- ポイ捨て

「チッ、ナツヒコめ」


 カバン片手に帰路の道を歩く春之助。

 

 あの後、春之助は怒られた。とっても怒られた。上司ではなく、同僚の夏彦に。部署をおびえさせた事と、後輩二人を泣かせた事で。なお、課のトップたる課長からは「今度からは気を付けよ? ねっ?」だけであった。課長は基本的にことなかれ主義なのだ。

 

「それもこれもアイツのせいだ。あの変態野郎め」


 悪態をつく春之助。

 

 可愛い妹ができたと思ったのに、裏切られた。しかも当初思い描いていた控えめで純真なのも演技だった。その怒りは未だ消えることなく続いている。

 

「クソッ」


 苛立ちの声をつむぎ、カーンとその辺に転がっていた空き缶を蹴る春之助。思ったより力が入っていたのか、空き缶がぽーんと遠くへと飛んでいく。そのまま塀を乗り越え……。

 

 ――ガシャーン! 

 

「あっ」

「コラァッ!! 誰だぁっ!!」


 やってしまった。塀の向こうからオッサンの怒鳴り声が聞こえる。

 

 善良な人間なら真摯に謝るところであるが、間違っても善良とは言えない春之助。誤魔化せる罪は誤魔化すという政治家のような考えがデフォルト。彼はぴゅーっとものすごい速度で逃げ出した。

  

  

 * * *

 

  

「ぜー、ぜー」

 

 そうして逃亡し、念のため道を大回りして家にたどり着く。犯人バレしないようにするためである。こういうこすい事を自然にやるのが春之助という男であった。

 

「ったく、ガラスの一枚くらいでウダウダ言ってんじゃねーよ。あー、疲れた。ただいまー」


 額の汗をぬぐい、ガチャリと玄関を開ける。そこには茉理の姿があった。洗濯ものが入った籠を持った。

 

「……おかえりなさい」


 ジト目で挨拶をしてくる茉理。不審げ、あるいは不満げな表情であった。春之助は靴のまま玄関を上がり、茉理を確保。ポイッと外へと投げ捨てた。そして玄関を閉め、しっかりと鍵をかける。

 

「ちょっ! 何するんですか! ちょっとー!」


 ガンガンと扉を叩く茉理。一方、春之助は「はーやれやれ」なんてため息を吐きつつネクタイをゆるめ、二階の自室へと向かう。

 

 しかし部屋に入ろうとした時。どすどすと足音を立てて茉理が階段を上がってきた。どうやら庭の方から入ってきたようだ。

 

「お兄さま! 何するんですかいきなり!!」


 怒り顔で抗議してくる茉理。怒りで素が出ているのか口調が少し荒いというか男っぽい。が、春之助は「うるせー。俺に弟はいらねーんだよ。死ね」と舌打ちをしつつ無視。自室へと入った。ぐぬぬぬと体を震わせて怒っている茉理。

 

(あー無駄無駄。変態に構ってる時間がもったいねー。それより……)


 春之助はベッドに寝転がり、スマホをいじり始める。アクセスしたサイトは――恋愛指南のブログ。

 

(いつの間にか俺も二十八。来月には二十九。いい加減彼女が欲しい。つーか結婚してぇ)


 気がつけばアラサー手前な彼。別に三十超えてもチャンスはあるだろうが、三十を一つの区切りだと春之助は考えていた。実際、恋愛や婚活関係のサイトにもそう書いてある。

 

 加えて三十越えて未婚ともなればとある人物にものっすごい馬鹿にされるに違いない。少なくともその人物よりは早く結婚したい。早く結婚して「ちょっと早かったかなぁ? けど、モテれば二十代で売れるのが普通だよね」なんて煽りたい。

 

 ブログを読み進める春之助。書いてあるアドバイスは「優しくが基本」「けど積極性も大事」「時には強引に」等々。自分には余裕で足りてるようなものばかりだ。なのに何でモテないのだろう? 春之助は首をかしげた。人間、自分を正しく認識するのはとても難しいのだ。

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