3.『シオシオ』

 NPC──ノンプレイヤーキャラクターと呼ばれるキャラクターたちは、シオシオのようなRPGゲームにおいて欠かせない存在だ。


 『ここは始まりの村だよ』と繰り返す青年のように、与えられたテキストを読み上げるだけのキャラクターもいれば、今の時代、高度なAIが搭載されてほとんど人間と話しているのと区別つかないキャラクターだっている。


 『Communicate Connect Saga』はその名の通り、コミュニケーションに特化したファンタジーRPGであるという。

 以降のVRゲームにおいてもこれほどNPCを作り込んだものはないといえるほど、このゲームの主要NPCは高度なAIを持っている。


 この点に関しては、大手レビューサイトでも評価されていた。

 街の人たちにも、主要キャラとは質は落ちるものの十分に高度なAIを持っている。

 オープニングでプレイヤーが初めて話すおっさん商人もそのうちの一人だ。


 だが。


「大丈夫か? 随分ぼんやりしているみたいだけどよ」


「あ、ああ。大丈夫です。少しお腹が空いただけですから」


 今目の前にいるおっさん商人は明らかに元のシオシオAIとはレベルが違う──生身の人間だ。

 どうやらこの世界では、シオシオのNPCが人間と変わらない性格をもった人間として行動しているらしい。


 現に、商人のおっさんは『ライトバーグ』という名前だったし(もちろんシオシオでは名前なんて設定されていなかった)、商人らしく、本当に荷車に積んであった分の商品を売ってくれることも分かった。


 真っ二つにした積み荷は寝起きで混乱していたということで許してもらえることになった。なんともできたお人である。


 商人と出会ったなら、することは一つ。


 ということで買い物だ。

 初期資金でショートソードよりも攻撃力の高い『ブロンズソード』を買っておく。

 次に目についたのは、


「おおっ! これは! やっぱかっけぇな!」


 残ったお金で中二心をくすぐるデザイン『筋力増強の指輪』を思わず在庫全部買ってしまった。

 赤い宝石がはめ込まれた竜の銀細工が俺の心を強烈に刺激する。

 もちろん俺は修学旅行で、『金色の竜のストラップ』を買った側の人間だ。格好いいからな!


 修学旅行のお土産と違って、こっちはちゃんとした効果もついている。買うしかない。


「おいおい、ミナト……」


 両手の指全部に銀色の指輪を通した俺に、ライトバーグは呆れたような目を向ける。


「ふっ、邪気眼がうずくぜ!」


「邪気眼……? なんだそれ」


 ライトバーグには通じなかったようだが、これで俺もようやく確信することができた。

 やっぱり、ただのNPCではない。ちゃんと感情も自由意志ももっている。

 彼は、まぎれもない人間なのだ。


「ライトバーグさん、この馬車はどこに向かっているんですか?」


「ん? ああ、シャードに向かう途中さ。行商してんだよ」


 シャード。

 いわゆる始まりの街。

 シオシオのオープニング後、初めて降り立つ街だ。


 武器屋や防具屋、道具屋など一通り揃っている。ビギナーエリアの街なので低レベルだが、街の外のモンスターと戦うのに過不足ない。

 裏通りにはギャンブル施設もあるという、シオシオの数少ない魅力がぎゅっと詰め込まれた街なのだ。


 しかし。


「シャード……あそこは……」


「なんだ? 何かあの街に良くない思い出でもあるのか?」


 俺の曇った顔を見たライトバーグは、心配そうな声色で訊ねてくる。


「……ここで降ろしてください」


「おいおい、嘘だろ? こんな平原のど真ん中にあんたをおいていけるかよ。モンスターだって出るんだぜ?」


 ライトバーグは慌てたように叫ぶ。


「モンスター、ですか」


「『レッサーゴブリン』とか『平原狼』だよ! この馬車は魔除けの加護があるお陰でそこまで狙われないが、あんた一人だと奴らの格好の獲物だぞ!」


 やはり、この世界にもモンスターはいるのか。


 この世界で死んだらどうなるのだろう。

 VRゲームでは攻撃を食らえば僅かな不快感を感じるだけで、爆破されても炎の中に飛び込んでも体力が尽きる前ならば普通に活動できる。


 でも、体力がなくなれば話は別だ。さっきまで元気に動き回っていたキャラクターが突然ぱったりと倒れて、そのまま光の粒に分解されて消えていく。

 プレイヤーならば視界が暗転した後に、最後のセーブポイントまで戻されて、目が覚めるが……。

 果たして、この世界は死んでも蘇ることができるのか。


「……っ」


 単純に考えて、死んだら終わりだ。

 メニューも呼び出せず、システムから切り離された限りなくゲームに良く似た世界で、『セーブポイント』という概念があるかどうかも分からない。

 デス◯ーラとか、そういうのは使えないだろう。


 リスクは取れない。

 そして、そんなリスクの一つにモンスターとの戦闘がある。

 モンスターに勝つにはレベルを上げるのが一番だ。 強力なスキルを習得するのも手の一つ。


 しかし、一番の習得条件が緩い《片手剣》スキル『飛び込み斬り』も、習得するためには『筋力』の数値を30以上に上げなくてはならないし、一定回数武器を振るって武器カテゴリの『熟練度』を貯めなくてはならない。

 レベルが一向に上がらないシオシオ理不尽要素の一つだ。


「……っ、それでも! 俺はここで降りなきゃいけないんです! だからどうかお願いします! ……俺には、やらなければならない使命がある!」


「ミナト……あんた」


 俺は深々と頭を下げた。

 ライトバーグは驚いたように俺を見つめる。


 シャードに行くわけにはいかない。

 プレイヤーである俺がシャードの街に足を踏み入れた時点で、『フラグ』が立ってしまう。


「何がそこまであんたを駆り立てるんだ……?」


 ライトバーグがため息をついて、馬車を止めてくれた。


「気をつけろよ!」


「ありがとうございます! 気をつけます!」


 俺は、馬車から降りてこの世界の大地に立った。


 仄かな土の香り。それをかき消す、圧倒的な清涼感。

 どこまでも広がる草原。雄大な山々。空の向こうには大きな城が浮かんでおり、真っ白なドラゴンがゆっくりと周りを飛び回っている。


 ……ファンタジーだ。

 俺はシオシオの世界に立っている!


「よし……ここから急ぐぞ!」


 ゲームではオープニングの都合上、決して止められなかった馬車が言葉一つでこうもあっさりと止まる。


 やはり、ここはゲームであって現実だ!


 ……ならば、止められるかもしれない。

 『戦犯ショートソード』との合わせ技──ゲーム開始三十分で約八割のプレイヤーがVRマシンの電源を落とし、ゲームソフトを売りに走らせたという極悪非道なイベント。


 ゲーム開始してワクワク気分のプレイヤーの精神をどん底に叩き落した──


 『始まりの街襲撃イベント』を俺は止めてみせる!

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