第10話 あの時……【過去】

あの時、それは去年の春のことである。

風花の親友である 結衣ゆいの家に遊びに行った時の話だ。


「可愛い……」


自然にこぼれた言葉。

それは結衣に向けられた言葉ではなかった。

その相手は 小日向紬こひなたつむぎ

結衣の妹だった。


「お姉ちゃん、この人誰ー?」

「友達ー、今日止まってくんだってー」

「私は水瀬風花、よろしくね」

「うん! よろしくね、風花ちゃん!」

(可愛い、私この子のこと好きだ……)


この好きは単なる好きでは無い。

風花は紬のことを恋愛対象として好きになってしまったのだ。


(ドキドキする……)


胸が高鳴り、頬が赤くなるのを感じる。

熱を帯びる頬に手を当て照れを隠すと、風花は平然を装って言う。


「よ、よろしくね、紬ちゃん!」

「名前知ってたのー?」

「うん、結衣から色々聞いてるよ〜」

「そうなんだー!」

「そう! めっちゃ仲良いんだね!」

「うん! めっちゃ仲良いよ!」

「いいなぁ……」

「いいなってどう……」

「風花ー? ちょっと来てー?」


紬の質問を遮るように結衣の声が響いた。


「ああ、うん! ごめんね、また後で話そ?」

「うん、後でねー」


そう言って離れていく風花。

紬はそんな風花の背を眺めていた。


「あのさ結衣」

「どったの? そんな改まって〜?」

「あ、いや、やっぱりなんでもない……」

「えー? なにー? 気になるじゃん!」

「ほんとなんもないから! 忘れて!」

「ふーん、そっか……」


もちろん結衣に紬の事が好きになったなんて言えない。

風花はこれが実らない恋であると、この時理解した。

それ以来、風花は無意識に結衣を避けるようになってしまった。

初恋、甘い思い出のはずがいつしか忘れたい思い出へと変化していたのだった。

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