第4話

 こま侍大将さむらいだいしょう蒲生がもうの地に着きゆっくりと進み出した。

時折馬を降り地形の確認、馬での行動などを逐一記録してゆく。ある程度の地形を把握し村へと向かう。

 村にたどり着いたとき侍大将さむらいだいしょうが呟いた。

 

「む、予想以上に荒れているな・・・・・・」


 こま達が村にたどり着いたとき、村人達は一斉に家の中に閉じこもった。外に出たのは村の中でも屈強といえる若者数名だ。その数名の手にはくわや竹を斜めに斬った物が握られている。


「あ、あんたら何者だ? 野伏のぶせりなら何も出す物はねえ。けえってくれ!」

 

 一人の若者が叫ぶ。

 こま達二人は事情を聞こうと馬から降りずに馬上から声をかけた。これはすぐに逃げられるようにするためだ。

 

「ああ、驚かせて済まぬ。我々は六角家の者だ。何かあったのか?」

 

 こまの呼びかけに村人達は震える声で返事を返す。

 

「六角の・・・・・・。六角の方ならば村の娘達を取り返して欲しいだ」

 

 こま侍大将さむらいだいしょうは顔を見合わせる。

 

「あ~、誰から奪い返せば良いのかな」

 

 こまは馬から降りて若者達の方へと歩き出す。侍大将さむらいだいしょうは肩から弓を降ろし、そっと 右手を矢筒やづつへと動かした。


「今日の昼、野伏のぶせりの集団が現れて食べ物と村の若い娘をさらっていった。数が多くてこの村の数名が怪我をしただ。取り返そうにもこちらでは太刀打ちできねぇ」


 悔しそうな表情の若者。そしてその後ろで油断無く動かない数名。完全にだまし討ちに遭ったのだろう。

こまは少し考え込む。


「そうか・・・・・・分かった、引き受けよう。その代わりと言ってはなんだが、この一帯の土地の事を後で教えて欲しい」

 

「おい、こま! 相手の数すら分からんのだ。我々二人で相手できるか分からぬのだぞ! それにそう長くせずに日が沈む!!!」

 

 侍大将さむらいだいしょうが後ろで抗議の声を上げているがこまは無視する。

 

「で、さらわれた娘達の数と野伏のぶせりの数、ねぐらとかは分かるか?」

 

 やる気満々のこまの様子を見て侍大将さむらいだいしょうは首を振りながら右手を元に戻し、弓を肩に戻す。完全に呆れ顔だ。

 

さらわれたのは三人で、数は・・・・・・馬が三人と・・・・・・後はいっぱいだ。ねぐらはこのみちをまっすぐ進んだ所にある山の間の谷だ」


 詳しく聞くと、最近この先の山の谷に住み着いたそうで近隣の村も被害を被っているようだ。何とか退治しようと人を雇ったりしたそうだがそれっきり戻ってこなかったりで、近々六角の居城のある観音寺へと野伏のぶせり退治を頼みに行く予定だったそうだ。


「うむ、とりあえず様子を見てくる。今日中に始末できそうなら何とかしてみよう。ただ・・・・・・、娘達の無事は保証出来ぬが良いか?」


 こまの言葉に一瞬村人達の表情が曇るがすぐに【仕方が無い】という表情になる。こまは馬に飛び乗ると侍大将さむらいだいしょうに声をかけた。


「ということだが。良いよな?」

 

 にこりと笑うこまの顔を見て侍大将さむらいだいしょうは苦笑する。

 

「どうせ言っても聞かぬだろう? 良いよ、やってやるさ。

その代わり相手が二拾を越えていたら地形次第で引くからな。そこは譲れん」


 侍大将さむらいだいしょうは矢筒をぽんと叩いて笑う。矢筒の中には拾と少しの矢しか入っていない。元々本格的に戦うことを前提にしているわけでは無いからだ。


「ああ、分かった。我々も命が惜しいからな」

 

