【自称】メインヒロインと学ぶ、正しい異世界の走り方

紅葉

第一章 これはクソゲーですか?

1.『クソゲーから始まる異世界転移』

 夜。ある宿屋の一室にて、


「受け取ってほしい。これが、俺からの気持ちだ」


「……これって」


 俺が取り出したのは、小さな箱に入った指輪だ。

 そして、俺の向かいにいる少女の背後にはクッキーの箱が山ほど積まれていた。


「これからは、俺と一緒に生きて欲しい。──結婚しよう」


「──」


 少女はにっこりとひまわりのような笑顔を見せて、


 ──唐突に取り出したナイフで俺の胸を深々と突き刺した。


 ……。

 …………。


 身体から力が抜けて、倒れていく。

 少女はナイフから手を離してふらふらと後退った。


「……うそつき、うそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつきうそつき!」


 少女は狂気じみた光を目に宿しながら、頭をかきむしって叫ぶ。


「この、うわきものっ! アネットにも……ソフィナにも、ノアちゃんにだって同じことしてたくせにッ! でも……わたしは……わたしは……!」


 急速に目の前が暗くなる。


「冗談きつい、な……こんなところで」


「でもね、あなたのことが大好きなの! そこは誤解しないでほしいの! あなたのこと、今日初めて知ったけど……わたしの大好きなクッキー、こんなにもらったけど……わたしにプロポーズまでしてくれたけど……殺しちゃってごめんなさい……!」


 大粒の涙を流した少女が俺の頭をそっと胸に抱きかかえた。


「せめて、わたしの故郷の歌を聞いて……」


 そうして、少女の口から物悲しげな歌が紡がれる。

 いつまでも。

 いつまでも……愛した人の亡骸を胸に抱えて──。


 ……。

 …………。

 まずった。好感度調節ミスったか?


 ◇


「相変わらずのクソゲーっぷりだな、『シオシオ』は! 脳にしみるぜ!」


 VRヘッドセットを投げ捨てて、俺はぐっと伸びをする。

 部屋の中心で静かに唸っているVRマシンの本体には『Communicate Connect Saga』と書かれたチップがはめ込まれていた。


 通称──『シオシオ』。

 電波なシナリオ、致命的なバグ、理不尽な仕様──その全てが混ざり合った混沌とした世界。

 一時期ネットを震撼させた呪物である。

 一昨年のクソゲー大賞で見事大賞を受賞したことが、そのクソっぷりを示しているといえよう。


 開発初期のPVは全ゲームプレイヤーの注目を集めた。美麗なグラフィックによって精緻に描き出されたフィールド、その上を駆け回る可憐なヒロインに誰しもが魅了されたものだ。


 しかし、発売されてからは評価が急降下。

 バグに次ぐバグ。理不尽な難易度に、頭のおかしい仕様の数々。

 いわゆる『ギャルゲー』を参考にしたと発売前のインタビューで開発者が自信満々に語ったヒロインの好感度システムは、シオシオの異常性を際立たせた。


 あるネット民によると、シオシオのヒロイン攻略において最も参考になったのは『爆弾解体の経験』だったという。

 ……そのネット民の正体をめぐって色々と掲示板は揺れたものの……まあ、つまるところ。


 『シオシオ』はクソゲー。

 これが大まかな世間一般の評価だ。

 しかし、そんな中にもこのクソゲーを愛でる極一部が存在する。


「……うーん、ティレムと結婚しといたほうが効率良いと思ったんだけどなぁ……やっぱ、先人のチャートにオリチャー挟んじゃダメだったか」


 俺が死んだ時に歌っていた歌は、吟遊詩人ティレムが一定の好感度でプレイヤーが死亡した時に歌う歌だったと記憶している。まさか自分が殺した相手にも適用されるなんて。

 変なところで謎のこだわりを見せるのはいつもの運営だ。ぞくぞくしてしてしまった。


「シオシオの運営はやっぱり頭がおかしいぜ!」


 タイムを縮めるために好感度アイテムを一気に渡したのがいけなかったのか。それとも前日にパーティメンバーの全員と結婚しておいたのがいけなかったのか。

 なかなか難しい問題だ。


「虹色パンプキンさんとAxy@さんのチャートにはいつも助けられてます、っと!」


 とりあえず、取り出したスマホに今回の『走り』で得た教訓をメモしていく。


 俺は『シオシオ』のRTAに手を出し始めてから一年余りのプレイヤーだ。自分で言うのも何だが、そろそろ古参を名乗っても許されると思う。


 RTA──リアルタイムアタックと呼ばれるそれは、ゲームスタートからゲームクリアまでの現実時間を計る競技。

 普通にゲームを遊ぶのに飽きたプレイヤー(人はそれを廃人と呼ぶ)がたどり着く先の一つであり、シオシオにも狭いながら界隈は存在していた。


 バグと理不尽な仕様が入り乱れたシオシオの世界を知識とテクニックで駆け抜けるのは、スリル満点で脳が溶けそうな感覚になる。


「ふむふむ、毒霧の森を最速で抜けるためには森に火を放つ『放火魔ルート』で……」


 世間では変態だの頭おかしいだの言われているが関係あるものか。シオシオRTA界隈は固い結束とねちっこい執着で満たされているのだ。


「ブロンズソードを利用した『銅剣無限飛行術』は……」


 俺もようやくチャートを端から端まで覚えきった。

 シオシオは素晴らしい。

 高校に入学してから、授業もろくに聞かずにずっとシオシオの世界のことだけを考え続けている──


「あれ?」


 ふと、気がつくとメッセージボックスに赤い点滅があった。

 スマホを通じてメッセージボックスを開き、件名を確かめる。


「……『──ミナトへ』? なんだこれ」


『ミナト』はシオシオの中で使っているアバターのプレイヤーネームだ。

 それを現実のメールに使うなんて非常識にもほどがある。


 それとも……これはあれなのか? 未だ狂ったようにアップデートを重ねているシオシオ運営から俺へのメッセージなのか?

 私たちのゲームをプレイしてくれてありがとう、的な?


「……」


 思わず、唾を飲み込む。

 普段の俺だったら、こんなメールはスパムメールとして開かなかっただろう。すぐにゴミ箱行きだ。


 ……しかし、俺は正常な判断力を欠如していた。

 脳の血管が焼けるようなシオシオRTAをもう一度走り直そうとしている途中だったからなのか。

 圧倒的クソゲーの波動に心を握られたからなのか。

 ただ単純に、徹夜明けのエナジードリンクがテンションを上げたからなのか。


「──、」


 俺は、ゆっくりと指を赤い点滅に伸ばした。


『──ミナトへ



               うそつき』



「え」


 そのメールの文字を見た瞬間、心臓が握られたような感覚がした。

 次の瞬間、VRマシンから部屋全体にモザイクが広がり、全てを塗り潰していく。

 視界が否応もなく暗転し、俺の知らない──だけど、『ミナト』としては良く知っている少女の声が聞こえた。


《ずっと、いっしょ》


「お前は、誰だ──?」


 真っ白に染まる視界に、激しく電光を散らすVRマシン。

 俺はそこに引きずり込まれ──


 ◇


「……んあ? ここは……」


 ガタガタと身体全体に伝わる揺れに、目を覚ました。

 青い空に、頬を撫でる風。照りつける日差し。


「……?」


 久しく浴びていなかった日の光に、目を細めて空を見上げると──


 真っ白なドラゴンが飛んでいた。


「……へ?」 

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