゲームとして、無理矢理に重ね着はできる。しかし、それはあくまで『見た目装備』として判定される。
例えば、薄手の服である『旅立ちの服』と重厚な鎧である『鋼鉄鎧』。
『旅立ちの服』を着たまま『鋼鉄鎧』を装着した場合、先にセットした防具のほうが優先されて、効果が発揮される。
見た目は『鋼鉄鎧』だが、システム面では『旅立ちの服』を着ていることになるため、レッサーゴブリンに殴り殺される鎧姿といった演出もできる。
その仕様が発見されて以来、度々シオシオの界隈ではネタ動画が上がることもあった。後にリアル裁判所まで巻き込む大炎上に繋がった『はだかの王様事件』は流石の俺でも戦慄することになるのだが。
つまるところ、これは指輪などのアクセサリーにも同じことがいえる。
いくらゲームの中で全部の指に指輪を装着しても、最初に嵌めた指輪にしか効果はない。
そう。ここがVRゲームのままであれば。
◇
「くそっ、しつこい!」
全力疾走しながら、俺は両手の指輪を確かめる。『筋力増強の指輪』──筋力を10%上げてくれる優れものだ。
プレイヤーの移動速度は敏捷を主に参照しているが、筋力も移動速度と隠しステータスであるスタミナも微妙に補正してくれる。
推奨レベル1から3のフィールドならば、これくらいで十分だと思ったのに……!
遠く離れたゴブリンの群れから、俊敏に飛び出してくきた敵がいた。まるで彗星のごとく俺に向かって突っ込んでくる!
レベル15──ゴブリンシャーマン
本来であればダンジョンにいるべき敵であり、レベル1の俺が勝てる相手じゃない!
怪しげな仮面を被ったゴブリンシャーマンは、筋力値が増強されているはずの俺に追いついてくる。
「うっそだろ!? シャーマンならシャーマンらしく、ちくちく遠距離で攻撃してこいや!」
その言葉に応えたかどうか分からないが、シャーマンが構えた杖の先端にオレンジ色の火球が生まれる。
やばい。
チリリ、と今までRTAを走り続けて極限まで研がれてきた感覚──もはや第六感というべきものが、激しく警鐘を鳴らしている。
「──っ!?」
俺は走ることを止めて、無様に地面に飛び伏せて、手で頭を守った。
ゴウッ!
空気に穴が開くような異音とともに、空間を貫いた火球は直前まで俺の頭があった場所を通り過ぎて地面に激突。
まるでサーモバリック爆弾のような爆炎を立ち昇らせて、衝撃波が俺の身体を吹き飛ばした。
「くそったれがあぁあああああ!!!!」
あれが魔法か!?
ゴブリンシャーマンが使う魔法なのか!?
確かにシオシオでは、魔法のエフェクトは派手だったけれども!
自重しろよ! リアルにそのまま持ってくるんじゃねぇ!!
「ぐはっ、ぐえっ……!」
ごろごろと転がり、パラパラと土の欠片が顔に当たる。
ブロンズソードを地面に突き立てて、立ち上がると目の前には異様な圧迫感があった。
レベル15──ゴブリンシャーマン
怪しげな仮面を被った深緑の小鬼が、こちらを静かに見つめている。
シオシオの世界観では、レベルは生物としての格だという。
つまるところ、俺はあのクソゴブリンよりも格が一回りも二回りも小さいということだ。
サークルの色は血のようにどす黒い赤。──適正レベルを大きく超えている。
「……はぁ……はぁ……!」
鼓動が早鐘を打つ。ゲームにはなかった汗が、背中をびっしょりと濡らしている。
逃亡は不可能だ。逃げれば即座に魔法で殺される。
ならば──攻めるしかない。
相手はゴブリンシャーマンだ。魔術師なのだから、近接戦は多少なりとも不得手のはず。
ミサイルのような火球を飛ばしてくる相手に遠距離で戦うなど正気の沙汰ではない。
「……勝てるのか……?」
恐らく、一発でもあの杖で打たれれば死ぬ。レベル1の紙耐久とはそういうものだ。
ブロンズソードを持つ手が自分の意思と関係なく震えてくる。
「落ち着け……落ち着け!」
舌を噛んで、身体の震えを抑えようと努力する。
ゴブリンシャーマンはまだ動かない。──仲間を待っているのか?
だが、あの群れの索敵範囲からは遠ざかったはずだ。仲間を呼ばれるにしても角笛をもう一度吹かせないようにすれば、大丈夫な、はず。
……。
…………。
……はず? 『はず』、だと?
「……」
お前はいつからそんな不確定な『はず』というものに頼ってきたんだ?
RTAでは、全てを制御してきた。
乱数、敵の挙動。仕様にバグ。
その全てを、お前は頭に叩き込んでいる。
それなのに、『はず』だと?
ふざけるのも大概にしろ、相原湊。
お前は、そんな人間じゃない。
「ははっ……そうだったな」
ピタリ、と震えが止まった。
頭の奥が冷たく冴えて、視界が広がりを見せる。ゴブリンシャーマンの呼吸のタイミングが手に取るように見えてくる。
「俺は、シオシオを愛してきた。発売日から世間にシオシオが貶されて、プレイヤーがどんどん他のゲームに流れていっても、俺は遊んできた! 友達も作らずに、ずっとだ!」
ブロンズソードをゴブリンシャーマンの仮面に突きつける。
獰猛に、歯を剥き出した。
「ゴブリン風情が、シオシオRTAを走り切った俺に勝てるとでも思ってんのか? ──あの灼天竜とかいうクソドラゴンを18時間かけて削り切ったプレイヤーを舐めんじゃねぇッ!!」
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