4.『クソゲー異世界の受難』

 とある街で平和に暮らしていた主人公。

 ある日、そこに魔物の軍勢がやってきて、主人公の故郷を滅ぼしてしまう。

 家族を失い、友人も失い、大切な人は魔物によって連れ去られた……。

 主人公は怒りに燃え、魔物に復讐するため──そして、大切な人を取り戻すために世界を巡る壮大な旅に出るのだ──。



 そんなストーリーは、今時ありふれているだろう。ゲームのオープニングとしては王道の一つだ。


 しかし、シオシオはいわゆる『ストーリーRPG』ではない。主人公たるプレイヤーに細かな設定も存在しなければ、生まれ育った故郷の街がゲーム内にあるわけでもない。


 しかし、ここに一石を投じた……というか投じてしまったのが、シオシオである。


 通称『罪悪感の押し売り』。

 襲撃イベントで始まりの街に攻め込んできたモンスターは、次々とこう口にするのだ。


『プレイヤーがいたから街に攻めた』 

『プレイヤーは魔王様にとって危険な存在』

『プレイヤーの出自には実は秘密が──』


 なんとシオシオは、スタートの強制イベントで『モンスターが街を滅ぼしたのは自分のせい』ということにしてくるのだ。

 全く世界観も知らない状態から、理不尽にも押し付けられる『RPGの主人公に相応しい設定』。


 最悪である。

 ただでさえ、VRゲームという現実と遜色ないリアルなグラフィックで街が焼けて、人が死んでいくのを見せつけられた上でのこれだ。


 このせいでVRゲームに対してトラウマを持ったというプレイヤーが量産されたことは言うまでもない。

 発売されてから数年が経つのに『シオシオ被害者の会』が声を上げ続けているというのが被害の大きさを表しているだろう。

 開発は何かしらの法に触れないだろうか?


 心を殺して、どうせ襲撃されるんだったら見捨てて逃げてしまえばいいんじゃないか、とも考えた。


「…………いや、そんなのダメだ」


 頭に浮かんだその考えを、俺は即座に否定する。

 

 この世界のNPCはゲームとは違って人間と同じように暮らしている。それを知ってて見捨てるなんて、俺にはできやしない。

 それに……。


「シャード襲撃イベントの後には、プレイヤーの覚醒イベントがあるからな……」


 それを踏まなければ、経験値の取得に制限がかかって、レベルがまともに上がらない。

 いわゆる『過度なレベル上げによるストーリー無双』を嫌ったシオシオ開発による悪辣な罠である。




 平原を歩くこと数分。

 商人ライトバーグの馬車はもう見えない。

 そして。


「やっぱり来たか! モンスター!」


 目の前には深い緑色をした醜悪な小鬼が棍棒を振り上げてケタケタと笑っていた。


 レベル1──『レッサーゴブリン』と視界にステータスが表示される。レベルの周りを取り囲むサークルの色は適正レベルを示す淡いピンク。

 数は三体だ。


 ここ、シェードの西にある平原──『ノラ平原』は始まりの街周辺のビギナーエリアということもあり、適正レベルは1から3あたり。

 防具も何もつけていない今の俺では心もとない。


「へっへっへ……このブロンズソードの錆にしてやるぜ!」


 商人ライトバーグから仕入れた『ブロンズソード』は初期武器のショートソードより数段優れた武器だ。シャードの武器屋で手に入る最高の武器でもある。

 つまるところ、攻撃力は問題ない。

 敵の攻撃は躱せばいい。


 一斉に飛びかかってきたレッサーゴブリンたちは、互いの連携などを歯牙にもかけないような乱雑な動きで、棍棒を振り下ろしてくる。


「──!」


 それを後ろに一歩下がることで躱す。

 がら空きの胴めがけて、ブロンズソードの横薙ぎを叩き込んだ。


 癖になるような悲鳴をあげて吹き飛んでいくレッサーゴブリン。血のように真っ赤なパーティクルを撒き散らして呆気なく消滅する。


「ファーーー!! 甘い甘い! レッサーゴブリンASMRを聞かせろぉ!」


 ちょっぴり変なテンションになりつつも、剣をレッサーゴブリンの喉元に向けて警戒する。


 レッサーゴブリンが発するキモカワな悲鳴がどうにも一部の変態どもの琴線に引っかかったらしく、動画サイトでは二時間に渡ってレッサーゴブリンを虐殺する動画が流行ったことがあった。


