- 真の邂逅

 そんな楽しい時は終わり、夕方。

 

「よ、四十七万……!?」

 

 帰宅し、自室の机と向き合う春之助。彼は呆然としていた。

 

 金に汚いだけあって、金銭感覚はしっかりしている彼である。貯金はあるので払えないなんて事はないが……念のため。念のため今日使ったお金を計算したところ……合計四十七万と少し。ハンパない金額であった。一日に使う金としては過去最高額かもしれない。


(四十七万。お、俺の給料二か月分。こ、こんなに使っちまってたのか)


 流石に間違いだと思い、レシートを見直す。が、結果は変わらず。

 

 四十七万。四十七万もの金がサイフから飛んでった。つまり自分は約二か月もの間タダ働きをしなければならないのである。たかが服や金属の為に。

 

 恐ろしい。高級ショップが恐ろしい。頭をかかえる春之助。彼の脳内は「もったいない」でいっぱいであった。


 しばしそうしていた彼。だが、ここにいてもへこむだけだと考え直す。

 

 気分転換でもしよう。そう考えた春之助は部屋を出て廊下を歩く。

 

 ふと、とある部屋の前にさしかかる。過去、プラモデル用の部屋だった場所を。

 

(四十七万……。ハイグレードなら230体、マスターグレードなら70体、夢のパーフェクトグレードでも15体は買える。なのに、あんな布切れに……)


 うるっと涙ぐむ春之助。


 なお、こういう他人にとって、特に大多数の女性にとってどーでもいいモノで考えてしまうのが彼のモテない理由の一つである。もちろん本人は気づいていないが。


「……あはは……」


 ふと、元プラモデル部屋の中から声がした。

 

 茉理の声。この部屋は今、茉理の部屋となっているのだ。ドアには木製のプレートが吊り下げられ、キュートな文字で「まつり♪」と書かれている。

 

(そうだ。無駄なんかじゃない。可愛い妹があんなに喜んでくれてるじゃないか)


 春之助は思い浮かべる。部屋の中で、嬉しそうにファッションショーをしている茉理の姿を。今日買ったお洋服やアクセサリーを付け替えして楽しんでる姿を。

 

 ほっこりした顔になる春之助。ちょっぴり中を覗きたくなるが、楽しんでいるのに水を差すのも悪いだろう。春之助は階段を降り、一階に降りる。

 

 キッチンの方からは理人と春子の声。そういえば小遣いをくれると言ってたな……なんて言葉を思い出す。今からでもくれるかな? と続けて考えるが、流石に情けなさすぎるだろう。茉理に知られれば「素敵なお兄さま」から「情けないお兄さま」になってしまう。

 

 ふう、とため息を吐き、ずーんとした顔になる春之助。再び金の事に頭が行ってしまったのだ。

 

(風呂にでも入るか……)


 気分転換には風呂。そう考えた彼はバスルームに向かった。脱衣所で着ているものを脱ぎ脱ぎし、白いタイル壁の風呂場に入る。そしてシャワーをかけて軽く身体の汚れを落とし、湯船にごろっと寝転ぶ。

 

「はぁ~……」


 無意識に出てしまう声。ぽかぽかとした湯船が春之助の体を癒していく。

 

「はぁ……」


 が、春之助の心は癒されない。頭から離れない。四十七万が離れない。

  

 再び金の事で悩んでしまう彼。しかし天井を向き、ぼけーっとしていると、お風呂の心地よさが徐々に春之助の考えを忘れさせてゆく。本人としても忘れたいところなので、その心地よさに身を任せる。下手したらこのまま寝てしまいそうだ。

 

 そんな感じで彼がリラックスしていると。

 

「……さま?」


 脱衣所の方から声。しかし春之助が気づくことはなかった。風呂で寝落ちしかけているという何気に危険状態にある彼には。

 

「電気つけっぱなし。だらしない。間違いなくアレでしょうね。まあ明らかに間抜けそうな顔してるし、仕方ないのでしょう」


 するすると衣擦れの音。そこでようやく春之助は気づいた。誰かが風呂に入ってこようとしてるらしいのを。ぼーっとしてるせいで誰かは分からないが。

 

 声をかけようとする春之助。が、間に合わず。ガラガラとバスルームの扉が開き……

 

「おい、まだ入ってんだよ。さっさと閉め……!?」


 首を動かし、扉の方を睨みながら春之助は言った。

 

 そこで見えたものは小さな体。入ってきたのは茉理だったのだ。体全体が肌色の。

 

「わっ! 茉理ちゃ………………えっ」


 瞬間、春之助の目が点になった。茉理が「ひゃっ!」と恥ずかし気な顔で前を隠す。

 

 が、もう遅い。既に春之助には見えていた。千里眼並みに鋭く、狙ったものを逃さないイーグルのような目を持つ春之助には。

 

