第3話. ワガママ vs 小悪魔

 株式会社フジシロ。そのオフィスにて。


 営業部のフロアは今、緊張に包まれていた。半分は机で小さくなって気配を隠し、残り半分は端っこでヒソヒソと噂話をしている。共通するのは、時折ちらちらと同じ方向に目をやっている事だ。彼らの視線の先は――春之介であった。


 明らかに殺気立っている彼。憤怒の表情をしながらパソコンに向かい、ガシガシと乱暴にキーボードを叩いている。彼の殺気がフロア全体を緊張状態に陥らせているのだ。

 

 なお、普段緊張状態にする部長は今はいない。基本的に権力には弱い春之助なので、部長がいればこういう風にはならなかっただろうに。「こういう時に限って」「役立たずのハゲが」と嘆く社員たち。


「こら春之助。どうした」


 そんな中、やれやれと困った顔ような顔で春之助に話しかける夏彦。春之助は「何でもねー」と険しい表情のまま答え、キーボードを乱暴にタイプし続ける。

 

「何でもないって……。ならその顔は何だ。周りがビビッてるぞ」

「そうですよ。ほら、コレでも飲んで落ち着いて下さい」


 後輩の美月が春之助の机にティーカップを置く。コーヒーを淹れてきてくれたようだ。しかし春之助は「うるせー」と取り付く島もない。夏彦と美月は困った顔で顔を見合わた。

 

「きっとアレっすよ。例の妹さんとケンカでもしたんすよ。ねえセンパイ」


 ふと、春之助の正面の席から声。サブであった。空気の読めない彼は能天気な顔でスマホをいじっており、そのスマホにはゲームの画面が。部長がいないのでやりたい放題であった。

 

 そのサブの言葉にピクリと反応する春之助。不思議そうな顔をする夏彦と美月。


「あっ、図星っすね。今時ギャルゲーなんて古いっすよ。時代はスマホゲーっす。好感度稼ぎなんてメンドクサイのはいらないっす。脳死周回がトレンドっす」


 ……どうやらギャルゲーの妹の攻略に失敗したと思っているようだ。

 

 あまりにも失礼な発言。確かに春之助はゲームを多少たしなむが、現実とゲームを混同したりはしない。春之助がゴゴゴと謎の圧力を醸し出し始める。一方、真に受けたらしい美月が「えええ……」と引いたようになり、春之助の変化に気づいた夏彦が「あっ」とやばい物を見る目になった。

 

「折角なんで招待したげますよ。俺のやってるゲーム。ちょうど今ピックアップガチャやってて、俺の推しの……あっ、来たっ! 虹来たっ! …………や、やったああああ!! デンジャラス・ビースあっちいいいいいい!!!」


 瞬間、サブがスマホを放り投げた。いつの間にか春之助が彼の隣におり、彼の手にコーヒーを垂らしたのだ。

 

 熱さのあまり手放され、宙に舞うサブのスマホ。そのままカシャンと音を立てて地面に落下。


「あ、あああああああ!!! マスウウウウウウウウウウ!!!!」


 あわててスマホを拾い上げるサブ。が、時既に遅く。スマホの画面はビキビキ。コーヒーで浸水した為か画面は真っ黒。うんともすんとも動かない。

 

「俺のオゴリだ。たんと飲め」

「ああっ! ひどいっ! 先輩ひどいっ!」

「マスウウウウウウ!!! 俺のマスウウウウウウ!!!!」


 キレた感じの表情をしている春之助、せっかく淹れたコーヒーを駄目にされて怒る美月、涙目で魚のような名称を叫ぶサブ。「何だ何だ」と興味津々な様子で廊下に集まる他部署の方々。

 

 そのカオスさに、夏彦ははぁーっと盛大なため息を吐くのであった。


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