 『レッサーゴブリンASMR』と名づけられたそれは、とあるプレイヤーが一切の実況も解説もつけずに、攻撃力が一番低い『素手』でレッサーゴブリンを殴り続けるという動画である。

 驚きの再生回数、四十万回。


 この衝撃的な動画が一時期ネットを外れて、テレビニュースにも取り上げられ、何を勘違いしたのか動物愛護団体が開発に猛抗議して、大炎上を引き起こしたという事件があった。


 その頃の俺は、シオシオRTAの壁の一つである『灼天竜』、別名クソドラゴンをどうやってぶち殺そうかと日々黒い執念を燃やしていたので気づかなかった。後日まとめサイトで取り上げられた動画を見て変な笑いが出てしまったものだ。


 仲間があっけなく倒されたのを見て、怒りに燃えるように突撃してくる二体のレッサーゴブリン。


 ブロンズソードの腹で棍棒を受け止めてからの、返す刃で棍棒を切断──『武器破壊』だ。

 驚きに棍棒を取り落とすレッサーゴブリンの腹を蹴り飛ばす。


「これで二体目っと!」


 瀕死のレッサーゴブリンに剣を突き立てると、バシャッ、と死体が弾けて光の粒に変わっていく。

 周囲の警戒にぐるりと視線を走らせると、敵の姿はいなくなっていた。


「……あれ、もう一体いたはずだったんだけど」


 三体のうち一体は逃げたのか。

 確かにシオシオのモンスターは『低レベルのモンスターは高レベルのプレイヤーに近寄らない』というプログラムがされていたはずだ。


 俺のレベルは変わらず1。

 レッサーゴブリン二体ではレベルの一つも上がらず、ドロップアイテムは何もない。


「相変わらずドロップ率が激渋なんだよなぁ」


 しかし、戦闘中に同レベルのモンスターが逃げ出すなんて、今までのゲームでは考えられないことだった。

 シオシオが現実世界になったことで、モンスターたちの行動パターンも変わったのだろうか。


 ぞくり、と肌を撫でた怖気。

 ……いつものゲームのように行動していたが、今の俺は危なかったのではないか。

 レッサーゴブリンの棍棒だって、レベル1の俺からしてみれば十分な脅威だ。


 『スタンピード』というイベントがある。

 ランダムでダンジョンに潜っている時に発生するが、このイベントではモンスターが何百体もの大群で襲ってくることもあるのだ。


 ……今の俺に、対処できるのか?

 呆気なく殺されているんじゃないのか?


「……ダメだな、俺は」


 ゲームの世界に入ってから、常に心の片隅にあった高揚感に冷水をかけられた気分だった。


 ここは現実。

 モンスターは単純なプログラム通りに動くとは限らない。

 奴らも生き残るために、こちらを心の隙を突いてくるのだ。


 例えば……戦闘が終わったと思い込んで、呑気にドロップアイテムが落ちていないか探すプレイヤーなんかを……。


 ブォオオオオオオォ゙ォ゙ォ゙〜〜〜!!


 突如として、高らかな角笛の音が響いた。


「──っ!?」


 遠く離れたところまで逃げていたレッサーゴブリンが、懐から取り出した角笛の空に掲げている。


「嘘だろ!? レッサーゴブリンの癖に……」


 まずい、まずい!

 あれは仲間を呼ぶ合図だ!

 しかし、あの角笛はレッサーゴブリンではなく、その上位種の『ゴブリンリーダー』のもので──。


 砂埃がノラ平原の向こうに見える。

 大量のレッサーゴブリンが、レベル3の『平原狼』に乗っている!

 その数は三十以上だ。ゴブリンの上位種である『ゴブリンシャーマン』も混ざっているのが見えた。レベル15。このノラ平原の推奨レベルを飛び越えての参戦だ!


「……ははっ」


 俺はブロンズソードの剣身を舐めるように見つめた。

 ぎらぎらと輝いている。まるで、モンスターの血を求めるように、強く輝いている……!


 俺は決心した。


 なんの決心かって?

 そんなの決まってるだろ。


「こんの、クソゲーがぁあああああああ!!!!」


 剣なんかさっさと仕舞って、砂埃とは反対方向に全速力で逃げる決心に決まってる!

 あんなん見たことねぇよ!

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