- チンピラ誕生
「ふざけんな。ぶち壊してやる……!」
数日後。
春之助の住む場所から電車で一時間くらいの、繁華街ながらも落ち着いた上品な雰囲気の街。その街中を春之助はぶつぶつと呟きながら歩いていた。サングラスにアロハシャツというガラの悪い格好で。機嫌の悪そうな姿と相まり、その姿はチンピラ以外の何物でもない。
『いいかい春之助。日曜に相手家族と顔合わせするからね。ビシッと決めてきな』
――望み通り、ビシッとキメて来たぜ――
万札一枚を叩きつけてきた母。就職後、初の小遣いであった。恐らくは髪を切ってこいという意味だったのだろう。
が、春之助は美容室ではなくアパレルショップへ向かったのだ。そして普段は絶対買わないような服を選び、購入。少なくとも初対面の者からは絶対に引かれるような。家族にはなりたくなくなるような。この間は恐ろしくて拒否できなかった春之助だが、だからといって彼が従順に従う訳がないのだ。
のっしのっしとポケットに手を入れたまま歩く春之助。その姿に人々は恐れおののき、道を開く。絡まれてはたまらんといった顔で。モーゼの海割りのようであった。
そうやって地味に世間様に迷惑をかけつつ歩くと、約束の場所が見えてきた。
帝国ホテルプレミア。名前どおり中々に高級なホテルのようだ。この中にあるレストランが顔合わせの場所だったはずだ。
ホテルの中に入るチンピラ。ホテルマンが「いらっしゃいまっ……!?」と驚いている。明らかにこのホテルに見合わぬ客だったからだろう。そのホテルマンを無視し、チンピラはエントランスにある地図を確認。のっしのっしと我が物顔でレストランの方へと歩く。
さらに出迎えたレストランの店員までもシカトし、中へ入り、きょろきょろと春子を探す。窓際の席にその姿を発見。春之助はニヤリと悪い笑みを浮かべ、席へと向かう。
「あっ。春之……ちょっ! アンタ!!」
こちらに気づいた母親が一瞬怒り顔をした。また鬼になりかけたようだが、すぐに「おほほ」と笑顔に戻る。対面に再婚相手と思わしき者がいるので、鬼になれなかったのだろう。
「ようババア。来てやったぜ」
そんな春子の演技を台無しにするような言葉を春之助は放った。「だ、誰でしょうねあの人。知らない人だわー」とアタフタする春子。こちらに対し、しっしっと犬を払うような仕草をして追い払おうとしている。お相手に気づかれないよう、テーブルの下でコッソリと。
しかし、その春子の努力は無駄に終わる。反対側を向いて座っていた春子のお相手がくるりと振り向き……
「!?」
振り向いた瞬間、春之助はぎょっとした。驚きに目を見開いた。何故ならその男は――あまりにも上品な雰囲気だったからだ。
自然な感じで整えられた茶色の髪、優しそうな目、センスのいい眼鏡、柔和な表情。年は四十半ばくらいだろうか。太っても痩せてもいない体形で、着ているのも年齢に見合ったセンスのいいスーツ。そんな品のいいおじさまがそこに座っていたのだ。
「ああ、春之助くんかな? 初めまして。僕は
母のお相手。理人と名乗る男が立ち上がり、新之助に近づいて両手でぎゅっぎゅっと握手をしてきた。見た目同様、優しげかつダンディな声色。仕草や雰囲気もどことなくハイソな感じがあるような気がする。おまけに「写真で見た通り格好いい子だねぇ」なんて自然な誉め言葉まで放ってくると来た。
春之助はサングラスを外し、背伸びしたりかがんだり左右に揺れたりと、アングルを変えておじさまを凝視。どれだけ頑張ってもオッサンではなく、おじさまという表現が適切だった。せめてハゲていればと思い頭頂部を見るも、フサフサである。
この男が母と? 普段は絶対に着ないジャケット&タイトスカート姿で無理しまくっている母と? そこまでしても庶民が抜けない母と? ザ・オバサンな母と? どう考えても釣り合わない。
「オ、オッサン、気は確かか」
「うん?」
その困惑を素直に言葉に出すと、理人は柔和な笑みを浮かべたまま首をかしげた。意味が分からないといった感じで。
しかし春子の方はその意味を察したらしく、横からスパーンとはたかれる。瞬間、はっとした表情になる春子。これはまずいと思ったのだろう。オホホと誤魔化すように笑う母。
「ははは。いいなぁ。仲のいい親子って感じだねぇ。うんうん」
「そ、そうなんですよ。こう、ボケの上手い子ですから。ついついツッコミが上手くなっちゃって」
そしてその誤魔化しは成功したようだ。というか勝手に理人が思い込んだというか。育ちが良さそうな彼である。育ちがいいあまり育ちの悪い家庭が想像できないのだろうか。
呆然と立ちつくす春之助に対し、「さあさあ座って」と席を進める理人。しかしそこで春之助は思い出す。当初の目的を。全部ぶち壊してやるという目的を。
