第5話



 暫く歩くと侍大将さむらいだいしょうが片手を上げた。こまはその動作に動きを止める。

長刀なぎなたを置き、流れるような動きで弓に矢をつがえる侍大将さむらいだいしょう。その手には矢が三本握られていた。

 見張りを見つけたのだろう。しかも三本用意したということは最低二人はいると言うことだ。この侍大将は武という面では六角の武将の中でも上位の者だ。

 きりきりと絞られた弓から矢が放たれる。次の瞬間には方向を変え二射目を放つ。すぐに三射目。

放ち終わると三射目にどさりという音が響く。後は何の音もしない。


野伏のぶせりにしては警戒が強い。山道の入り口に三人、しかも木の上に射手とはな・・・・・・」

 

 侍大将さむらいだいしょうは次の矢を抜き歩き出す。こまは太刀の鯉口こいくちを切る。その行動に待ったがかかった。

 

こま、抜くなよ。まだ見張りがいる」

 

 すぐに四射目を放つ。【がさり】という音と共に何かが倒れる音がする。こまが近づこうとするとまた侍大将が手で制す。


 「そこ、罠だ。解くから暫し待て」

 

 こまが目を凝らしてみると茂みの中に竹を切って尖らせた物が数本見えた。

 

「これはくさが戻って来ぬのも納得できるな・・・・・・。しかも数で攻めても相当な被害が出る上に取り逃がす可能性も大きい。余程の策者がいるのであろう」


 冷静に状況を分析する侍大将さむらいだいしょうこまは感心していた。戦場いくさばではこのような繊細な事をしない者なので新鮮なものを見た気分だ。

 その間にも侍大将さむらいだいしょうは自分の物とは別の矢筒やづつを持って現れる。その中にある矢を取り出し狛の目の前に出す。


「ほれ、よく見て見ろ。矢の先に何か塗ってあるだろう。たぶん毒だ、それも相当強力な物だ」

 

 侍大将さむらいだいしょうはちらりとやじりを見せた後、【触るな】というようにすぐに矢筒へとしまう。それから二人はゆっくりと山の中を進んでゆく。日は徐々に落ち、辺りはだんだんと暗くなっていった。


「どうする? 引き返すか?」

 

 こまの言葉に侍大将さむらいだいしょうは黙って首を振った。

 

「いや、このまま進む。どうするにしろ相手の本拠が見える位置までは進む必要がある。この暗さで戻るのは危険だ。それにもう見張りを殺したから引き返せんよ」


 そうこう話ながら進んでいると急に視界が開ける。そこには広場のような場所があり、数件の掘っ立て小屋のような物まで建っていた。


「ちっ、予想以上だな・・・・・・」

 

 そこは野伏のぶせりにはふさわしくないほどの立派な本拠地だった。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「おいおい、最低五十はいるんじゃないか?」

 

 夕暮れ時ということもあり数名の女が料理の支度をしていた。その奥には洞窟が有り、その入り口の横にはおりのような物がある。そこには三人の女が転がされていた。


「ふむ、とりあえず先程の村の者はまだ生きているようだな。ほかの女子おなごはその前にさらわれた者か、元からの仲間か・・・・・・」


 この野伏のぶせりの本拠はこま達が入ってきた山道から広場に続き、その手前には簡易の柵もある。馬での侵入防止の為の物だろう。それから広場になり、掘っ立て小屋が八軒建っている。一つに五~六人は入れそうな大きさだ。

 そしてその奥におりがあり、その隣の洞窟に頻繁に人が出入りしている。檻の右手にはまた柵があり更に奥へと続いていた。


「まあ何とかなりそうだが問題は檻の向こう側にある山道だな・・・・・・」

 

 侍大将さむらいだいしょうの言葉にこまも頷く。逃げられては元も子もない。それ以前に更に奥に拠点があると五十程度の人数では無いからだ。


こま、すまんが先を見てきて欲しい。俺はここで見張る。先程始末した奴らの交代が動いたときに始末する必要があるからな。たぶんこの先には罠は無いと思うが十分に気をつけてゆけよ」


 侍大将さむらいだいしょうの言葉に頷いたこまは足音を忍ばせて森の奥へと入って行く。丁度洞窟の上を越えて行く形だ。

 暫く進むと山道に行き着いたのでゆっくりと進む。突然先から話し声が聞こえてきた。

 

「また若い女が手に入ったらしいぞ。そろそろ新しい女が欲しかったからなぁ」

 

「そうだな。まあ俺たちに回ってくる時にまともだったらいいがな」

 

 二人の見張りらしい男達は下品な笑い声を上げる。その先には柵が有り、どうやらここの拠点の終わりのようだった。

 こまは見張りを始末するために太刀を抜きかけた。

 

「おいおい、静かにしておけ。あまり無駄口を叩いていると大将にどやされるぞ。それに女も回ってこないかもしれないぜ」


 突然上から声が掛かる。慌てて上を見上げるとこまのいる場所から少し先の木の上に弓を持った男が座っていた。こまは用心して周りの木の上を見回す。その男以外は見張りはいないようだ。

 こまは弓を肩から外しゆっくりと木の上の男に狙いを定める。余り弓は得意では無いので慎重になる。

 ゆっくりと弓を引き絞り【ひょう】と放つと矢は男の首元を貫いた。弓を棄て、太刀に手をかけ二人の見張りに向かい走り出す。木の上の男にすれ違い様に視線を移すと男は既に事切れていた。

 突然茂みの中から飛び出してきたこまに、二人の見張りは目を見張る。こまはそのまま太刀を抜き、左にいた男の側頭部に太刀を叩き付けた。ぐらりと揺れる見張り。倒れかけた見張りを無視して目を見開くもう一人の見張りの口を左手で塞ぎ、太刀を喉に突き込んだ。

 太刀はするりと抵抗もなく喉に入り込んでゆく。そのまま力任せに真横に振り抜くと見張りの喉は半分から裂け、大量の血飛沫が上がった。崩れ落ちる見張りを放り出し、先程殴りつけた見張りへ身体ごと向き直る。

 見張りはゆらりゆらりと揺れながら頭を振っている。こまはそれを見逃さず一気に距離を詰めた。迫ってくる足音に気がついた見張りは振り返り声を上げようとする。太刀を投げ捨てたこまはそのまま後ろから見張りにしがみつき、首に腕を巻き付けた。

 見張りはじたばたと暴れるがこまの締め付けに徐々に抵抗を弱めて行く。【ぐぎん】という音がする。こまが力を入れ見張りの首をひねったからだ。

 じょばじょばと粗相そそうの音が響く。濡れないように飛び退き太刀を拾ったこまが見上げた先には首から矢を生やして、目を見開いたもう一人の見張りが虚空を見つめていた。


 「南無」

 

 こまは一言だけ呟くと柵を潰し、道を塞いで急ぎ元来た道を引き返すのであった。  

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