2.『戦犯ショートソード』
「どういうことだ……?」
俺は部屋にいたはずだ。
VRゲームに熱中して部屋の窓のカーテンを開けたのが最後にいつだったのか覚えていない。
それに、俺が乗っているのは荷車だ。大きな馬が荷車を引いて、草原に伸びる舗装されていない道をのんびりと歩いている。
自分の服装を見下ろして、気づく。
薄手の服に粗末な革靴。──『Communicate Connect Saga』の装備だ。
『旅立ちの服』と『西風のブーツ』。
付属している効果はなく、ただ見た目を変えるためだけの装備であり、必ず初期装備として全プレイヤーに装備されているもの。
「いつの間に俺はVRを起動したんだ……? それにセーブデータは? なんで初期化されて……」
少し前の記憶では、俺は自室でスマホを弄っていたはずだ。
そして、一通のメールを開いて……。
……ここから先の記憶は途切れている。
「……あれ?」
画面メニューが呼び出せない。
いつもなら軽く腕を振っただけで呼び出せたVRマシンの操作メニューがうんともすんとも反応しない。
「メニュー!」だの「ログアウト!」だの、音声コマンドも一通り試してみたが、やはり反応しなかった。
ステータスウィンドウは無事に表示できることから、ここはゲームの中であることは間違いない。
──────《ステータス》────────
【ネーム】ミナト
レベル :1
資金:3000ゲルド
[アクティブポイント:4]
HP(体力):30
MP(精神力):0
STR(筋力):10
INT(魔力):0
DEX(器用):10
AGI(敏捷):10
VIT(耐久力):10
LUC(幸運):0
【スキル】
・《片手剣──初級九級・熟練度G》
・ブレイク
・『飛び込み斬り』
習得条件
筋力:30以上。
熟練度F以上。
・???
【装備】
武器:《片手剣》ショートソード
頭:無し
胴:旅立ちの服
腰:無し
足:西風のブーツ
アクセサリー:無し
────────────────────
「……おかしいな」
もしや、バグ?
『Communicate Connect Saga』──『シオシオ』はバグの温床だが、ここまで致命的なバグはなかったはずだ。
「まさか」
更に信じがたいことに、頬を撫でる『風』を感じる。荷台に積まれた麻袋の『ささくれ』が見える。
シオシオは美麗なグラフィックを売りにしているゲームだが、流石にそこまでの物理エンジンは搭載していない。
VRゲームの世界は、あくまでゲームの世界だ。
リアルに見せかけているが、所詮は0と1で構成された3Dモデルデータの世界。
だが、今感じている感触は現実そのものだ。
「……ありえない……けど、もしかして」
俺は堪らず、腰に装備している初期武器──『ショートソード』を取り出した。
滑らかな銀色が見える。ぎらぎらと、現実で見る包丁よりもよほど大きな刃物が手のひらに収まっている。
「……っ!」
俺は、ショートソードを振り上げて荷台の何もないところに向かって斬りつけた。
ザクッ!
刃が明らかに触れていないところに斬撃がはしり、荷台に乗せていた積荷が真っ二つになる。
「……は、はは……」
当たり判定の調節を間違えた──そんな光景に、俺は乾いた声で笑う。
『ショートソード』も含めた片手剣カテゴリには、基本となる当たり判定が設定されている。
しかしながら、初期武器である『ショートソード』は他の片手剣よりもかなり短い剣身が特徴の武器だ。
本来ならば武器の3Dモデルに合わせた当たり判定を設定するべきなのだが、なぜか基礎データの当たり判定がそのままになっているという設定ミス。
初期武器の設定ミス。後に続くイベントをもってして『Communicate Connect Saga』がどんなゲームかを実感させ、実に五割の新規プレイヤーにソフトを売らせたといわれている。通称『戦犯ショートソード』。
まあ、このゲームに頭を汚染されきった廃人は『当たり判定がズレてる? 攻撃範囲がもっと大きくなったんだから良いよね。あの嫌らしい開発からのプレゼントだぞ、もっと喜べよ』と好意的に捉えているのだが。
つまるところ、この程度のバグが気にならないほどシオシオには実害のあるバグ、頭のおかしい仕様、詰みポイント満載のシナリオが搭載されているということだ。
「ゲームの世界に転移した、ってか? それも、シオシオの世界に……?」
物理法則は概ね現実世界に準拠している……が、しかし、ゲームシステムが無理やりねじ込まれているような感じだった。
今俺が乗っている荷車はシオシオのオープニングに登場するものであり、ゲームの通りにイベントが進行するとしたら──
「起きたのか! 冒険者さんよ!」
この荷車の持ち主のおっさん商人が話しかけてきた。俺に気の良い笑みを向けてずいずい寄ってくる。
「街道沿いに倒れていたあんたをつれてここまできたが、名前を聞くのを忘れていたよ。あんたの名前は──」
「俺の名前はミナト……」
このおっさん商人は、いわゆるプレイヤーに初期設定させるためのキャラクターだ。
記憶喪失とかなんとか、そういった設定のプレイヤーに鏡を渡してきて『自分のことを思い出せ』的なことを言ってくるNPCなのだ。
オープニング専用のNPCだからかAIの設定がかなり甘く、質問以外のことには一切の反応を示さない。例えば『あなたは何を売っているんですか?』とか『良い天気ですね!』とか言っても無視してくる。
とあるプレイヤーが検証した結果によると、多くのNPCは自分のHPが減るような敵対行動を取らなければ普段の通りに行動するという。
『プレイヤーアバターのメイキング設定には『バーコード』とかないのに、あなたの髪型ってどうやってるんですか?』とか聞かれても黙ったままにこにこしているだけだったとか。止めてやれよ。
「おお、ミナトか! 良い名前だな! じゃあ──」
「アバターNo.1に設定、出身は『サウス地方』、素性は『彷徨う者』、贈り物は『故郷の思い出』と『精霊の涙』、アクティブポイントは筋力に全振りだ!」
俺はおっさん商人に先んじて、いつも通りの──RTAに最適化された初期設定を口走った。
「……」
おっさんはびっくりしたように固まって、
「いや、荷車で剣を振り回すのは危ないから止めるようにって言おうとしただけなんだが……なんかすまん」
……あれ?
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