春之助はサングラスをかけなおし、ドカッとソファーに座った。「こらっ!」と横から母が叱ってくるが、理人が「まあまあ」と優しく収める。春子はハラハラとしながらも春之助の隣に座り、その対面に理人も座った。
「改めて始めまして。それと来てくれてありがとう。いやあ、ずっと君に会ってみたかったんだ」
「ケッ」
「ハハッ、緊張してるのかな? 実は僕もなんだ。新しい家族ができるとワクワクもしてるんだけどね?」
「ハッ」
ポケットに手を入れたまま、背もたれに身を預けてふんぞり返る春之助。完全に相手を馬鹿にした態度である。横から「この子ったら緊張に弱くて。オホホホホ」とフォローする母。ひきつった笑みをしつつ。
「春之助くんはクラシックが好きなんだって? どんな曲を聴くんだい? 僕も少しだけ聞くことがあるんだけど、僕はショパンとかが……」
「ヨシフミ」
「ヨシフミ? そんな作曲家いたかな……?」
「馬っ鹿。アニソンだよ。Gガンダム知らねーのか」
ふんぞり返り、見下すような声で言う春之助。
が、「ああ、春之助くんはアニメが好きなんだね」と受け入れられてしまう。「クラシックよりよっぽどな」なんて馬鹿にした発言まで「そうなんだ。今度僕も聞いてみようかな」なんて返される。
このくらいじゃダメか。ならば次だ。
「ガンダムだけじゃねーぞ。女の子がいっぱい出てくるアニメが大好きなんだ。あとはアイドルとか。パンチラサイコー」
キモオタ的な存在を演じ始める春之助。ロボット以外あんまり詳しくないので抽象的になってしまったが、ハーレムやらアイドルやらにハマッてる成人男性が義理の息子になるなんて普通は嫌だろう。
しかしそれも「ハハハ。僕も女性は大好きだよ」と自然に返されてしまう。ついでに「今の一番は春子さんかな」「や、やだ、理人さんってば」なんてラブコメまで始まってしまった。親のラブコメというとても見たくないものが。
その後も色々とキモいと思われる趣味を披露するも、全て受け入れられてしまう。「オッサン空気読めないよな。もしかしてアレか? 電車とか好き?」なんて馬鹿にした発言も「うーん……考えたことないなぁ。どっちかといえば好きかなぁ。便利なモノだし」と真面目に返してきた。少なくともネット上の煽りは完全に通じないようだった。
(クッ! 何だこのオッサンは。嫌味が全然通じねー。フツー若いヤツに馬鹿にされたらソッコーで殴るだろうが)
予想外の苦戦に顔をしかめる春之助。暖簾に腕押しというか、底なしの懐というか、浮世離れしているというか。予定ではチンピラが来た時点で終わると思っていたのだが。横でドヤ顔を向けてくる母が非常にうっとおしい。「ふふーん、どうだいアタシの旦那様は」なんて顔の母が。
(そうだ!)
ふと、あることを思いつく春之助。顔を伏せ、ふるふると少しだけ震えるという演技をする。「春之助くん、どうしたんだい?」と心配げな理人に対し……。
「……ざけんな」
「うん?」
「ふざけんな! 見て分かんねーのかよ! 俺は反対だぞ! おふくろの結婚なんか!」
春之助はテーブルを叩き、勢いのままに立ち上がる。「春之助!」と青い顔をする春子。その騒ぎに周囲の客たちがざわざわとざわめき始める。
考えた作戦が通じない。ならば正攻法である正面からの反対が一番。そう考えたのだ。
春之助はサングラスを外しつつ続ける。
「いいかオッサン! 俺の親父はとーちゃんだけなんだよ! 優しくて、働き者で、いっつもかーちゃんにイジメん゛ん゛っ! ……かーちゃんを大事にしてた! そんなとーちゃんだけなんだ! テメーが親父だなんて認めてたまるか!」
目元に涙をためつつ主張する春之助。
亡き父を想うがゆえに反対する。これほどに効果のあるものはあるまい。反対するもっともな理由、かつ昔の男を想起させるという二段構えの作戦であった。
そしてその作戦は有効だったようで。理人は悲しみと同情が混じったような目線をこちらへ向けている。聞き耳を立てている周囲の客たちも「まあ……」「仲のいい親子だったのね」「あれは仕方ないんじゃないかな」と納得している様子だ。唯一母親だけが「アンタ、そんな思ってもいない事を、よくもまぁ」と演技を見抜いている。
ともあれ、上手くいきそうだ。このまま反対し続ければ結婚してしまっても何かしら悪影響は残る。心にしこりを残し、「本当にこれでよかったかな?」なんて考えが抜けないはず。プラモデルの復讐の為に全力を尽くす春之助であった。
しーんと無言へと移行する空間。ギャラリーも事の成り行きを見守っている。さあ、何か言ってみるがいい。その全てを俺が否定してやろう。
そんな底意地の悪い事を春之助が考えていると。
「あの……」
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