第6話

 日が落ちるぎりぎりの刻、こま侍大将さむらいだいしょうの待つ位置まで戻ってきた。森の暗さに迷わなかったのは野伏のぶせりのいる本拠の広場に無数の篝火かがりびと焚き火が焚かれていたからだ。こまがゆっくりと近づくと侍大将さむらいだいしょうが声を殺して話しかけてきた。


「どうだった? こっちは四人始末した。そっちに向かった奴はまだいない。たぶん飯を喰ってからだろう」


 こまは広場の向こう側の状態を説明する。侍大将さむらいだいしょうは【ふむふむ】と頷きながら考え込む。

 

「では、あそこで飯の支度をしている女子おなご達もさらわれてきた者達ということだな」

 

 侍大将は焚き火別に二人ずつ飯の支度をしている女を見つめていた。

 

「あいつらが固まることがあると思うか?」

 

 こまの問いに侍大将さむらいだいしょうは首を振る。

 

「いや、たぶん無いだろうな。あれはわざとだろう。あれで攻められたときに人質が出来る訳だ。中にもいるみたいだしなぁ」


 侍大将さむらいだいしょうの数えた女の数は十二人。それと檻の中の三人だ。それ以外にも洞窟の中にいるだろうと推測を立てているようだ。


「どのみちらんと始まらんな。そしてるなら今だろうな」

 

 野伏のぶせり達は各々焚き火の周りに集まりだしていた。女の尻を触り下卑た笑い声を出す者、嫌がる女の唇を奪う者など出始めている。そして檻の中の女に近づきからかう者達まで出始めた。


るか・・・・・・」

 

 こまの一言に頷く侍大将さむらいだいしょうこまは音を立てないように、また、見つからないように腰を落として洞窟の上に向かって行く。暫くして洞窟の上から小さな火、火打ち石を擦る時に出る火花が散った。

攻撃開始の合図だ。

 侍大将さむらいだいしょう野伏のぶせりから奪った矢をつがえ自分から一番遠くにいる者、檻の前の野伏のぶせり数人に矢を放った。薄暗い中小さな風を切る音が響き次々と檻の前の野伏のぶせり達に刺さってゆく。野伏のぶせり達が倒れるのを確認せずに次々と矢は放たれていった。

 そのまま【すとり】と崩れ落ちる野伏のぶせり達、何が起こったか分からず、とりあえず奥の方へ固まる女達。檻の辺りにはまだ明かりが無いので何が起こったかは中の女達には見えていない。

 これは当然計画に入っていた。一番の懸念は檻の中の女達の悲鳴だ。これが上がる前にどれだけの野伏のぶせりを討ち取る、または行動不能にするかが二人で多数に勝つための鍵だからだ。


「んあ、なんだ・・・・・・ぁ」

 

 侍大将さむらいだいしょうは次々と標的を変え、野伏のぶせり達に矢を当ててゆく。こまの、崖上から放つ矢も村から山に入る山道に近い野伏のぶせり達目がけて次々と放たれていった。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁー」

 

 女の一人がついに声を上げた。一気に立ち上がる野伏のぶせり達。それを次々と刈り取って行く侍大将さむらいだいしょうの矢。

 こまは女が叫び声を上げた時、既に場所を移動していた。裏へと続く柵の向こう側だ。こまは柵の間から次々と矢を放つ。今回は水平に飛ぶ。打ち下ろしではないので相手の動き、女達の動きに気を配りながら、矢を放つ速度をゆっくりとして確実に当ててゆく。女達はその場に伏せる。その女達を立ち上がらせようとする野伏のぶせりを矢で刈り取ってゆく。

 洞窟から出てきた野伏のぶせり達も侍大将さむらいだいしょうが放つ矢で討ち取られてゆく。生き残った野伏のぶせり達は女を盾にする事を諦め、身を守るために盾を手にする。その段階で侍大将さむらいだいしょうが打って出た。


野伏のぶせりども! 大人しくばくにつけぃ!!!」

 

 大音声が響く。

 長刀なぎなたを手にした侍大将さむらいだいしょうが一気に崖を駆け下り、正面入り口の近くにいた野伏のぶせりを斬り伏せた。その姿に一瞬ひるむ野伏のぶせり達。だがすぐに思い思いの武器を手に取り走り出した。

 鎧を着ていないこと、相手が一人だったことがそのような統率の取れない行動を引き起こしていた。慌てて制止しようとする者がいる。こまはその者に狙いを定め一矢で仕留めた。気づいた者はその周りにいた数名のみだ。

 それもこまの矢で刈れるだけ刈った。矢が尽き、こまは弓を棄て青江あおえの太刀を引き抜いた。

 

 (さあて、どれくらい斬れるかな)

 

 こまは全速力で動揺する野伏のぶせり達の方へと走り出した。

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


 突然の襲撃に対応できない野伏のぶせり達。数は多いが統率する者を倒した今、蹂躙じゅうりんが待っていた。こまはなるべく目立たないように確実に一人一人を仕留めて行く。

侍大将さむらいだいしょうは大声を上げ数人を相手に長刀なぎなたを振るう。


「らぁ、何事じゃぃ!!!」

 