 こまはそのことを村人に説明する。村人は渋々だが納得し数名が付いていくことを提案してくるが、こまはその申し出を断った。


「悪いがそれは断らせて貰う。申し訳ないが足手まといだ」

 

 こま侍大将さむらいだいしょう生粋きっすいの武人である。大がかりな戦ならば足軽として村民を使うこともあるが、このような討伐に関しては逆に足手まといになることを承知しているからだ。


「では、行ってくるがくれぐれも我々の後を追わぬようにな」

 

 こまは村人に念を押して野伏のぶせりの拠点に向かおうとした。その時には村の人間が殆ど出てきていたが、その中の一人が声をかけてきた。

一人の老婆だ。


「お侍様。この先の野伏のぶせりのいる場所とこの間にあやかしが出ることがございますのでご用心下さい」

 

 こま侍大将さむらいだいしょうは走り出そうとして足を止める。聞き捨てならぬ内容だからだ。

 

あやかしとはまたどのようなあやかしだ?」

 

 あやかしと一括りに言っても様々だ。遙か昔に暴れ回ったと言われている鬼や土蜘蛛つちぐもなどのあやかしだと二人では無理だ。


 「そのあやかしは薄い女子おなごの姿で現れ【にっかり】と笑い見つめてくるそうです。野伏のぶせりが現れ始めてから見かける者が出始めましたので気になりまして・・・・・・」


 老婆の説明にこまは少し考え込む。野伏のぶせりが出始めた頃に目撃され始めたあやかし。実際にはあやかしでは無く野伏のぶせりの仲間で見張り役かも知れない。それは今から向かうには危険な存在だ。


「ご老、感謝する。気をつけて行くことにする」

 

 こまは老婆に礼を述べると侍大将さむらいだいしょうを促して村を後にした。

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


「どう思う? こま・・・・・・」

 

 馬を軽く走らせながら侍大将さむらいだいしょうが声をかけてきた。こまは前と左右に視線を向けながら返事を返す。

 

 「そうだな、あやかしなら笑うだけというのも分からぬでも無い。あやかしとは我々では理解できぬ存在だからな」


 暴れ、人に害をなすあやかしならば退治すれば良いだけだが、あやかしにも様々な存在がいると聞いていた。中には人に幸運をもたらすあやかしもいるという。正直、出会った時点で判断するしか無い。そのために二人は油断無く周囲に気を配っていた。


 「ふぅむ。不動尊ふどうそんがあるな。必勝を参ってから行かぬか?」

 

 侍大将さむらいだいしょうが声をかける。その意見にこまも賛成し二人は馬脚を緩めて不動尊ふどうそんの前で止める。

馬から降り、腰を落として手を合わせた。


 (どうぞ、村人の救出が上手くいきますように・・・・・・。あやかしが害の無いあやかしでありますように・・・・・・)

 

 少しの刻参ると二人は再び馬に乗って目的地に向かい走り出した。 

 

 

 

 暫く走ると山に近づいた。馬で入れそうな場所が山の中へ続いている。野伏のぶせりに馬に乗る者がいると聞いていたのでその為のみちだと二人は判断した。


「馬は少し離れた所に置いておこう」

 

 二人は山道から少し離れた場所、山に少し入った場所に馬を括り付けた。それほどときをかけるつもりは無いのでそれで済ますつもりだ。


「さて、このまま山の中を突っ切って山道沿いに進むか」

 

 侍大将さむらいだいしょうの言葉にこまは黙って頷くと腰にいた青江あおえの太刀をそっと抜く。刀身に曇りや曲がりが無いことを確認する。


「そうか、それで斬るんだよな。楽しみにしているぞ」

 

 侍大将さむらいだいしょう長刀なぎなたを握り直し、弓のつると矢筒を確認して笑う。こまの腕は確かだ。後はその太刀がどれほどの物かだ。

二人は互いの武器を確認するとゆっくりとなるべく音を立てないように山道へ向かいながら山の奥へと歩き出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る