 平らな胸。ここまではいい。彼女ならもう少し欲しいところであるが、妹と考えればむしろ可愛くて好ましいくらいだ。

 

 つまり問題は別の部分にある。視線をもうちょっと下げた位置。その場所にあったのは……。

 

「う、うあああああっ!!!!」


 衝撃のあまりざばぁっと風呂から飛び出し、茉理の横を抜けてバスルームから出ていく春之助。身体すら拭かぬまま急いでキッチンへ走る。キッチンでのんきに喋っている父母の元へと。

 

「おや、春之助くん」

「家をドタバタと走るんじゃ……って、何て恰好してんだい!!」


 普段通り優し気な顔の理人。怒り出す春子。

 

 が、今はそれどころではない。春之助はバスルームの方を指さし……

 

「ビ、ビョーキだ!! 茉理ちゃんが病気なんだ!! 医者を呼べ!!」

「病気?」

「股間に変なものがついてたんだ!! 病気だ!! 病気に違いねー!! すぐに手術せねば!!」


 彼の言葉に不思議そうな顔をする理人。「あっ」と何かに気づいたような表情になる春子。「き、救急車! 救急車!」とあわあわし続ける春之助。


「くすくすくす」


 ふと、茉理の声が聞こえた。後ろを向けば、春之助と違いきちんと服を着た茉理の姿。

 

「ま、茉理ちゃん! 大丈夫だよ! 今119番を……」

「くすくすくす……。面白いお兄さま。大丈夫ですよ。私はどこも悪くありませんよ」

「嘘だ!! だって、だって……!」


 バスルームでの姿を思い出す春之助。が、すぐに思い出すのをやめた。あれは腫瘍しゅようだ。病気で出来た腫瘍なのだ。決して自分にもついているアレのはずがない。


 涙目で現実逃避をする春之助。そんな彼に対し、春子はやれやれという感じで首を振り、はあーっとため息を吐く。

 

「ようやく気付いたのかい。一週間以上も一緒に暮らしておいて、アンタは……。いいかい?




 茉理ちゃんは男の子なんだよ」

 

 

 

 ……男?

 

 春之助の脳内が宇宙になる。


 男。男って何だっけ? 女の反対だったはずだ。けど茉理は妹で、可愛い女の子で……。

 

 宇宙の外では「春子さん。まだ言ってなかったのかい?」「勝手に気づくと思って」の父母の声。

 

「あーあ、バレちゃった。鈍いお兄さま。けど、とっても楽しかったですよ♪」


 そして小悪魔のような表情でくすくすと笑い続けている茉理。

 

 外宇宙からもたらされた情報がようやく春之助の中に染み渡る。答えは否定ではなく肯定。つまり、茉理は妹ではなく……。

 

 次の瞬間。

 

「ぷぎゃっ!?」


 茉理が間抜けな声を上げた。上げさせたのは春之助。他でもない自分自身である。茉理の頭をスコーンと殴ったのだ。

 

 そのままぽかぽかとげんこつし続ける。「ちょっ、やめっ……!」と頭を防御する茉理。「春之助!」と悲鳴のような驚くような声を上げる春子。「おや、兄弟喧嘩」と能天気な理人。


「痛い痛い! な、何するんですか!」

「ふ、ふざけんな!! テメーふざけんな!! ニセモノだ!! 俺の茉理ちゃんを、俺の可愛い妹をどこへやった!!」

「私が茉理ですよ! ちゃんと可愛いじゃないですか!」


 その答えに腹が立ち、春之助はドカッとお腹をけり上げた。「ぐげっ」と声を上げて床に倒れる茉理。

 

 さらに足蹴にしようとするが、そこで母親のストップがかかり、後ろからホールドされてしまった。「やめなさい春之助!」なんて必死な声を出している彼女に。

 

 だが、春之助の怒りは止まらない。むしろ邪魔された事でさらに怒りが増してゆく。そのまま母親を振り払い、追撃しようとするが……。


「ううう……」


 春之助の動きがピタッと止まった。


 倒れた体を起こし、うるうると涙目でこちらを見上げている茉理。あまりも可憐な姿であった。胸がきゅんとなり、思わず助け起こしそうになってしまう。春之助は首をぶるぶると振って正気を保つ。


 再び茉理を見る春之介。春之助を見上げる茉理。二人は見つめ合いつつも思う。


(何だこの存在は。下手な女より可愛い男とか。男のクセになんて男らしくない)

(何ですかこの男は。騙されたと分かった途端、秒で殴ってくるとか。大人のくせに何て大人げない)



 ――こんな変な人ヤツ見たこと無ぇ――



 図らずも同じような事を思い合う春之介と茉理。お互いに正体をバラしてしまった二人。


 こうして、新たな兄弟の真の邂逅は終わったのであった。




 ―― 勝者: 茉理 ――


 ―― 決め手: 47万 ――



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