 洞窟から鎧を着けた数人の男達が出てくる。出てきた男達は倒れ伏す仲間を見て唖然とした表情を作っていた。

 それを見逃すこまでは無い。まず弓を持った者を狙い走りだす。

 相手が弓を構える前に腕を斬りつける。振り抜いた太刀は肉に絡まることも無く深い傷を負わせた。慌てて得物を構える野伏のぶせりこまは先程腕を斬り飛ばした野伏のぶせりを相手に向かって蹴り飛ばす。蹈鞴たたらを踏みながら仲間にぶつかる男。洞窟から出てきた集団に隙が生じる。その間に狛はもう一人いた弓を持つ野伏に向かい、腕を斬り付けた。


「ええぃ、何をしておるかぁ!!!」

 

 でかい髭面の男が周りを押しのけ現れる。男は胴丸どうまるを身につけ、野太刀のだちを肩に担いでいた。

 

「何もんじゃい!」

 

 身体もでかければ声もでかい。

 こまは一言も発せず斬りかかる。大男は近くにいた者を掴むと【ぐぃ】と狛との間に引きずり出した。突然現れた者に対処できず慌てて斬り伏せる。それはその者の着ていた胴丸どうまるの肩口に喰い込んだ。


(しまった・・・・・・)

 

 こまは振るべきでは無かったと後悔していた。肩は抜けても胴丸どうまるで止まる。ここは無理にでも距離を取るべきだったと反省する。慌てず、次にどう行動するかがこまの命の分かれ道だ。しかし、とりあえず振り抜いた青江あおえの太刀は何の抵抗もなく胴丸どうまるごと斬り裂いた。

 その場にいた全ての者が目を見開く。

 それはこまも同じだった。それでも武士。行動は速かった。斬り捨てた野伏のぶせりが倒れる前に野伏のぶせりかしらと思われる男に太刀を繰り出すこま。それをぎりぎりの所で躱す首領しゅりょうこまは躱されたことに驚いたがすぐに切り替え、周りで止まっている者達に斬りかかった。

 油断、呆気に取られていた者達は反応が遅く、すぐに距離を詰められ斬り捨てられてゆく。野伏のぶせりの頭領は後ろに引いたため自分の得物である野太刀のだちが思ったように振るえずにいた。


「ええぃ、一旦距離を取れ!!!」

 

 野伏のぶせりの頭領の大声が響く。しかし野伏のぶせり達の数は既に三人だ。二人が頭領の前に立ち、一人が斬り伏せられる。

 こまの前には野伏のぶせりの頭領も含め三人しか立っていない。

 

「外の連中はどうした!!」

 

 大声で怒鳴る頭領。

 その時、こまの後ろから長刀なぎなたを担いだ侍大将さむらいだいしょうが入ってきた。全身に返り血を浴び赤黒く染まっている。


「主の仲間は全員死んだぜ」

 

 洞窟の外から【にやり】と笑う侍大将さむらいだいしょうは悪鬼そのものだった。

 

「五十はいたのが全滅・・・・・・だと?」

 

 信じられないといった表情を浮かべる頭領とその手下。こまは視線を外さずに問いかけた。


「女達は無事か?」

 

 こまの問いに少し間があって返事が返る。

 

「まあ、無事なのは無事なんだがよ。俺を見たら全員気をってなぁ・・・・・・」

 

 とりあえず溜息をつくこま。そして今度は前の三人に声をかける。

 

「どうする? 死ぬまでやるか? それとも大人しくばくにつくか?」

 

 こまの問いに頭領は呆れかえった顔になった。

 

「どのみち殺されるのが分かっているんだ。けりを付けようぜ」

 

 野伏のぶせりの頭領は目の前に陣取っている二人に後ろを押さえろと声をかける。二人が動こうとした瞬間、一人が倒れ込むようにこまへ突進してきた。相手も驚いた顔をしている。

 そのままこまに体当たりをした状態になり、こまは洞窟の外へ押し出された。ちらりと伸ばされた頭領の足が見える。その隙に距離を詰める頭領。目の前に突き出された野太刀のだちは一直線にこまへ向かう。

 

 ゆっくりと進んでくる切っ先を目で追いながら、回避する方法を考えていたこまは突然の音に思考を切り替えた。目の前に長刀なぎなたの先がある。


「油断するんじゃねぇよ」

 

 にやりと笑う侍大将さむらいだいしょう長刀なぎなたがもう一人の野伏のぶせりの首を飛ばし、頭領の野太刀のだちを弾いていた。こまは体勢を立て直し頭領と向かい合う。


「「おおおおおおおお」」

 

 両者の咆吼が響き太刀が交錯する。体躯たいくで勝る頭領が押し込む形で体勢を作る形になった。【きちきち】という鋼の擦れ合う音だけが響く。

 徐々に押し込まれてゆくこま

 小さな音が静寂の中響いた。

 次の瞬間、野伏のぶせりの頭領の首筋にこまの持つ青江あおえの太刀が迫りそのまま斬り裂いた。野太刀のだちの刀身は半ばから斬れ、地に落ちる。唖然とした表情のまま頭領の首からは大量の血ば噴き出した。

返り血を浴びないように飛びすさる狛。


「なんだよ・・・・・・、その太・・・・・・刀は」

 

 それが野伏のぶせりの頭領の最後の言葉だった。

 

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